今日は七夕ですね。特に何もなくても何だか嬉しい気持ちになります。そして、今日7月7日は「クールアース・デー」の日でもあります。

環境の大切さをみんなで再確認し、地球温暖化対策に努力しようと、2008年の洞爺湖サミットで提案、創設されたのですよね。


環境省では、「七夕ライトダウン」と銘打ち、温暖化防止のため、ライトアップ施設や家庭での消灯を今晩8~10時の間、全国で消灯を呼び掛けています。


何故、七夕の日に創設されたのか。
それは、年に一度のロマンチックな夜の星空をみんなで楽しみましょうとの思いも込められているからなのですよ。

温暖化防止に向けて世界は今、温室効果ガス排出削減目標の設定に取り組んでいます。しかし、各国の利害が対立し、なかなか合意に至らない。



その背景には、「自分さえよければ」、「自分の国さえよければ」、そういったエゴをなかなか乗り越えられない現状があります。



環境問題と言っても私達一人一人の問題。
誰かではなく、私達一人一人の意識を変えていくしか、温暖化防止の取り組みも環境問題も良い方向には行かないのです。



「未来は未来にあるのではない。今、この時からしか未来は生まれないのです。将来、何かを成し遂げたいなら、今、やらなければならないのです」とは、私が大尊敬するワンガリ・マータイ博士の言葉。


自分のエゴを捨てて、もっと他人のこと、未来のことを考えなくてはいけませんよね。



毎日、忙しくて空をゆっくり見上げる余裕がない方も、今日はほんの少し、電気を消して夜空を眺めてみて下さいね。

口で言うことは簡単ですが、それを実行に移せる方って少ないものです。


よく企業であるパターンですが、自分が下の立場の時はいくらでも文句を言えても、

いざ自分がその立場になった時に、本当にその人以上の仕事ができるのか・・・。

そう考えると、簡単に文句は言えません。



例えすぐには出来なくても、自分が言ったことを実行するための努力をしているのか。

それとも、目先のその場限りの利益のために発言していることなのか。

そこにその人の信念、人格が顕れるものです。



今の政治家を見ても、口ではいくらでも言えます。

だけど、本当に言ったことを実行している人は誰なのか。

パフォーマンスではなく、奥深い人柄、真剣さ、実現力、哲学が大切。

そこをよく見ていきたいものです。


言葉って簡単に言えてしまうから、

だからこそ、誠実に言葉を選んで発言したいものです。

言った本人より、言われた相手の方がよ~く覚えているものなのですよね。


だから、自分が言ったこと、誓ったことは、

時間はかかったとしても、途中で倒れたとしても、起き上がり、

一歩一歩行動に移せる自分でありたいと思います。


薄っぺらな人生で終わりたくないから・・・。








よく「次頑張ります」と決意を述べる部下に対して、上司が「次があって良かったな」と

返答することがあります。


でも、次の機会が与えられないことも世の中にはあります。

例えば医師。

手術に失敗して「次に頑張ります」とは言えません。

「今日がダメでも明日頑張れば良い」

という甘い考えが通用しないことも世の中にはあるのですよね。 


常に「今日の自分に勝つ」と決め、何があっても嘆かず、逃げず、妥協せず、

今を一生懸命に戦ってこそ道は開ける。


「毎日、今日が自分の最後の道だと思え」とは、イスラエルの英知の言葉。

「臨終、只今にあり」とは、先人の言葉。


今日を人生の最後のように大切にし、今日が新出発の日との思いで

心機一転進むことが、悔いのない人生を送れる事となるのでしょうね。


永遠と言っても、人生あっという間。

一瞬一瞬の積み重ね。

だから、今日、頑張らなければ悔いが残ってしまう。

目の前のハードルを乗り越えなければ、課題は一生つきまとってしまう。


一瞬一瞬をどう過ごし、生きていくのか。

そこに、自分の人生の歴史が築かれていくのですよね。


挑戦の日々を過ごしたいものです。

「自分の人生、今が最高潮」との思いで、胸を張れる充実の日々を過ごしたいものです。


今の生き方が来世の自分を決めるから。

頑張った自分を残したいから。

宝物って、人によって異なりますよね。


良き出会い、良き友、家族、また、思い出の品・・・

様々あると思います。


私にとっての宝物。

沢山あるけれど、一番はやはり、人とのつながりですね。


苦しいとき励ましてくれる。助けてくれる。応援してくれる。

そして、自らのことのように喜び、同苦してくれる。

こんな友は、生涯の宝物です。

お金では絶対に買えないから。


人生、ずっと良いことばかりじゃないですね。

山道もあり、、上り道、下り道もあり、凸凹道もある。

地に倒れ、挫折するときも長い人生の中ではありますよね。


そんなときこそ、宝物の存在を思い出し、あのとき決意したことを思い出し、

友の肩を借りながら、ゆっくりと再び立ち上がりたいと思います。


友がどんな思いで、その一言を言ってくれたのか。

どんな思いで、その品物を贈ってくれたのか。

どんな思いで、時間を割き、自分のことをさておき、朝まで励ましてくれたのか。


そういう一つ一つの出来事や、自分の原点を、ずっとずっと忘れない自分で

いたいと思います。


人間って、環境が変わるとすぐに忘れてしまうから・・・。

だから、不知恩の人生にならないように。

笑われても、自分にとっての宝物を大切にしながら、原点を忘れないように生きていきたい。








この語源は、富士登山で頂上までのあと八丁(約872メートル)の道が、急勾配で最も険しく、

物事の一番苦しいとき、正念場をたとえている言葉です。


高峰に挑めば自ら高峰になる。

登山家にとって山に登ることは、「自分を登ることであり、自身を引き上げることである」と

ある登山家の方がおっしゃっていました。


この言葉は私達にも言えることですね。


もう、だめだ・・・と諦めそうになりかけるとき、そのときが一番苦しいけれど

烈風に吹かれながらも、絶壁に立たされても、

一歩踏み出す勇気を持って、前へ前へ進む。

高みを求めて敢えて困難に挑むから、偉業を成すことができる。


私も、苦しいときに、富士山の頂上を思い浮かべながら

いつもこの言葉を思い返します。


苦難を乗り越えた分、一回り大きな自分になれる。

そして、必ず、夢に近づくことができる。


同じ一生なら、何でもいいから自分が頑張った証を作りたいものです。

だから、自分自身の山を一歩一歩、焦らずに、着実に、一生懸命登っていこうと思います。