人生の目的は何か。

それは、幸せになること。


幸せには、2通りの幸せがあります。

一つは、お金、物、家、又は地位や名誉や仕事など。

でも、これは何かの出来事で無くなってしまうもの。

これを失った途端に不幸を感じてしまう場合があります。


もう一つの幸せは、どんなことがあっても崩れない幸せ。

自分自身が自分の中に築いた幸福。

とても難しいけど、多くの偉大な方を見ても、これを築いた人は本当に強いです。


人間、一生の間で何が起きるか分からないですよね・・・


前者の幸せに執着すれば、それが無くなった時に不幸を感じ、物に翻弄されてしまいます。


ある阪神大震災の被災者が、このように語っておられました。

「一生懸命、家を建てるために働き、多くの物を得たけれど、この被災を機に、

これまでの幸福感が一変した。人生の価値観が変わった。それまで幸せを感じていた物が

一瞬にして消えてしまい、本当の幸せが何なのかを考えさせられました・・・」と。


生きるためにお金は必要。物質も働く意欲になるからそれも生きていく上で必要な物。


だけど、それと同時に、消えて無くなってしまう物に紛動されずに、心の中に不動の幸せを

感じられる強い自分になりたいと思います。


「強くなることが幸福。負けないことが幸福。幸・不幸を決めるのは環境ではない。自分自身である。」

とは、人生のメンターの言葉。


今日も弱い自分との戦いですビックリマーク

命を使うと書いて「使命」

何に自分の命を使うのか。

何のために生きるのか。

長いようで、短い人生。


あの人がいたから今の自分がいる。

あの無名のおばちゃんの命がけの励ましがあったから今がある。

地位も名誉も何もない。ただ人を励まし続けるために生きているおばちゃん。


「自分の幸せをつかむのはとても簡単なこと。

だけど、人をも幸せにしようとするから尊く、命の充実感がある」とは、偉人の言葉。


自分の命を、自分の時間を、何のために、どこで使うのか・・・

地位も名誉も財産もどんなに築いても、あの世には何一つ持っていけない。

永遠に残るものは、ただ一つ。

どれだけの人に役立つことができたのか。

それだけなのです。


先日、ある大物経営者が語っていました。

彼は事業で大成功、大金持ちに。世間でもうらやましがられる存在。

しかし、高齢になり、自分の人生を振り返ったとき、本当の充実感がない・・・

もっと人を大切にして生きてくればよかった・・とても虚しい・・

やり直せるなら、今度はもっと違う人生を送れると思う・・・と、切々な思いで語っておられました。

とても、重みのある言葉でした。


たった一人でも、誰かの心に永遠に残るそんな生き方をしたい。

たった一人でも、元気になってくれるなら、どこへでも飛んで励ましていきたいと思う。


7月の誕生花であるハスの花。

花言葉は「雄弁」


「蓮(ハス)は、泥より出でて 泥に染まらず」 という中国の成句にあるように、

ハスの花は、泥水の中から生まれて、美しい花を咲かせます。


決して、きれいな水の中ではあの美しい花は咲かないのです。


人間に例えるなら、本当の成長も、本当の人間性も、決して良い環境では生まれないのですね。

悪い環境だから、鍛えられ、強くなれる。

その時は辛いけど、後になって気がつくと、自分が大きく成長できたことに気付く。


毎日が自分との戦い・・・


「選択に迷った時は、ラクな道ではなく、最も大変な道を選ぶから、自分を確立でき幸福になれる。」

とは、私のメンターの言葉。


自分にとって最も大変な道を歩きながら、一歩一歩成長していきたい。



自分自身に生きる。


簡単なようでとても難しい。




とかく人は、華やかに見える世界に憧れるもの。


世間の流行を追い求めてしまいがち。


でも、それでは、いつも何かに左右されて、結局は自分自身に生きることができない。




人がどう評価するかではなく、自分がどうあるべきか。


一時の姿がどうであれ、途中で負けても最後に勝てばよい。




地位や名誉がなくとも、自分で決めた道を信じて、自分らしく生きたい。


社会の役に立ち、他人の役に立ち、自分自身の使命に生きていきたい。




ケンタッキーフライドチキンの創業者、カーネルサンダースは、商売の度重なる失敗、最愛の息子の死、


多くの苦難、挫折を乗り越え、FC化に成功したのが既に65歳の時。


73歳の時は600店舗まで拡大。


90歳の生涯を閉じるまで、ビジネスの成功を多くの人と共有したいという思いで、自分の技術や知識を


惜しみなく教え続け、慈善活動も行いながら、生涯現役を貫き通した方でした。




彼の姿からも、途中はどうであれ、自分自身に生き、最語に勝てばよいのだと教えられます。




人と比べず、明日もまた自分らしく生きていきたいと思う。

どんなに有名になっても、どんなに活躍していても、その陰には必ずその人を支えている人がいるものです。


家族、友人、同僚、取引先、恩師、メンター・・・・等々。

人は一人では生きていけないのですよね。


だけど、その陰の力の存在に、常に感謝して過ごしているだろうか・・・


ビルの中のトイレも、掃除をしてくれるあのおばちゃんがいるから、いつも快適に利用できる。

新聞も、寒くてまだみんなが寝ている時間に配達してくれる人がいるから、出勤時に読むことができる。

会議も、資料をコツコツと黙々とコピーし、準備してくれる人がいるから、スムーズに進めることができる。

イベントも講演会も、当日を迎えるまでに多くの人が関わり準備してくれるから、開催することができる。

映画も、表には登場しない細かい演出の方や、スタントマン、エキストラの方々がいるから、完成する。

有名になれたのも、支えてくれた人がいたから、その舞台で活躍することができる。


挙げたら、きりがありませんね。

そして、仕事だからそれは当たり前と思ってはいけないのですよね。


そんなことを考えていると、フィギアスケートの鈴木明子選手を思い出しました。

摂食障害を乗り越えてのオリンピック出場。


苦しみの渦中、彼女の監督は、一切スケートの話はせずに、ただただ真心からの励ましを

送っていたそうです。

その監督があってのオリンピック出場。今の私がいるのは監督のお陰。

その思いが溢れんばかりの笑顔は、多くの人に感動を与えてくれました。


滑り終えた後のインタビューで、彼女は自分のことより、真っ先に監督への感謝の思いを語って

いました。

自分の演技について話す選手が多い中で、その言葉に、私は、彼女の人間性と生命から湧き出る

輝きを感じました。


いつも、お世話になった人のこと、自分を支えてくれている人のこと、感謝の気持ちを忘れない自分でいたい。

そして、誰が見ていなくても、誰も評価してくれなくても、陰で黙々と頑張る自分でありたい。

天は必ず見ているから。