以前、大活躍されたゲイル・ホプキンスという野球選手がいました。


大リーグでも活躍され、リーグ優勝の立役者でした。


あの”衣笠選手”も憧れていた選手。    




そんな彼が、18歳の時に、野球選手と医師になることを決意。


その決意は固く、毎日のわずかな時間の使い方も変え、


練習や試合前のロッカールームでも、寸暇を惜しんで生物学のテキストや医学書を読み、


医師になるための勉強に励みました。


オフシーズンには、医科大学の定時制で学び続けたのです。




そして、ついに、彼は、現役引退後、もう一つの夢であった外科医になりました!




プロ野球選手として大活躍しながら、もう一つの夢も勝ち取った彼の姿に、


「勝利」の二文字は、特別な才能でもなく、地道な努力の積み重ねが大きな勝利をもたらすのだと実感しました。




私も、昨日より今日、今日より明日、一歩でも努力し、成長していきたい。

日本の文豪 吉川栄治氏の言葉。


「朝のこない夜はない」


短く、当たり前の一言だけど、深い意味を感じます。




何があっても、今がどんな状況でも、未来を信じ、時を待ち、時をつくり、自分自身の中から


希望を生み出していく。


そのプロセスが好き。




悩み、挑戦し、挫折して倒れてもまた立ち上がる。


そんな人々が大好き。


自分の事を後回しにして、どんなことをしても応援したいと思う。




自分らしく、他人を大切にし、自分も大切にし、一生懸命に生きる人を


天は必ず守るのですよね。不思議と・・・




苦しくても、楽しくても、必ず太陽が昇ることを信じ、一生懸命に生きていこうと今日も思う。

「青春」とは、青年時代のみを言うのではなく、気持ち次第で、一生涯、青春時代を送れるものです。

「青年」とは、ひたむきさ、勤勉さ、勇気、若さ、大胆不敵・・これこそ青年の特権とは、私のメンターの言葉。


何歳になっても、「生涯青春」の思いで、学び、努力し続けている方々を見ると、本当に頭が下がります。

私の知り合いで、83才で大学を卒業されたご婦人がいました。

病気と闘い入退院を繰り返しながらも、勉強したい一心で、遠方から大学へ通い、

慣れない英語の授業も、10代、20代の学友に教えてもらいながら、一生懸命習得し、

何年間もかけて、ついに卒業を果たしました!

(教育学部に在籍しておりましたが、なんと卒業後、今度は法学部に通いたい!とおっしゃってます)


私もそのご婦人を近くで見ていましたが、命ある限り挑戦し続けたいというその姿に、

自分はまだまだだな・・と本当に反省しました。


「挑戦」の二文字に、年齢は関係ないと教えられました。


名作「赤毛のアン」で有名なカナダの作家、モンゴメリーの言葉に、

「青春とは、消えてなくなるものではない。心の中に永遠に行き続けていくものである。」とあります。


自分の気持ち次第なのだなと実感しました。


私も、生涯、挑戦し続ける自分でありたいと思います。


そして、大切なことは、目標を成し遂げた「結果」なのではなく、自分の目標に向かって、諦めず、負けず、

挑戦しているその「プロセス」に、人間としての成長があり、本当の価値があるのだと思います。

昨日のブログ発信の後、女性で尊敬する人物をまた紹介して下さいとのメッセージが届きましたので、


今日はパートⅡとして、もう一人お伝えしますね。


(男性読者の方、すみません。でも、とても勇気づけられますので読んでくださいね!)




私が最も尊敬する女性のお二人目は、アメリカの人権闘争の歴史を築いたローザ・パークス女史。


今から55年前のアラバマ州モンゴメリーでの出来事。


当時、あらゆるところに白人と黒人の差別がありました。


バス、レストラン、待合室、子供が使う広場の水飲み場でさえ、白人用と黒人用に分けられ、


いつも黒人は一段下に置かれるという差別が当たり前の毎日でした。


文句や意見を言おうとすれば、殴られ、蹴られ、殺されかねないことも度々あり、黒人の誰もが、


「自分一人が何をやっても変わらない・・・」という無力感と恐怖の毎日を送っていました。




当時42歳のパークス女史。


仕事を終えて帰宅するため、公営バスに乗りましたが、運転手の命令に背き、白人に席を譲るのを


拒否したことをきっかけに逮捕。「逮捕されても一向に構わない。人種差別はもうたくさんだ!」との思いで


屈することなく、堂々と一人立ち上がったのです。




「差別するバスにはもう乗らないぞ!」と決心をし、皆のあきらめの思いを打ち破る行動を起こされました。


これが有名な「バス・ボイコット運動」です。全米、世界を揺さぶる運動となりました。




そして、彼女に続き、皆がバスに乗らず、歩き出したのです。胸を張って、誇り高く!


この行動から、一年後、ついに合衆国最高裁判所から堂々と権利を勝ち取られたのです。




パークス女史は、当時のことをこのように語っておられました。


「これまで抑圧されてきた先祖と、これから生まれてくる世代の人々のために私は立ち上がったのです」と。




彼女は、デパートで洋服の仕立てを手伝う平凡な女性でした。


その彼女を奮い立たせる行動へ突き動かしたものは、一体何であったのか。




それは、「勇気」の二文字。彼女のお母様もまた、勇気と信念のある女性だっだそうです。


たった一人、無名の女性が勇気を奮い起こした行動によって、差別を破り、人権を獲得し、多くの人々が


胸を張って堂々と生活できるようになったのです。




バス・ボイコット運動から44年後の1999年に米国連邦議会から表彰され、2005年、92歳で逝去されましたが、


亡くなる直前まで、青少年への人権教育に尽力されました。




本当に偉大な女性です。


ともすると、「あきらめ」の二文字の方が優先されてしまう場合が多いものです。


でも、それでは何も変わらない!ということを彼女は教えてくれました。

元ケニア副環境大臣であり、環境分野で初めてノーベル平和賞を受賞(2004年)したワンガリ・マータイ博士。

私が同じ女性として最も尊敬する方のお一人です。


2005年に来日した際、日本語の「もったいない」という言葉を初めて知り、「資源を効率的に活用する精神」

に共感して、「もったいない」という言葉を標語として広めた方としても有名ですね!

来日した時は、よくニュースでも取り上げられていました。


今となっては世界中で数々の功績が称えられてる博士ですが、決して順風満帆な人生ではなかったのです。

苦難の連続、権力による弾圧、無理解な非難、悪意の中傷、また何度も牢獄に入れられ気絶するほどの

暴力を振るわれたこともあったそうです。


しかし、彼女はそれでも諦めず、「絶対に負けない!」という不屈の精神で戦い、環境保護と女性の自立を

促す運動に、「一人立つ精神」で行動され、未来の為に道を切り開いてこられました。


博士の数々の行動の中でも、特に有名なのが、「グリーンベルト運動」です。

当時、博士の故郷ケニアでは、国土の30%を占めていた森林が2%に激減し、食糧生産の減少が

起きていました。そんな中、貧困と食料不足の解決を目指し、「できることから始めよう」 「自分達の地域の

環境は、自分達の行動で良くして行こう」と地域の女性達に呼びかけ、1977年に、たった7本の苗木を

植えたことから始まりました。

その運動が、今日、アフリカの各地に、3,000万本の植樹を成し遂げ、10万人という民衆の連帯の森へと

大発展したのです。

博士は言います。「森は、私達の暮らしを守ってくれている。多くの先人達が将来の子孫の為にと

汗を流してくれたからこそ、私達の生活がある」と。

そして、「環境」を大切にすることは、「生命」を大切にすることであり、「未来」を大切にする事である、と。


この運動を通して、多くの女性達がどのような困難な環境にあっても、自分達には地域社会を変えていける

可能性があることに気がつき、自らの才能を発見し、開花していったのです。


どんなに大きなことも、全てはたった一人の思いから始まることを教えられます。

また、現代社会においては、”自分達にはどうすることもできない” ”それは誰かがやってくれるもの”と

諦めてしまいがちです。


ですが、豊かな森林も、たった一人から・・たった7本の苗木から・・生まれました。

その一人始めた行動から、27年後にノーベル平和賞を受賞しましたが、決して、地位や名誉が

欲しかったのでもなく、有名になりたかったのでもなく、ただただ、人々の為、未来の為に、という思いで、

諦めずに走り続けてこられたのです。

博士のこの不屈の行動に、本当に教えられます。


また、笑顔がとても美しいのです。

人に勇気と希望を送ってくれる博士の笑顔は、まさに幾多の困難を乗り越えてきたからこそ、体中から

湧き出る笑顔なのだと思います。本当の美しさとは、こういうことなのだなと実感します。


同じことはできないけれど、社会を良くする為に、自分にも出来ることを見つけていきたいと思います(*^▽^*)


今日は久しぶりに博士の本を開いたので、このお話を書いてみました音譜