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いいね!コメントありがとうございますとびだすうさぎ2

 

 

私は長いこと、感情って言うのは物事に付属するものだと思っていた。

 

 

アドラー心理学とか学んでいると、感じたい感情があるからそういう出来事が起きるとも書いてあったが…わかるような、わからないような感じだった(笑)

 

 

感じたい感情があるからその感情を表現するために物事が起きた。

 

 

 

感じている感情があるから脳がその感情の情報を仕入れてきた。感情があると知るための出来事が必要だった。

 

 

そんな風にも解釈できる。

 

 

 

何かが起きるから「感情」が生まれる。

 

 

感情って言うのは出来事とセットだと思っていたから、どうやってコントロールするのか?難しいと思っていた。

 

 

 

感情っていうのはコントロールするものではない。と思っていた。

 

 

 

感情に振り回されてきたように感じる。

 

 

 

出来事と感情がセットだとしたら…。

 

 

 

同じ出来事を体験した人は同じ感情を感じると思わない?

 

 

 

私は長い間ずっと同じ出来事を体験した人は同じ感情を感じると思っていたので、もしも同じ感情を感じなければおかしな人だと思っていた。

 

 

少しくらいは違う感情の人もいるかもしれないけど、その人たちは常識がなってないとか、ちょっとおかしいのではないかという風に思っていた。

 

 

 

昔の私はみんな一緒が基本の考えなので、もしも友達が思っていることを私が感じられなければ、私はおかしいと思って悩んでもいた。

同じところで笑って、同じところで悲しんで…以心伝心でみんな同じように感じている。

今考えるとぶっとんでいる考えだなぁって思うんだけど、私がいじめられたのは人と違ったからという設定があったので「一緒」にこだわっていた。

 

 

 

映画館で意味も分からず周りが笑うと笑っていたし、友達が拍手し始めたら拍手したし、友達が盛り上がり始めたら盛り上がっていた。

 

 

私がしたくてじゃなくて、周りの動作に合わせるようにしていた。

 

 

感情というのは出来事に付随しているもの。

 

 

そういう設定をしていた。

 

 

だから本当の自分とか、私の好きな事とかって戸惑う。他の人と同じようにしていたいから、本当の私って怖い。

 

 

私は一人ではなくて、みんなと一緒が良いから。本当の私でいるのは孤独になりそうで怖い。と思っていた。

 

 

でも、逆だった!

 

 

周りに合わせて、自分の気持ちを無視し続けてきたから私は寂しかったし孤独を感じていた。

 

 

だって一番理解して欲しい私が寄り添ってくれないんだもん。

 

 

寄り添ってわかって欲しいのに、わかってくれない。

 

 

だから私は寂しいって感じていた。

 

 

「寂しい」って感じているから、寂しいってことに気が付かせようと寂しいと感じるようなことが起きる。

 

 

そして私は周りの出来事を見て「寂しい」と感じて、周りに合わせないとってさらに自分を無視する。

 

 

私は「私が私に寄り添ってくれない」から寂しいのに、起きていることを見て「誰も私に寄り添ってくれない」から寂しいと解釈していた。

 

 

寂しいがどんどん膨れ上がっていくから、日々の生活で何を見ても寂しいと感じる。

 

 

寂しいと感じれば感じるほど誰かにすがる。

 

 

悪循環!

 

 

なんなの?何この悪循環!

 

 

気が付いた時には目がポーンと飛び出たよ。

 

 

誰かと一緒になろうとすればするほど、空気を読もうとすればするほど私はダメになる。

 

 

だって、私のことをわかろうともしないで自分のことを疑ってばかりで信じてもいなくて、どうやって周りのことがわかるかな?

 

 

人の顔色見てもしかしたら…って考えて行動しようとしても、自分のことを信じていないから結局は「でも…」って躊躇する。

 

 

 

何かしようとしても、どうしたら周りに溶け込めるのかがわからなくてストレスになる。

 

 

 

結局何が起きても、私は「寂しい」を感じるような解釈をする。そして私の中で寂しいという感情は良くない感情という設定があるので、寂しいと感じるたびにマイナス思考になっていると感じる。

 

 

寂しいと感じるように物事を解釈して、寂しいから良くないとさらに自分を責める。このままでは良くない!変わらなくちゃとさらに否定していく。

 

 

 

良いことを考えないと!楽しまないとって寂しいに蓋をして楽しいを感じなくちゃ!って自分の気持ちを無視することでさらに「わかってもらえない」って寂しくなる。

 

 

 

すっげー!堂々巡り!

 

 

 

何を感じているのか?って知ることで、私は目の前で起きていることを感じているように解釈しようとしていることに気が付ける。

 

 

 

感情を知ることで、私の設定に気が付ける。

 

 

私はみんなに合わせるために自分の意見には蓋をしないと幸せになれない。と設定していた。だから私は自分を無視されているようで寂しかった。

 

 

寂しいという感情のお陰で私は設定に気が付くことができる。

 

 

感情って私が何を信じているのかを教えてくれるのかもしれない。

 

 

寂しいという感情を私が感じ続けていたいのか?それとも私が望んでいる感情を感じたいのか?

 

 

私が設定していることを知ることで、どうしてその感情を感じていたのかに気が付けるから、設定を変更することもできる。

 

 

その感情のままでいたいのか?それとも他の設定にするのか?

 

 

 

感情ってやっかいなものって思っていたけど違った。

 

 

私がどういう現実を作り上げているのかを教えてくれるコンパスだった。

 

そんな考え方もあるかもしれないね。

 

 

ハッピーデー

 

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