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良い悪いの話しをしたいわけでもないし、正しい正しくないという話をしたいわけでもない。
こういう考え方もあるのかということだけなので、賛成して欲しいわけでもない。
タイトルがタイトルなだけになんとなく昔の私だったら最初から敵対心むき出しで文章を読みそうだなって思った(笑)
長い間私は、正しい正しくないという世界で生きてきた。
正しい正しくない。という世界にいるためには正しいことがないといけないし、正しいことを成り立たせるためには必ず正しくないことが必要になる。
「正しい」を立証するためには「正しくない」というものが無いと「正しい」が成り立たない。
良いというものがあるためには悪いがないと良いが成り立たない。
比較することで良いとか悪いとかを比べることができる。
良いという証拠を見つけるためには悪いがないと良いが際立たない。
私の息子は5歳なんだけど、ヒーローものが好きでレンジャー系のテレビを見ていたりする。
スーパーヒーローが出てくると必ず出てくるのは…悪者だ。
スーパーヒーローだけでは世界は成り立たない。スーパーヒーローが活躍するためには悪役がいないことには活躍することができない。
この世に悪がある限り…。
この世に悪を作らないと正義というものが成り立たない。
ピンクはとても神々しいもので、ピンクをとても大切にする。ピンクをとても大切にするがあまりにピンクに金色がつくのをなぜか嫌っている人たちがいた。
その人たちは、なぜピンクが大切なのか理由はそこまで知らない。なぜピンクが良くて金色が良くないのかわからないが、ピンクは良いけど金色は良くないと育てられてきた。
金色は排除した方が良いと育てられてきた。
逆に金色はとても神々しい物で金色をとても大切にしている人もいた。金色をとても大切にするがあまりになぜか金色にピンクがつくのをなぜか嫌っていた。
なぜ金色がよくてピンクが嫌なのかの理由は良く知らないが言い伝えられている通りに、育てられたとおりに金色は良くてピンクは良くないと育てられてきた。
歴史の中で色々なことがあり、金色がよくてピンクは良くないということを刷り込まれてきた。
この2つの人種が出会ったらどうなるかな?
ピンクを大切にしていて金色は良くない人にとっては金色が大切な人の気持ちはわからないと思うんだよね。
だって生まれ育ってきた環境でそう教えられてきたんだもん。
そういう設定なんだよ。
そういう風に学んでそれを守って生きてきた。
分かり合おうとしてもそれは難しいのかもしれない。
だって長い長い歴史があるし文化があるから。
絶対に同じ考えにならないと仲良くなれないわけでもない。
だってこの世にある色はピンクと金色以外にもたくさんあるでしょ?
寄り添えるところで寄り添えば良いのかもしれないのに、そこを同じように信じさせようとすると何が起きるのかな?
どの色を大切にしようと良いじゃん。
あなたはその色が好きでこの色が嫌いなんですね。というだけなんだよね。
私はジーパンが好きなんだけど、私の旦那は嫌いでデニムのものは着ない。
ジーパンにTシャツで家族のお揃い写真を撮りたかったんだけど…願いが叶うことはない。うちはチノパンか黒いパンツでそろえる。
嫌いなんだからしょうがない。
私は辛い物が嫌いで食べれないが、旦那は大好きだ。
チゲ鍋とかキムチ鍋とか大好きだけど…私は食べれない。キムチのにおいも嫌いだ。
旦那が好きだから水炊きをしたら1人だけ鍋を変えて時々キムチ鍋にしてあげることはできる。
息子は、昨日は大好きだと食べたものを今日は嫌いだと口から出すことがある。好みだからしょうがない。
私はなすが嫌いだからなすの料理が食卓にあることほぼない。
好みだから。
それだけなのだ。
私が嫌いなものは食卓に上がらないのに、子供は嫌いなものがあっても食べなさいなんて言われる。理不尽だな(笑)
そしてタイトルに戻るが被害者になるためには加害者が必要。
被害者や悲劇のヒロインになるためには悪者が必要なんだよ。
悲劇のヒロインになるためには、「私は傷つけられた」というのが必要。
私はこうこうこうで傷ついた。というのが必要。
私は傷ついたというためには、私を傷つける人が必要。
知らない間に「私を傷つけて」という波動を出して傷つけてくれる人を探している。そして傷つけてもらうことで私は傷ついたと言いながら不幸に過ごせる。
私が不幸なのは私が悪いのではなくて、傷つけた人が悪い。
私が悪くないと言うためには、悪いと言えるものが欲しい。
悪いと言えるものを作る必要がある。
だから悲劇のヒロインになるには、傷つけてくれる悪役が必要になる。
私が傷ついたと言い続けるためにはずーっと傷つけた人を創り出し続ける必要がある。
だからと言って、傷つけた人は悪くないのか?というとその話は別で、傷つけられたことを許さないことでずーっと傷ついたという波動を出し続けて傷つき続ける必要が出てくる。
わたしばっかり…。って言うためには私ばかりが大変なことを探してこないといけない。
私は大変です。って言うためには私は大変だって言えるような状態を作り出す必要がある。
やめれば良いじゃんって思うけど…やめたら私は大変ですって言えなくなっちゃうからやめられない。
私は大変っていう設定で生きているから…全部自分でしないと気が済まない。
私は大変。って言いながら大変じゃない生活を望んでいると言いながら大変な事を買って出てしまうのは、「私は大変」という設定があるから。
被害者意識を持つためには、あの人もこの人もみんな私に寄りかかってきて、私がなんとかするしかなくて…って設定が必要になる。
私ばっかり…って言えるように私はあれもこれもそれもやらなくちゃという決まり事を作っていく。
問題を自分で作ってため込んでいるんだけど、自分と向き合う時間なんて忙しすぎてないし、自分のために使えるお金なんてない。って「今」の状況をなんとかすることはない。
だってなんとかしようとしていたら、このブログを読んでいることもないだろうしね。そんな時間ないから。アプリでゲームはするけど…。でも自分と向き合うなんて無理。
被害者になるには加害者がいないと困るし、被害者は加害者を悪者だって攻撃している。
やられたから。
先に傷つけられたから、どうにかしてくれ。私の人生返してくれってできないことを加害者へと求める。
被害者は傷つけられて可哀想なんだ!と加害者を責める。
正義を振りかざして戦う。
正義があるためには悪が必要で、悪を作りだす必要がある。
善悪のある世界に生きていると悪役が必要になり、自分が悪役にならないように先手を打つ必要も出てくる。
被害者でいる方が安全だから、不幸から抜け出せないような気がしなくもない。
何をしても良いと言いたいわけではない。
私は傷ついた。ということで私は私を傷ついた可哀想な私に縛り付けているのかもしれない。
私は傷ついたということで傷つけた人を攻撃しているかもしれない。
私が望んでいる世界には悪役はいるのか?
ハッピーデー
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