BETTAKO -其の35- | 熱血店主のスクラムな毎日

熱血店主のスクラムな毎日

1981年池袋東口創業のBETTAKOは、2018年JR埼京線板橋駅徒歩2分ほどで
古家を改築再び頑張らせてもらう事になりました。

今から20年前の出来事である。
出水駅の近く、国道373号線の諏訪神社の近くに、
出水市本町という場所がある。
創業1927年創業、小ぢんまり商店として
営んでいた蔵元が佇んでいた。
その場所に訪れたのが、20年ほど前である。

出水駅を降り、空腹を満たすため、あわよくば
定食屋なんぞあるかな? そう考え降りた駅。
街の至る所を、キョロキョロと眺め歩いていた…、
そんな記憶…。
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その記憶を呼び覚ましたのは昨年のこと。
移転するに至り、店内備品類のあと片付け中、
「ん?これなんだ?」と風呂敷が出てきた。
前掛けだろうど…そんな思いで、風呂敷の
結び目をほどいてみると、この暖簾が
出てきたのが、記憶のきっかけである。

僕にとって出水という場所は、思い出深い
鹿児島の土地でもある。
泉の誉や宮乃露といった、その土地その街に、
古くから営む地場蔵が、多く存在する街…。
それは、薩摩半島、大隅半島それぞれ存在する。

昔だから…。
今だから…。
そんな事はどうでもよい。

ただ、その街で長年親しまれてきた銘柄を、
作り出してきたタンクや、蒸溜機を手で摩り、
苦渋や断腸決断を下した蔵が、その街には
必ず存在してきた声を多く聞いてきた。

廃業。
それは、悲しいことでもある。
だが、造りの労力から解放されて、安堵された
未練はなかよ。と仰ってくれた蔵もある。
今だからこそ、蔵という存在認識ではあるが、
当時は店。そんな印象を心に刻んだ時もある。

宇都野秀則父ちゃん。ありがとう。
汚れや染みが、至る所にある暖簾だけど、
僕の思い出、宇都野さん達の思い出が、
いっぱい詰め込まれた染みである。
僕にとって、今は無き店達の当主達から、
多くの事を学ばせてもらった…それは、
僕にとって、家族の次に大切な宝物である。

さて。
時が過ぎ行けば、懐かしさも増す。
BETTAKOのすぐ近くに、古くから営む
クリーニング屋さんがある。

すみません。汚れを落として欲しいんです。

できますよ。
この染みは…少し難しいかな。

いえ、逆にその染みは、綺麗にして欲しくない
そんな思い出がある暖簾なんです。

わかりました。綺麗にしますね。

19日の金曜日。
宇都野さんのお母さんから頂いたこの暖簾。
染みの範囲だけ、宇都野商店からもらった
思い出を、飾らせてもらいましたよ