5%! だれでもできる見積
こんにちは、
ベンテツです。
いつも時間が足りなくなる。
いつも遅れてします。
いつもやり残したことがある。
いつも確認不足でトラぶってします。
こんなことはありませんか。
いつもとは言わないまでも結構時間や期限の問題にぶち当たりますね。
これは計画が足りないからですね。
計画と一言でいっても、計画はしていますよ、ただ別な要件が出てきたんですよ。
という人はいると思います。
しかし、計画というのはとても大事でして、そのようなことは言っていられません。
邪魔がはいることだって、計画しておかなくてはなりません。
どんなことが起きるかわからない場合だってありますが、何かが起きることを
計画しておくことはできます。
誰だって完璧な計画にすることはできません。
完璧にしようと思うことが大事です。
計画において、見積が必要です。
時間がどのくらいかかるかの見積もりです。
見積もるには、やることの手順が見えていないとできません。
手順が無い場合は、手順にしてみましょう。
一見手順にするほどのことではないというものであっても、分析してみると
かなり多数のステップになっていることがわかります。
最終的に品質を伴って完了できるような手順にしておくことも考慮が必要です。
途中で邪魔が入っても止められ、再開できるようなことも考えたほうがいいでしょう。
手順化していれば、見積もる内容が見えます。
そして見積もる時もう一つ重要なのは、標準に見積もることです。
いつまでも変われない人は、手馴れた自分がやることを前提とした見積にして
しまいます。
そうするといつまで経っても自分しかできません。
人にやってもらう前提で見積もってみましょう。
そのようなことができていれば、自動的に回る仕組みが出来上がってくるでしょう。
人に頼む場合は、さらに考慮すべきことがあります。
それは次回にしておきます。
今日はこのへんで。
ベンテツです。
いつも時間が足りなくなる。
いつも遅れてします。
いつもやり残したことがある。
いつも確認不足でトラぶってします。
こんなことはありませんか。
いつもとは言わないまでも結構時間や期限の問題にぶち当たりますね。
これは計画が足りないからですね。
計画と一言でいっても、計画はしていますよ、ただ別な要件が出てきたんですよ。
という人はいると思います。
しかし、計画というのはとても大事でして、そのようなことは言っていられません。
邪魔がはいることだって、計画しておかなくてはなりません。
どんなことが起きるかわからない場合だってありますが、何かが起きることを
計画しておくことはできます。
誰だって完璧な計画にすることはできません。
完璧にしようと思うことが大事です。
計画において、見積が必要です。
時間がどのくらいかかるかの見積もりです。
見積もるには、やることの手順が見えていないとできません。
手順が無い場合は、手順にしてみましょう。
一見手順にするほどのことではないというものであっても、分析してみると
かなり多数のステップになっていることがわかります。
最終的に品質を伴って完了できるような手順にしておくことも考慮が必要です。
途中で邪魔が入っても止められ、再開できるようなことも考えたほうがいいでしょう。
手順化していれば、見積もる内容が見えます。
そして見積もる時もう一つ重要なのは、標準に見積もることです。
いつまでも変われない人は、手馴れた自分がやることを前提とした見積にして
しまいます。
そうするといつまで経っても自分しかできません。
人にやってもらう前提で見積もってみましょう。
そのようなことができていれば、自動的に回る仕組みが出来上がってくるでしょう。
人に頼む場合は、さらに考慮すべきことがあります。
それは次回にしておきます。
今日はこのへんで。
5%! 計画と現実と願望
こんにちは、
ベンテツです。
仕事をスムーズに進めていく上で計画を立てることはいうまでもありません。
日々計画に則って仕事していますでしょうか。
これが結構できません。
私も計画を仕事にしていますが、すべてをやり切れているかというと難しいかも
しれません。
計画は得意な人もいるでしょうが、既に決まっていることをやるのはいやだという
ひともいるかと思います。
私もそうでした。
計画が決まっていると、決まったことをやるだけで面白くないと。
偶然起きることが面白いのではないかと。
ところが、これは最近分かったのですが、無計画でいると、実は面白いことは何も
起きません。
目標 → 計画 → 予定 → 現実
という順序となります。
ということは、目標時点で決まっているではないかということになります。
実は目標以前の段階が重要だったりします。
願望 → 構想 → 目標
です。
強い願望を実現するよう計画されていますか?ということになります。
日々の仕事の中では願望からくる計画というものはないかもしれません。
もともと会社の命令ですから。
でも自分が活動する以上は、自分を主人公にしたいですよね。
自分主人公の計画であれば、面白いことが起きます。
面白いことを発見するといってもいいかもしれません。
強い自分の願望に基づいた計画を実行中には、願望実現に必要なものが
見えてきます。
実行そのものは計画通りに進んでいくのですが、それそのものは、予想通りに進みます。
予想通りでないところに感動なり、面白いものなりが待ち受けています。
予想通りに進んでいながら、意外なところで発見があったりします。
その発見は、将来の計画にフィードバックされ、計画力が磨かれます。
それだけではなく、それ以前の段階である構想にも、願望そのものにもフィードバック
されます。
願望は成長意欲の現われでもあります。
そんな仕事の主人公であるあなたには、計画の大事さと面白さがわかってくるでしょう。
計画の方法について話しようと思っていたのですが、計画そのものの話が長く
なったので、次回にします。
では今日はこのへんで。
ベンテツです。
仕事をスムーズに進めていく上で計画を立てることはいうまでもありません。
日々計画に則って仕事していますでしょうか。
これが結構できません。
私も計画を仕事にしていますが、すべてをやり切れているかというと難しいかも
しれません。
計画は得意な人もいるでしょうが、既に決まっていることをやるのはいやだという
ひともいるかと思います。
私もそうでした。
計画が決まっていると、決まったことをやるだけで面白くないと。
偶然起きることが面白いのではないかと。
ところが、これは最近分かったのですが、無計画でいると、実は面白いことは何も
起きません。
目標 → 計画 → 予定 → 現実
という順序となります。
ということは、目標時点で決まっているではないかということになります。
実は目標以前の段階が重要だったりします。
願望 → 構想 → 目標
です。
強い願望を実現するよう計画されていますか?ということになります。
日々の仕事の中では願望からくる計画というものはないかもしれません。
もともと会社の命令ですから。
でも自分が活動する以上は、自分を主人公にしたいですよね。
自分主人公の計画であれば、面白いことが起きます。
面白いことを発見するといってもいいかもしれません。
強い自分の願望に基づいた計画を実行中には、願望実現に必要なものが
見えてきます。
実行そのものは計画通りに進んでいくのですが、それそのものは、予想通りに進みます。
予想通りでないところに感動なり、面白いものなりが待ち受けています。
予想通りに進んでいながら、意外なところで発見があったりします。
その発見は、将来の計画にフィードバックされ、計画力が磨かれます。
それだけではなく、それ以前の段階である構想にも、願望そのものにもフィードバック
されます。
願望は成長意欲の現われでもあります。
そんな仕事の主人公であるあなたには、計画の大事さと面白さがわかってくるでしょう。
計画の方法について話しようと思っていたのですが、計画そのものの話が長く
なったので、次回にします。
では今日はこのへんで。
5%! 自主的であること
こんにちは、
ベンテツです。
行動科学に関する本を参考にすると、やらされているという感覚で仕事している人と、
自主的に仕事している人とでは数倍から十倍の生産性が異なるとのことです。
感覚的には、20倍以上の差はあると思います。
一人ひとりの生産性は意外と分かりづらいものですが、少し注意しているとわかります。
そして、かなりの差がでているのもわかります。
ある人は、いつまで経っても終わりません。またある人はいつもきっちり終わっています。
終わらない人は何をやっても終わりません。
逆に終わる人は何をやっても終わります。
これは、達成する喜びを感じているかどうかによるところが多いと思われます。
達成を自らコントロールできる人は、自主的になります。
そしてまた行動科学の本では、自主的な人とそうでない人の成果を出す時間に
着目しています。
やらされている人は、本来やるべきことに到達するのがやっとで、
実はそれさえも長い時間をかけてできないことがわかっています。
それに対して、自主的な人は本来やるべきこと以上のことをやろうとします。
よって、時間的にはあっという間に本来やるべきレベルは達成してしまいます。
そして、それだけでなく、本来やるべきことをはるかに超えるレベルに目標を置いて、
それすらも達成してしまいます。
自主的な人は、そう多くはありません。放っておけば5%くらいでしょう。
当然あなたはその5%に入らなくてはなりません。
それに加えて、そのような自主的な人を増やしていかなくてはなりません。
これは苦労します。
しかし、そのような大変なことだからこそ、やりがいはあるのでしょう。
下位5%であっても、頼まれることも無くよりよくなることを実践していくような、
上位5%になりたいですね。
そして、結果として大きな影響力を持ちたいですね。
具体的にそうなっていくテクニックを紹介します。
仕事をモデル化し手順化することです。
手順化されているものは、順々に実践していくことで、達成感が得られます。
手順化する手順を作ってもいいでしょう。
そうすれば手順化することと手順を実行することで2度ドーパミンが出て、
2度やる気がでることになります。
それを繰り返すことで、自主的な自分になれるのと、自主的な人が周りに増えていくことでしょう。
ではまた。
このへんで。
参考文献「行動科学で人生を変える」石田淳著
ベンテツです。
行動科学に関する本を参考にすると、やらされているという感覚で仕事している人と、
自主的に仕事している人とでは数倍から十倍の生産性が異なるとのことです。
感覚的には、20倍以上の差はあると思います。
一人ひとりの生産性は意外と分かりづらいものですが、少し注意しているとわかります。
そして、かなりの差がでているのもわかります。
ある人は、いつまで経っても終わりません。またある人はいつもきっちり終わっています。
終わらない人は何をやっても終わりません。
逆に終わる人は何をやっても終わります。
これは、達成する喜びを感じているかどうかによるところが多いと思われます。
達成を自らコントロールできる人は、自主的になります。
そしてまた行動科学の本では、自主的な人とそうでない人の成果を出す時間に
着目しています。
やらされている人は、本来やるべきことに到達するのがやっとで、
実はそれさえも長い時間をかけてできないことがわかっています。
それに対して、自主的な人は本来やるべきこと以上のことをやろうとします。
よって、時間的にはあっという間に本来やるべきレベルは達成してしまいます。
そして、それだけでなく、本来やるべきことをはるかに超えるレベルに目標を置いて、
それすらも達成してしまいます。
自主的な人は、そう多くはありません。放っておけば5%くらいでしょう。
当然あなたはその5%に入らなくてはなりません。
それに加えて、そのような自主的な人を増やしていかなくてはなりません。
これは苦労します。
しかし、そのような大変なことだからこそ、やりがいはあるのでしょう。
下位5%であっても、頼まれることも無くよりよくなることを実践していくような、
上位5%になりたいですね。
そして、結果として大きな影響力を持ちたいですね。
具体的にそうなっていくテクニックを紹介します。
仕事をモデル化し手順化することです。
手順化されているものは、順々に実践していくことで、達成感が得られます。
手順化する手順を作ってもいいでしょう。
そうすれば手順化することと手順を実行することで2度ドーパミンが出て、
2度やる気がでることになります。
それを繰り返すことで、自主的な自分になれるのと、自主的な人が周りに増えていくことでしょう。
ではまた。
このへんで。
参考文献「行動科学で人生を変える」石田淳著
5%! 伝わる信念
こんにちは、
ベンテツです。
お盆休みでしばらくアップしていませんでした。
今日から再開します。
先日主張という話をしましたが、主張と言ったときに、強引なイメージを持つこともあるでしょう。
強引になれない性格もありますから、強引になれといっているわけではなく、あくまでも主張
すべきときは主張するということです。
主張に際して重要なこととして、今日はもう一つの観点をお話したいと思います。
主張ということは自分の意見ですが、それは信念を伴うものである必要があります。
信念なんてだいそれたものなんてありませんよ、という人も多いことでしょう。
私もそれほどたいしたものではありません。
5%かそうでないかの違いとして、信念のようなものはあると思います。
信念という大げさなものではなく、正しいであろうものと思っていてもいいかもしれません。
正しいであろうものは、実は正しいとは限らないのですが、自分と自分以外の関係において、
これが正しいかどうかを究極まで探って、自分なりに行動に移せているもの、
このように考えてもいいでしょう。
行動に移っているようなものは、考えが結果的に伝わっています。
伝わってしまいますので、相手もわかります。
そこで、開放された状態であることが大事です。
自分だけに対する正義感のようなものは、不要です。
そのために誠実であっても、ある人から見れば不誠実となり、受け入れられなくなります。
信念という強い思考になった場合、あえて主張しようとしていなくても、自然な主張となって
人に伝わります。
やはり、開放された上での信念、すなわち、自分だけでなく自分以外も含めてどのような道が
いいのかを常に最善を探ったうえでの考えかどうかが、人に伝わってもいい考えとなるでしょう。
今日はこのへんで。
ベンテツです。
お盆休みでしばらくアップしていませんでした。
今日から再開します。
先日主張という話をしましたが、主張と言ったときに、強引なイメージを持つこともあるでしょう。
強引になれない性格もありますから、強引になれといっているわけではなく、あくまでも主張
すべきときは主張するということです。
主張に際して重要なこととして、今日はもう一つの観点をお話したいと思います。
主張ということは自分の意見ですが、それは信念を伴うものである必要があります。
信念なんてだいそれたものなんてありませんよ、という人も多いことでしょう。
私もそれほどたいしたものではありません。
5%かそうでないかの違いとして、信念のようなものはあると思います。
信念という大げさなものではなく、正しいであろうものと思っていてもいいかもしれません。
正しいであろうものは、実は正しいとは限らないのですが、自分と自分以外の関係において、
これが正しいかどうかを究極まで探って、自分なりに行動に移せているもの、
このように考えてもいいでしょう。
行動に移っているようなものは、考えが結果的に伝わっています。
伝わってしまいますので、相手もわかります。
そこで、開放された状態であることが大事です。
自分だけに対する正義感のようなものは、不要です。
そのために誠実であっても、ある人から見れば不誠実となり、受け入れられなくなります。
信念という強い思考になった場合、あえて主張しようとしていなくても、自然な主張となって
人に伝わります。
やはり、開放された上での信念、すなわち、自分だけでなく自分以外も含めてどのような道が
いいのかを常に最善を探ったうえでの考えかどうかが、人に伝わってもいい考えとなるでしょう。
今日はこのへんで。
5%! 主張のときは主張
こんにちは、
ベンテツです。
声が大きいとか、透っているとか、
強い口調であるとか、弁が立つみたいな、
言うことに対して、得だなと思わせることってありますね。
声が大きいほうがなんとなく意見が通りやすいようなことって
ないとはいえません。
では、声が大きくなればいいのでしょうか。
声が大きくてうまくいっていると思っている人は、大きな声を出せといいます。
大きな声ではっきり言えとかいいます。
しかし、
大きな声であればいいということでもないですね。
じゃ、
小さい声でもいいのかというと、それでいいとも言い切れないですね。
声で得するとか、いわゆる弁が立つみたいな人に対して、声も小さく、弁も立たない人
はどうすればいいでしょうか。
声が大きく押しの強い人は相手を弱い立場に追い込んでしまいます。
それで自分が満足するのでしょうけど、長期的に見ると、相手には逃げられます。
つまりその場限りの小さな効果しかありません。
そうなると、それでいいと思っているほうが、後々不利益になることの方が
ひょっとすると多くなるかもしれません。
これが小さくても、いわゆる弁が立つという人でなくても、相手を考える心があったほうが
いいに決まっています。
長期にみれば特にそうです。
自分のしゃべり方みたいなところだけでに着目して直そうとしても、なかなか直りは
しないでしょう。
やはり、着目すべきは相手です。
相手を中心に捉えますが、主張すべきところは主張します。
前にいる相手にも、後ろにいる相手にも、もちろん横の相手にも中和していき、
溶け込んでいきます。
そうすることで信頼が得られるでしょう。
そうでありながら、やはり主張すべきところは主張します。
中和とは主張しないことではありません。
主張すべきところは、自分の分野として見解を言わなくてはならないような
周囲からの期待に確実に応えることです。
中和することで、期待を正確に捉えられるようになっていくでしょう。
そうなった時に、自然と主張がでてくるでしょう。
その主張は、誰かの意見をそのまま言っているのはなく、あくまでも自分の意見です。
性格的に強いとか押しが強いとかは関係ありません。
私たちが一歩前に進むために自然と発せられること、
これができる人は、確実に前に進んでいます。
そして、そのような人たちは相互に高めあっていきます。
つまり、そうでない人は、高めあいに入れないことになってしまいます。
では、
今日はこのへんで。。。。
5%!
ベンテツです。
声が大きいとか、透っているとか、
強い口調であるとか、弁が立つみたいな、
言うことに対して、得だなと思わせることってありますね。
声が大きいほうがなんとなく意見が通りやすいようなことって
ないとはいえません。
では、声が大きくなればいいのでしょうか。
声が大きくてうまくいっていると思っている人は、大きな声を出せといいます。
大きな声ではっきり言えとかいいます。
しかし、
大きな声であればいいということでもないですね。
じゃ、
小さい声でもいいのかというと、それでいいとも言い切れないですね。
声で得するとか、いわゆる弁が立つみたいな人に対して、声も小さく、弁も立たない人
はどうすればいいでしょうか。
声が大きく押しの強い人は相手を弱い立場に追い込んでしまいます。
それで自分が満足するのでしょうけど、長期的に見ると、相手には逃げられます。
つまりその場限りの小さな効果しかありません。
そうなると、それでいいと思っているほうが、後々不利益になることの方が
ひょっとすると多くなるかもしれません。
これが小さくても、いわゆる弁が立つという人でなくても、相手を考える心があったほうが
いいに決まっています。
長期にみれば特にそうです。
自分のしゃべり方みたいなところだけでに着目して直そうとしても、なかなか直りは
しないでしょう。
やはり、着目すべきは相手です。
相手を中心に捉えますが、主張すべきところは主張します。
前にいる相手にも、後ろにいる相手にも、もちろん横の相手にも中和していき、
溶け込んでいきます。
そうすることで信頼が得られるでしょう。
そうでありながら、やはり主張すべきところは主張します。
中和とは主張しないことではありません。
主張すべきところは、自分の分野として見解を言わなくてはならないような
周囲からの期待に確実に応えることです。
中和することで、期待を正確に捉えられるようになっていくでしょう。
そうなった時に、自然と主張がでてくるでしょう。
その主張は、誰かの意見をそのまま言っているのはなく、あくまでも自分の意見です。
性格的に強いとか押しが強いとかは関係ありません。
私たちが一歩前に進むために自然と発せられること、
これができる人は、確実に前に進んでいます。
そして、そのような人たちは相互に高めあっていきます。
つまり、そうでない人は、高めあいに入れないことになってしまいます。
では、
今日はこのへんで。。。。
5%!