安くてそれなり
変じゃなければいい…という
「意志のない買い物」が 廃れ始めているね
(`・ω・´)
大量生産の既製品では
素材の意味も作り手の想いも
何も見えないし伝わらない。
そんな買い物は、ただ物と金を交換させる作業でしかない…
そうしてザラザラと使い捨てられ消費されるのは物だけではなく
社会にとっての「消費者」という存在自体。
つまりワタシジシンでもある。
物が大事にされないのは
人が大事にされないのと同じ
「付き合えるなら誰でもいいから、君でいいや」
…って言われて…
嬉しい人はいない(´・ω・`)
「君でいい」じゃなく「君がいい」と言って欲しいように
物へも「これでいい」じゃなく「これがいい」と思いたい
「大事にされないモノ同士がお互いを消費しあう」
そんな寂しいだけの作業に…みんなが背を向け始めている兆しをアチコチで見かけます。
楽天でショップをしながら、Facebookで素敵な商品の演出をしている
「Scope」さん
https://www.facebook.com/scope.japan
Facebookでオリジナルの藍染め製品の制作工程や素材選びの経緯などを演出
「有限会社藍色工房」さん
https://www.facebook.com/aiirokoubou
こういった方々のタイムラインを眺めていて解るのは
Facebookなどで「物が生まれるまでのストーリー」を語ることで
買い手は物自体のみでなく、その「背景こそを購入している」というコト。
すると、ただ安くて手頃というだけだった買い物と違い
手に入れた物一つ一つを、フト意識するだけで
ジンワリと愛おしさを呼び起こすことが出来る。
感情がわき起こる時、人は孤独感を感じない
物の背景をイメージすることによって
色・形・素材などに込められた作り手の「意志」が
確かにそこに存在していると感じられるから。
物があるコトは、そこに作り手の想いがあるということ。
沢山の想いに包まれていると、自分は一人ではないという温かな気持ちが生まれ
自然で穏やかな安心感が生まれる。
作り手の意志が届けば
物は物であることを越えて
「エネルギーの導管」になる
「買う」というのは
本当はそういう意味なのかもしれない
物を買うのではなく、作り手の想いこそを買うというコト
ちなみに「かう」と変換すると「交う」という候補が出てきます
「買うとは交うこと」
作り手と買い手のエネルギーの交わりなんだねぇ♪
最近、Facebookで素敵な作品紹介が多いので、そんなコトを思いました♪
゚+。(o・ω-人)・.。

































