
スピ系混乱ワードの一つとして
愛に並んで代表的なのが「神」!
(龍とかそーいうのも含む)
ブログで普通に「●●神が~」とか「龍が~」とか連呼しちゃう記事は途中で読むのを止めます。
物事を説明する前に、愛や神の意味を先に定義しないで
「自分にしか分からない曖昧な印象」ばかり並べられてもねぇ…
結論が伝わる筈もないでしょ?
(というか他人に伝えられるほど結論が固まってない場合が殆ど)
┐(´д`)┌ヤレヤレ
「もちもちっとして、つる~んぷりっな所にドーーンだよ!」
↑みたいな「お前は何を言っている」状態になるのが関の山
数式でいう「X」や「Y」の中身が不明のまま式を続けるようなもんですからね(笑)
「…」か「?」で終わるだけ(;´∀`)
さてさて、ここから本題♪
愛については前記事で定義済みなので
「神」って結局なんなのさってトコ
結論から言うと、神とは
「自然現象という、生命の営みが循環するシステムそのもの」でふ♪
゚.+:。∩(・ω・)∩゚.+:。
天体が回ったり、海が満ち欠けしたり、植物が育ったり、雨がふったり…
そんな日々当たり前にあるものね♪
なくては生きていけないけど、コントロールもできない。
私達の生活の基盤であり、恵みであり恐怖でもある、自然現象たち…
今でこそ
「雨は何で降るの?」とか
「地震はどうして起こるの?」とか
コントロールは出来ないまでも、その仕組みは解明され、理解できていまふね。
ヽ(。・ω-。)★
でも、昔の人は情報が殆どなかったので
こういった自然現象は「謎」でしかなかった……
でも、人はなにより「謎」なものが一番こわいのです。
不明なもの、ワケワカランもの、理解も出来ず対処も出来ない、ひたすら受け身になるしかない状態こそが最も恐ろしい。
(日本の幽霊映画と海外のゾンビ映画の違い)
特に村や町など、人が組織化すると
上の立場の役目として、ハプニングを含め様々な物事の説明を問われます。
雨が降るのは、風が吹くのは、お日様が照るのは?
「何でかも解らないし、何が起こっても打つ手なし」と言われれば人々は散ってゆき、組織は解散してしまいます。
そこで作られたのが「神」です!
ド━━m9(*´∀`*)━━ン!!
テクノロジーなどを使って、実際に検証したり証拠は出せないけど…
「それっぽいストーリー」を作って無理くり仮説を作って民衆の心を繋ぎとめることにしたの。
人間「対象」がハッキリすると気がラクになるもんなんです。例え仮にでも納得できる説明は、自然現象に日々生死を左右される当時の人に必要不可欠だったのです。
例えば「台風」に揉まれて…
「なんなんじゃぁ!いつ終わるんじゃ!」
((((´;ω;`))))
と、ワケも分からず怯えまくるより
「悪きドラゴンが暴れておる!⚫︎⚫︎神よ!守りたまえ!」
( つ;∀;)つ †
という風に、恐怖でも「何がコワイのか」
畏怖する対象を明確にさせた方が混乱せずに済むのね。
大衆を混乱させず、かつ組織を離れないようにする為
そして「自然現象という太刀打ち出来ないパワー」を(一応でも)説明できる立場であるという、支配層の絶対的な格差の証明として…
「神」という「自然現象を説明する模倣話し」は支配層にとって実に都合よく利用されてきました。
(。´益⊂)
しかし、科学・化学・物理学などなどが発展し、今まで「正体不明」だったものの「正体」が見えてくると、自然現象の法則性も自ずと大衆に伝わります。
そうすると「解らないものに何とか説明をつける」為に捻り出された「神」の綻びは決定的になり、「神を知る者」として偉そうにしてた支配層にとっても、出来の悪い小話は邪魔になってきました。
・⌒ヾ( ゚⊿゚)ポイッ
※これが「神」と「科学」が相容れない理由
虹や地震、嵐に熱中症…
「物理的な不思議がフシギじゃなくなる」と、そこに派生していた感情を都合よく利用していた支配層は大衆を恐怖でコントロール出来なくなると考えた。
だから、現代における「神」は自然現象という物理法則ではなく「メディアの評価基準」という精神法則に取って代わり
天にまします我らの神は、テレビの中へと引っ越しました(笑)
ここまでをまとめると…
「神」とは
「正体不明の物理現象を説明する為に作られた、ストーリー仕立ての仮説だったモノ」なのです。
当然「仮説」を崇めたり
「その仮説を象徴するシンボル」に祈りを捧げるなんてのは、お門違いにも程が有る、ただのお慰めでしかありません。
たとえば、黄金比や円周率がいくら美しいといっても「黄金比」と書かれた紙を壁に貼ってもなんにもなりゃしませんよね?
そういうことです。神は崇めたり象徴化するような類のものではない。
神は居るのか?と問われれば
「存在する」といえます。
ただ、川の流れや夕焼けを「居る」とは言わないように、それはただ「在る」というコトになります。
勿論、現代科学だってまだまだまだ解らんことだらけ(宇宙や深海なんて特に)
そういった、未だ証明されてない法則には「神」が活きています。
面白いのは「神」として語られる法則性が、意外と科学的検証結果とシンクロする率が高いこと。
体はって日々自然現象と戦ってきた先人達の「血と汗と涙のデータ収集」の賜物ですな(笑)
だから「神」だって、まだまだバカに出来たものではないんです。お世話になります神(つω`*)テヘ
ただ、曲がり間違っても
神という「自然現象の法則性」自体を盲信したり、崇めてみたりな~んてコトはしないように(やってもいいけど、意味はないぞ!)
法則性とは、それを日常に活かしてこそナンボですからね。手段と目的を逆転させないように(;^ω^)