「頭蓋骨・胸骨と・脊椎のような細い骨しかない姿」のバケモノがうようよ
サバイバルゲームなんだと解った
バケモノと同じだけの数、廊下に漬物石サイズの「黒い石」が浮いてる
その黒い石を投げつけた時だけ倒せるんだけど
投げて当てると消えてしまうので、いちいち石を探すのが面倒くさい
ふと、「投げなくても、持ったまま殴ってもOKなのかな?」って思って
両手で持ったままガスガス殴ってみる
確かにダメージを与えられるんだけど
そのダメージ数が泣けるほど低い(笑)
30回くらい延々ぶっ叩いてようやく1体倒せた。
すると、急に「ゲームクリア」になってしまった。
「黒い石を投げつけずに使って倒すのが条件だったのかな・・・?」
キョトーンとしてると、ゲームマスターらしき存在(女性っぽい)が
「では新しい敵を用意しました!どうぞー!」と言った。
急に右手が緑色に光って、そのまま大砲のような形に変わった(モノ掴めんがな)
そこから無限に緑の光の弾が発射されるので、今度はこれで敵を倒すそうな・・・
おお、無限に出るならラクだね!と思ったんだけど
その弾のダメージが、黒い石(ぶんなぐり版)よりさらに低い(笑)
”胸元に回転するファンみたいなものを内蔵する敵”に向かって弾を打ち続けながら
「この武器・・・弱ぇぇぇ」って面倒くさい気持ちになった。
モフィちゃんのiphoneケースを探して、原宿のキディランドまで行ったんだけど
入り口で意外なキャラとの遭遇!!!!!
Σ(=°ω°=;ノ)ノ
なんと数年ぶりの新刊発売記念らしく
「期間限定ぼのぼのコーナー」が開設されてたのでぃす

見てる間にもあれよあれよとグッズが売れていく・・・

ぼのぼのは中々グッズ化されないもんね~~

買おうか買うまいか悩んで、とりあえず持って歩いてた
ぼのぼのビーズクッション(¥800)
周囲の人からの視線がすごかったので、アワアワしつつレジへ(笑)
ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ
くださーーいそして本命のモフィちゃんiphoneケースも無事GETできました

ホワイトデーというコトで、Qちゃんがプレゼントしてくれました


(´;ω;`)うれしや うれしや!!
その後、有楽町へ話題の「アナと雪の女王」を観に行って
圧倒の映像美と合いのストーリーに大満足


数日前、おねいちゃんと「アナ観たいね~」って話しをしながら
ウェブで空席を見たら殆ど空席だったので、ど真ん中の席をゲットできたの☆
でも予約完了して10分後くらいにみたら、かなり席がなくなってた(°д°;)
空席一覧を調べたのが、偶然日が変わった瞬間だったから
ウェブ予約の受付開始直後だったみたいで、良い席がとれたのね・・・
う~んグッドタイミング(ノ^^)八(^^ )ノ
合いだね~評判の松たか子さんの吹き替えもバッチリ

劇中挿入歌もとても素敵でした(´∀`*)ポッ
ストーリーも歌詞も本当「合い」なんですよね~~~~~
一部抜粋でご紹介
そのまま歩いて銀座「小肥羊(シャイフェイヤン)」に向かい、火鍋を堪能

ちょうどキャンセルが出たらしく、満席の中予約が取れたの~!!
またもや・・・合いだわ~~きゃ~~~~(*^o^)乂(^-^*)

本当に今日は何もかもタイミングバッチリな、素敵な1日でした

本当 仕合わせ 仕合わせ♪(*^ ・^)ノ⌒☆


音楽と精神の在り方は本当に似てますね♪
色んな人の精神が合わさって生まれる現実とは、無数のミュージシャンが奏でる自然なセッションそのもの。
他者との合いは【ハーモニー】
(=゚ω゚)人(゚ω゚=)
しかし…ハーモニーを奏でる前に「自分自身」という楽器がチューニングされている必要がありますね。
だって楽器の音程が狂いまくってるのに、ハーモニーもセッションもないでしょ?
(;´∀`)
そんなワケで何度も書いています
「合いはまず自己合いから始まる」
「こころの調律」は
楽しいと思えることを単純に「したい」と思ってしたり
現れる物事「すべてに意味がある」という視点をもつことによって、本心からの喜びを感じたり、少しずつ不安や恐怖と向き合えるようになることで、気持ちに余裕が生まれ
【気持ちと言動・想いと現実】にズレがなくなってゆくコトです。
☆⌒ヾ(≧ω≦)ノ♫
想いと行動が合っていれば、こちらから意図しなくとも、ハーモニーは自然に生まれ繋がっていきます♪
゚.+:。∩(・ω・)∩゚.+:。
どうも思うように演奏が合わない…素敵な曲にならない…と嘆く前に、まず第一に自分自身のチューニングですよ☆
そんなのは嘘じゃー( ゚ ρ ゚ )
どれだけ口では違うと言っても・・・
本心には【承認欲求を満たしたい】って見返りをガッツリ求めてる。
だって大抵は「目の前にいない人」や「まだ起こってない可能性」っていう
「虚像」に対してプリプリ怒ってるでしょ?
つまり「敵を求めてる」のね。
゚・゚*・(゚O゚(☆○=(`◇´*)o
ヒーローになるには【敵】がいなきゃ。
でもその前に……もっと大事なモノがある。
敵を作るには【被害者】という存在が必須。
\(^o^)/HELP!!
だから居もしない被害者を、さも目の前に居るように語っては
可哀想だ!あんまりだ!許せない!どうかしてる!痛ましい!
……って批判して、「自分を肯定する為の否定材料」にするの。
架空の敵を成敗する「裁きの剣」こそ、伝説の勇者の証。
それを握る自分は・・・きっと・・・【他人が認める人】だと信じられるから。
:*:・( ̄∀ ̄)・:*: (^O^ )(^O^ )(^O^ )スゴーイ
ヒーロー願望の底にあるのは劣等感。
「ただの自分」じゃ不安だから、評価される要素が欲しくて
「哀れな被害者」を憂い「人でなしの敵」をボコボコにして
「ヒーローである自分」を讃えて自信をつける。
ねぇ、こんなに私 優しくて親切なの
ねぇ、こんなに私 強くて勇敢なの
ねぇ、こんなに私 才能があるの
ねぇ、こんなに私 正しいの
他人の為、あなたの為。
その後に続く言葉は
・・・にしてあげたのだから
さぁ、共感して
さぁ、誉め称えて
さぁ、頼って
さぁ、特別だと認めて
さぁ、私を好きになって
私が私を好きになれるように。
「沢山の人に好かれる私」を構成するパーツになりなさい。
ヒーローは人気者じゃなきゃ。人気者は何をしても許されるんだから。
それってとっても安心よね。
「素晴らしい人」という鎧を着せて欲しいの。
たとえ皆が見るのが、私じゃなく外側の鎧だけだとしても構わない。
今までみたいにビクビク怯えるよりずっとマシだから。
そんな【本音】を2重3重の「正論・常識・正義感・上っ面の優しさ」でコーティングして
もはや自分でも無自覚なまま、「可哀想な存在」や「酷い存在」を欲してる。
ε=ε=ε= ヾ(*~▽~)♪ o(_ _*)oHELP...
ありのままの自分を好きになりたい。
そう願いながら、分厚い鎧を重ね着していって
どんどん動きづらくなって、自分から遠ざかってしまう悪循環。
この世には【必要とする存在】しか存在しない。
自分が自分の現実の、全ての創造主であるという「全責任」を受け入れたなら
「可哀想な存在」や「極悪非道の悪」なんて、自分が認めなきゃ存在する筈がないってコト。
彼らの存在理由は自分と無関係だと、線引きをして分け隔てている時点で責任転嫁。
潜在意識で自らを「創造主ではないと宣言している」に等しい。
ヾ( ´ー`)
それじゃ、思い通りにいかなくて当然よね。
顕在意識とウラハラな出来事ばかり現れて翻弄されるのも。
自分でそうしてしまったんだから・・・
世の中うまくいかないのは、悪い存在のせい、無知な輩のせい、原因は外側にある・・・
罰しなくては!改心させなくては!追放しなくては!消滅させなくては!
そうやって、悪の魔王を倒す「勇者」というキャラを被るかぎり
いつまでたっても自分を好きになんてなれやしないの。
キャラを捨てるのは勇気がいる。
今まで築いてきたものが壊れてしまうから。
でも、それこそ「本当は不要な関係」でしかない。
(*´Д`)=з
分厚い鎧を脱ぎ捨てて残るもの、そこから出会うものこそ
「素の自分」と共鳴できる、合いの関係性。
努力をしなくても、頑張らなくても、我慢しなくも、自然と笑顔になれる。
エネルギーを生み続ける永久機関のエンジン。
なにかをするから、好きになるんじゃない。
なにかがあるから、必要とするんじゃない。
なにを許し、なにを許さないか。美しい尺度なんて求めてない。
意味も、価値も、なくていい。
「ただのあなた」で完璧。最初から。
ヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ


存在=影響力=観測する行為=意識
存在とは【楽器と音】の関係と非常に似ていますね!!
楽器はあっても、鳴らなければ音は出ない・・・
それは【存在していない】のと同義なワケです。居るけどいない。
または【インターネットとデータ】の関係ともよく似ています。
ネット上のデータというのは、アクセスしてダウンロードして表示して・・・やっと【存在できる】。
たとえどこかのサーバ上にデータが保管されていようが
アクセスされない非活性のデータとは【存在していない】のと同義。居るけどいない。
この【楽器の音を鳴らすこと/アクセスしてデータを活性化させること】に相当するのが
「観測する行為」であり「意識すること」であり「影響する(される)こと」
モノもコトも、存在する為には上記の3点のいずれかが必要です。
上のどれか1つでも満たしたなら
たとえ顕在意識が気づいてなくても、潜在意識はその存在をしっかり認識し記憶します。
誰かに記憶されていれば、どんなモノもコトも完全に消滅はしません。
一時的に存在のボリュームが小さくなっただけです。
■トラブルメーカーがトラブルを起こす理由
イジメっこがもの静かな子や好きな子を虐めたり
落ち目の企業や芸能人などが不祥事を起こして
いわゆる「炎上マーケティング」までして自己主張するのは
そういったエネルギーの仕組みを無意識に利用してなんですね。
生存本能ですなぁ、いやはや・・・。
不倫問題とかで一時落ち目になった芸人とかが
いつの間にかお茶の間に返り咲いてたりするじゃないですか? あれなんかまさに。
(;´Д`)ノ
忘れられたくない、消えたくない・・・
たとえ「イヤな奴」と見られても・・・
強い印象を残せたなら、相手の意識に影響を落とせる。
そうしたら、まだ【存在することが出来る】。
「悪印象でも無いよりマシ」ってコトで
藁にもすがる思いでトラブル・ハプニングを起こしているわけですな。
今時はネット世代が主流でテレビ離れも顕著ですから、どれだけ頑張っても
「ふ~んへぇ~どうでもいいわ~」という薄い印象しか残せないのですが
バブルを経験したテレビ世代には未だに強い影響力があるようで(笑)
「まぁヒドイワ!」「サイテーな奴!」と感情をブルブル震わせて強く相手を意識します
(((( ;°Д°)))) ⇒⇒⇒ γ(▽´ )ツニヤリ
無事、命綱ゲットってワケですね
┐(´д`)┌ヤレヤレ
トラブルメーカーは何故、自ら好んで無自覚にハプニングを引き起こすのか?
それは「存在したいから」なんですね。
逆をいえば「現在、存在が消えかけているから」ともいえます。
自己合いが著しくズレている為に
存在する為の影響力(音量)が限りなく0に近くなっている・・・
エネルギーの波が、死を目前とした心電図みたいに弱くなっていく・・・
(´・ω:;.:...
だから焦って「精神のAED」ともいえる「大きな波(トラブル・ハプニング)」を起こすんです。
色々な人に影響を及ぼし、意識され、見られることを目的として。
(`・ω・´)シャキーン ←←← Σ(゚д゚;)Σ(・ω・;||)Σ(~∀~||;)
しかし、前記事でも書きましたが「大きな波」というのは長続きしない性質です。
カンフル剤のようなものなので、瞬間加速をかければ同じだけの反動が戻ってきます。
参照:精神にとっての食事とは?
つまり「反動が返ってくる前に、確実に自己合いの修復を行わなければ結局は逆効果」
要作戦の時間稼ぎであり、一発逆転の賭けなんですね。
■DQN(トラブルメーカー/エナジーバンパイア)の対処法
しかし・・・・大暴れするDQN(トラブルメーカー)ご本人はさておき
周囲の人間は常に振り回されて困りますよね。
要は一方的に意識・注目させられるワケですから、すご~く疲れちゃう・・・
真横で常にネオンライトがビッカビカ光ってるようなハタ迷惑さ(笑)
(@Д@;
特に仕事場や学校など、無視したくてもできない閉鎖環境においてDQNは本領を発揮!!
法に触れたり、暴力や破壊行為など「明らかな異常行為」はしないのが特徴で
その場から追い出されないレベル内で、様々な人に悪印象を残します。
そんなDQNへの対処法は
「共感しない・裁かない・こちらが自己合いをもつ」
m9(・∀・)ビシッ!!
まずはDQNの言動や態度などに興味をもたない!(表面的なコトに共鳴しない)
そういったものに「善悪/正否」の観点を持ち込まない!(同類にならない)
なにより、こちらが自己合いをもつこと!(フラグ回収する)
■何故、自己合いがDQN対策になるの?
目の前に現れた人に”無意味な人”は居ません。
DQNが現れ引っ掻き回すのは、自分自身や職場が抱えている「根本的な不満」を表面化させる役目を持っていたりします。
もちろんDQN本人は「自分の波を作る」のが目的であり、そんな裏設定には無自覚ですが(笑)
フラグがたつのは、どこかで「利害が一致してるから」
相手はあくまで自分の映し鏡。心象風景の具現化。
こちらの必要とする展開にマッチする人材がキャスティングされてきた訳だから
召還されたDQNと自分は無関係ではないのです。
もはや気づかないほど麻痺してしまっている・・・
かつて諦めて封印した、心のズレ(本当はイヤだと想う気持ち)
より合いを深める為、過去の問題を再浮上させるには「刺激」が必要ですね。
参考:人が退屈を感じるのは、自分をもっと合いしたい時
そこでDQN参上!!
ε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノhello
ひとしきり大暴れして、水面下の問題を表面化させたら
「礼はいらねぇよ。」どころかハッキリ「憎まれ役」として去ってくんですから
こりゃニクい奴・・・いや、ニクめない奴なんですね本当は(笑)だはは
ダークヒーローって奴でしょうか~
世の中にイイヒトもワルイヒトも居ないというのは
こういった感じで、すべての配役は「必要とされたから存在する」訳で・・・
上も下もなく、どんな人も持ちつ持たれつなんですね。
♪(*^ ・^)ノ⌒☆
そして・・・当然「役目を終えた存在」というのは自然と去っていくものなんです。
お互いの利害が一致しなくなったからですね。
たっぷりの自己合いに満たされた人を相手にしても、DQNが欲する波は作り出せません。
エネルギー的に美味しくないので、サッサと次の場所へ旅だっていくでしょう。
( ゚ ▽ ゚ ;) ε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノbye


それをすると問題を先延ばしにするだけで、さらに退屈な状況を長引かせます。
参照:精神にとっての食事とは?
それはウソの上塗り作業だから
ウソを補強する為のウソ、それを補強するさらなるウソ、それが崩れない為の少しのホント・・・
ツギハギだらけのメチャクチャなパッチワーク状態!!
もう何がなにやら、わからなくなってしまいます・・・
(θωθ)/~
急がば【止まれ】もアリです
とにもかくにも「一旦止まる」のが一番安全!なんです。
早くしろバカヤローと批判の目を浴びようが・・・
ゆっくり、一つずつほどいていくと・・・
ならば諦めて耐えるしかない・・・
Y(>_<、)Y
「感じきってない想いが残っている」場合だったりします。
まず内側の「自己合い」から始まります☆
とうに忘れた「イヤ」を発見します。
( ゚-゚)( ゚ロ゚)(( ロ゚)゚((( ロ)~゚ ゚
それがどれほど小さな些細なものでも・・・
抑圧された自己のカケラは、いつまでも「合ってないよ!ズレてるよ!」と叫び続けます。
(ノ゚ο゚)ノオーイ!!オーイ!!
その僅かな角度のズレが・・・
巡り巡って「退屈(ツマラナイ)」に繋がることを、潜在意識は知っているからです。
良い気持ちになることにも、イヤな気持ちになることにも です☆
o(〃^▽^〃)o


例え表面的に同じ行動をとっていたとしても…
「何故」その選択肢を選んだのか?
自分の中の理由(動機、目的、気持ち)に無関心・無自覚なのと 意識的・自覚的なのでは、その後の影響力に大きな違いが出ます!!!
─=≡Σ((( っ'∀')っ
ただし、意識的であることと「正しく完璧であろうとする」ことは全く違うんです。
ここが本当に本当によく間違えやすいポイント。
(;´Д`)つ
意識的というのは…
あくまで「本当の気持ち(感性・感情の求める声)」が選択基準であることを自覚できているか? ということです!
本当は欲しくもないものを欲しいを思い込んでいたり…
必要なものをあってはならないと遠ざけたり…
あるがままを恥だと隠したり…
心の底にある不安を紛らわす為の「無自覚な計算」のもと、気づかないうちに気持ちと違うものを選択してしまっていないか?
正しく&より完璧になろうと条件づきの評価リストと常ににらめっこして、我慢と努力をベースに「理想の人」を目指してしまっていないか?
…1歩立ち止まって、心に問いかけ
静かに見つめて、聞いて、触れて、味わってみて、それはハートから来てる声なのか、思考から来る声なのかを再確認すること。
自分の選択に対して意識的・自覚的になれているかどうかは
☆身の回りにシンクロを感じるか
☆あなたは笑顔に溢れているか
☆気の合わない存在を許し、相手の自由意思を認める余裕があるか
などに表れてきます☆
゚+。(o・ω-人)・.。
意識的であることにより
より「合いし合い」が広く響き渡るようになり、結果「ラクに穏やかに健やかに心地よくのびのびと」生きられるようになるんですね~♪
例→泣く人に腹が立つ→泣くことはいけないと思っている(禁止している)
→禁止せざるをえない出来事が過去に起こった→掘下げる→認め・解放する
→泣けるようになる→誰かが泣くのを見ても腹が立たなくなる→自分も泣いていいと「許可」したから
何かの意見を見て怒りや哀しみの感情が沸き上がってくるのは
その意見そのものじゃなく【その意見から触発される何らかの未消化の感情があなたの中に残っている】ということ。
それを解決すれば〝違う意見〟としてスルーできるようになる。
すべて自分の中の問題。くれぐれも相手に噛み付かないように。
https://twitter.com/starseed003
Twitterは個人的に「これはわたし?」と思うくらいシンクロするTOMOさんのつぶやきより♪
いつもムダのない結論のみタンタンと置かれていくトコが好き(ノ´∀`*)
人って「元々自信のあること(受け入れてること)」を他人にとやかく言われても何も思わないんです。
つまり「他人に指摘されて動揺すること」というのは
本音では、まだ自信がなくて「現在進行形で苦痛に思ってること」だから・・・なんですよね。
つまり、相手が鏡となって映したのは「こちらの未解消問題(自己否定というカルマ)」
好きになれない自分の一部、認めたくない自分の側面、受け入れられない自分の要素
それを受け入れる為に、まずはかつて封印した未解消問題の存在自体を思い出す為に
無意識に「鏡となる憎まれ役」を自分で引寄せている場合もありますし
同じ悩みを持っている存在の方から「共鳴・共振してくる」場合もあります。
時には、根深い未解消問題を認められないジレンマから
同じ悩みをもつ人を攻撃することで「未解消問題の強制的な表面化(八つ当たり)」を起こす人もいます。
もちろん、そんなのは責任転嫁にすぎず
自分の苦痛を相手に投影して否定してるに過ぎないので、まったく本人の解消にはなりません。
相手を傷つけ・見下すことで優越感を感じ、一時的に紛らわされた劣等感に安堵したところで
そんなのは客観的に観れば自傷行為と同じこと。ただ自分も他人も傷つけただけです。
激しい心の動揺、ショックを与えられたら・・・・未解消問題の存在に気づいた時。
その時、自分を変えなきゃ・相手を変えなきゃと思わなくていいんです。
傷ついた原因である「しないべき・そうでないべき」という
自ら握りしめた自己否定ルールを、まず自分が受け入れ&手放すのが先決だから。
自分が未解消問題(自己否定というカルマ)を受け入て・手放してしまえば
自然と攻撃されることも・することもなくなります。
潜在意識がもうそれを必要としないし、相手とも共鳴しないからです。
自己否定のカルマは「正しさの基準(絶対の肯定ルール)」を追い求めることで始まります。
「こうあるべき!でも私はそうじゃない・・・」
理想と現実の不一致がある時、激しい不安に襲われます。
不安要素を取り除く為に、「正しさの基準から外れるペナルティ要素」を失くそうと必死になり
「あれもこれも良い」から「あれもこれもダメ」と縛りマイルールが増えていきます。
マイルールが増えて不自由になるほど「頑張ってる感」が出てはじめ自己満足するのですが
当然、体力・気力が切れるにつれ苦痛の方が上回っていきます。
だったら縛りを外せばいいものですが
一度得た安堵感という甘味が忘れられず・・・
縛りの種類を変えたり、さらに縛りをキツくしたりします。
得られる安堵感と苦痛の割合いが、どんどん割に合わなくなっていき
無理と我慢・不安と不満ばかりが募り、心の容量がどんどん目減りしていきます。
ギュウギュウ縛りですっかり小さくなった心には
「他人と自分との違い」なんてものを受け入れる余裕はありません。
「自分が出来ないのにノホホンと相手が楽しんでるなんてズルい!許せない!」
そんな理不尽な怒りをメラメラ燃やして、相手を変えたり排除しなくては気が済まなくなります。
そんなに辛いなら止めればいいじゃん・・・と思いますが
本人は「正しさの基準」に収まることで得られる、マヤカシの安堵感の中毒症状を起こし
正しさの基準を追うことを止める・・・というのは怖すぎて選択肢にないのです。
しかし、当人の潜在意識はそんなコトすべてお見通し。
嫌なことをやり続けるほど退屈(苦痛)なことはありませんからね。合いもへったくれもありません。
「正しさの基準」を追うことによる「未解消問題(自己否定のカルマ)」は、常に解消の機会を伺うようになり、(一見理不尽に)攻撃されたり、無自覚に誰かを攻撃したりするという自体へ発展します。
間違えないようにしたいのは「攻撃する側にも・される側」にも
「そうする・される理由がある」というコト。
どれだけ理不尽な不運に思えても、本当に不要なものは現れないからです。
自分が見ないようにフタをしてきたモノを強制的に突きつけられるのは
当然気持ちのいいものではありません・・・
しかし、自己否定は強く長く続けるほど・・・より大きな悲鳴で自己主張をします。
逃げれば逃げるほど、雪だるま式に膨れていく。
だから早目に受け入れて手放さないと、どんどんドギツイ荒療治になってしまうんです・・・。
(時にそれは、取り返しのつかない事実として)
それほど、未解消問題(自己否定のカルマ)は人生に悪影響を与えるということ。
だから攻撃しても、されてでも・・・気づこうとする(無意識化のサインとして)
攻撃の本質とは「SOSサイン」なの。


陰とは何で、陽とは何を表すのか・・・
「どちらかに偏ってもいけない」といいつつ
結局は「陽」を持ち上げて「陰」を避ける傾向がありますよね~
(;・∀・)
「陰気」というと悪口だけど「陽気」は悪口じゃないし
「陰がある」・・・というのも「幸薄そう」という意味合いだし(笑)
陰はマイナス、陽はプラス、陰は悪、陽は善・・・
みたいな印象は一番の誤解なの!!
これは光と闇にもいえることです
何かと「闇」を悪者キャラとして描いてきたメディアにも大いに責任がありますが
こういった偏見は早目に解いておきたいですねヾ(。`Д´。)ノ
デスクワーク・裏方・インテリ・Twitter・野菜・バラード/クラシック
無口・起伏がない・退屈・頭が固い・プライドが高い・薄情
接客業・営業・ワイルド・井戸端会議・肉・ロック/ポップス
失言・押しつけがましい・振り回される・せわしない・過干渉
どうでしょうか?
たったこれだけでも、「どちらが良いというコトではない」のが一目瞭然。
☆-( ^-゚)v
人によって、元々「陰の性質が強い」場合も「陽の性質が強い」場合もあります。
ここらへんは、持って生まれた個性ですね♪
もちろん「完全に陰・完全に陽」という人は存在しません。
それぞれが持って生まれた傾向を活かしながら、常にシーソーのようにバランスを取ってます。
単純な例だと「甘いもの食べたからしょっぱいもの食べたくなった」とか
「外出続きだったから、休日は家でゴロゴロしたい」とか
当たり前に欲する、変化のバロメーターですね。
そして、生き物の陰陽というのは「常に状態が変わっていくもの」
「なにが陰でなにが陽か」というのは、お互いの陰陽状態によって変化するんです。
お味噌汁が美味しいのは、陰に傾いてるとこに陽が入るから
トマトサラダが美味しいのは、陽に傾いてるとこに陰が入るから
日々を退屈だと思っていたなら、ポップスやロックが心地よく
日々が忙しいと思っていたなら、バラードやクラシックが心地よく
どちらに傾くではなく「バランスが取れた時」
ホッとリラックスできて心に余裕が生まれるんですね☆
(ノ^^)八(^^ )ノ
心に余裕があれば、より沢山の物事を受け入れ&生み出せるし
一つの物事も、より味わい深く感じることが出来るようになります。
自分自身を楽しめるので「合い」が広がりやすくなる!!
どちらかに傾き精神のバランスが崩れると
「自分らしさ」から離れてしまい「合い」を分断してしまいます。
自分自身や身の回りで、どちらかに傾きすぎているモノがある場合は
陰ばかりの人には陽を加えて情熱的に
陽ばかりの人には陰を加えて落ち着きをプラスすると良い具合になります♪
o(゜∇゜*o)(o*゜∇゜)o~♪
ただし、極端に陰だからといって極端に陽のものを加えても(またはその逆でも)
前回書いた「精神にとっての食事とは?」における「大きな波」になりがちです。
http://ameblo.jp/benjamin-fish/entry-11775380800.html
なにごとも、急激に変えようとしても不自然だからスグ戻りますし
無理に続けようとしても苦痛になるだけ。
「自分が気持ちよいと感じる範囲内」であることが鉄則です!!
陰陽は食べ物・音楽・場所・ファッション・ライフスタイルなど
様々な面で取り入れることが出来るので、是非お試しを♪










































