例え表面的に同じ行動をとっていたとしても…
「何故」その選択肢を選んだのか?
自分の中の理由(動機、目的、気持ち)に無関心・無自覚なのと 意識的・自覚的なのでは、その後の影響力に大きな違いが出ます!!!
─=≡Σ((( っ'∀')っ
ただし、意識的であることと「正しく完璧であろうとする」ことは全く違うんです。
ここが本当に本当によく間違えやすいポイント。
(;´Д`)つ
意識的というのは…
あくまで「本当の気持ち(感性・感情の求める声)」が選択基準であることを自覚できているか? ということです!
本当は欲しくもないものを欲しいを思い込んでいたり…
必要なものをあってはならないと遠ざけたり…
あるがままを恥だと隠したり…
心の底にある不安を紛らわす為の「無自覚な計算」のもと、気づかないうちに気持ちと違うものを選択してしまっていないか?
正しく&より完璧になろうと条件づきの評価リストと常ににらめっこして、我慢と努力をベースに「理想の人」を目指してしまっていないか?
…1歩立ち止まって、心に問いかけ
静かに見つめて、聞いて、触れて、味わってみて、それはハートから来てる声なのか、思考から来る声なのかを再確認すること。
自分の選択に対して意識的・自覚的になれているかどうかは
☆身の回りにシンクロを感じるか
☆あなたは笑顔に溢れているか
☆気の合わない存在を許し、相手の自由意思を認める余裕があるか
などに表れてきます☆
゚+。(o・ω-人)・.。
意識的であることにより
より「合いし合い」が広く響き渡るようになり、結果「ラクに穏やかに健やかに心地よくのびのびと」生きられるようになるんですね~♪
不必要なものに振り回されることもなくなるので、人間関係もスムーズになり出費も抑えられ、様々な物事がシンプルに整っていきますよヾ(^∇^)
何かをしなくてはアセンションできない(生き残れない、進化できない)というのは「条件による評価」であり、恐怖ベースのシステムからくる思考です。
アセンション(五次元)とは、人々が心のままに生きることで、皆のあるがままが自然に共鳴し「したい」と「したい」が即時出会うから常に「し合う」関係になり「し合わせる」ことが出来る状態。
「合いし合い・仕合わせ(愛し合い・幸せ)」が自動的に連鎖していき
いつだって思うがままが実現する
ラクラクハッピー環境のことです♪
(=゚ω゚)人(゚ω゚=)
だから、アレをすべきコレは間違い…という「正解リスト」になるべく忠実であろうとするのではなくて
心の声に素直に向き合い
許し、認め、受け入れ…
「あるがままの今の自分」を好きで楽しむ姿勢が何より大切なんです☆
(o'ω')o□☆□o('ω'o)
「そのままで良いよ!」なんて
とってもとっても簡単なようなのにね。
嫌われるのが怖くて、孤立が不安で
現代社会に生きる人々は、いつもハートの声より正解リストを優先してしまいがち…
でも、心にウソをつけばウソの現実しか作られない。現実とは投影された心象風景でしかないから。
ウソの結果は「退屈」という苦痛で押し寄せてくるの。「合い」を分断してしまい、エネルギーでの孤立を招いてしまうから。
退屈を紛らわす為にもっとウソをつけば、もっともっとツマラナクなる。もうどこまでがウソなのか解らなくなって、消えかけて泣いてる子が沢山居る。
自分が泣いてることにも気づかず、どうすればいいのかも解らず、縋りつく次のウソだけ求めてクタクタになって。
感じることも考えることもやめて
ただ与えられるウソに染まるだけの存在になってしまったのは、ありのままの自分を拒み、合いすることをやめてしまったから。
自己合いのない存在は何一つ思い通りに出来ないし、心から満足することもないの。苦しむだけの存在。
生物・生命以前に存在とは
「互いに影響し合うこと」で成り立つエネルギー状態のことだから
「ウソ=自己否定」という思考は合いの影響力を著しく弱めてしまい、存在感をなくしてしまうの。
それは鳴らない楽器と同じで「居るけどいないモノ」になる。消滅ではないけれど、表舞台には存在しなくなる。

