土曜日の午前中、私は一児の父になった。
妻は、母になった。
弟は、叔父になった。
親は、祖父母になった。
家族が増える、というのは色々な変化をもたらす。
生活は子供中心になるし、一個人としては責任が増える。
・・・と色々偉そうなことを冒頭で書いたのだが、実はまだ我が子に会えていないのである。
当初から里帰り出産を計画しており、緊急事態宣言が出る前には実家へ帰っていたし、最近では里帰り予定の方の事故が話題になったが、単純に2か月以上妻とは会えていない事実だけ、ここに記しておく。
このコロナと戦い始めた時代での出産ルポを、自分なりにまとめておこうと思う。
【コロナ対策】
これは地域どころか病院に依存するので、一概に言えないが、妻の出産した病院は、どちらかといえば厳格な処置をしていた。
簡単に言うと、県外からの人間の扱いは海外からの帰国者と同じである。
県外からの来訪者は県内に入り2週間後、感染のない場合のみ接触が許される、というもの。
普通の社会人では、2週間以上の休みを取って、かつ外泊というのは至難の業である。
というわけで、私自身、臨月の妻と会うのは諦めざるを得なかった。
当然、立ち合いもかなり厳しい状態で、立ち合いどころか面会も禁止。私どころか義母も会えないのである。
里帰り出産のメリットは何より“近くに母がいる”のはずなのに、今回の里帰り出産に関しては首都圏から田舎へ行くことへのコロナリスク回避のメリットしかなかった。
【立ち合いが無かったこと】
上述したが、面会どころか立ち合いもしていないので、現時点で自分が書けるのは、状況のみ。
立ち会えない以上、病院から電話がくる=緊急事態なので、ある意味便りが無いのがいい便りな状態であった。当然、陣痛のしんどさで妻は私と連絡を取る余裕がないはずだし、病院もzoom中継などしてくれるわけではない。病院に行く、の連絡からの時間は結局5時間もなかったのだが、体感的にはとても長いように感じた。リビングと廊下をうろうろし、とにかくぼーっとしていた。あまりに長く、連絡待ってるよのラインを送ろうとしたちょうどその時に写真が送られてきて、ただただ涙が出た。
自分の無力さとか、かなり無念な気持ちもあった。
【後日談】
あまりに状況がわからなく、かつ妻の言葉も足らずな部分や心配さもあり、その日の晩に助産師に電話をつなげてもらい、流れを事細かに聞くことが出来た。第三者からの大丈夫です、の一言はとても心強かった。
今日は一旦ここまで。次回は退院&役所手続き編??