Gardianinho~polisherman diary~ -3ページ目

Gardianinho~polisherman diary~

サッカー・長万部・モノ

かれこれ、そろそろ帰国して一年。
小面だったり火鍋の味は流石に忘れかけている。

先日、嫁とコメダ珈琲でモーニングをした。
なんて事ない普通の週末だが、嫁が初デートで行った以来だね、と話を切り出した。

時に、お店だったり、そのメニューだったり味で、情景を思い出すことがある。

ヤマザキの薄皮あんぱんといえば、サッカーしていた頃の公式戦の日の朝メニューだったし、東洋水産の焼きそば弁当といえば、長万部での日々だ。

最近で言えば、梶谷のシガーフライが岡山での日々だし、スタバのホットのカフェモカは重慶での日々である。

カフェモカだけは違和感があるだろうから説明せねばなるまい。
重慶時代、毎日異文化の中生活していく中で、週末は少しでも日本感がある時間を過ごした。その中の一つが、ゆっくりとコーヒーショップで時間を過ごすことだった。最寄りがスターバックスであり、コーヒーの発音よりもモカの発音の方が店員に通じやすいという理由で、なんとなくいつもモカを飲んでいた。なので、スタバでモカ片手に過ごす時は、重慶WBCの地下のスタバを思い出すのである。

さて、夫婦で同じ屋根の下で生活し始めて間もなく一年。嫁の味、がそろそろわかってきたなあ。


ほぼ毎年年末年始にはブログを書いているはずなのに、何を思ったか今回は書き損ねてしまった。挙げ句の果てには先週の週半ばに高熱で久々のダウン。インフルではなかったのが救いだが、身体にはそれなりのダメージが残っている。
子育てに関する知識を入れる間もなく時間だけがどんどん過ぎてく日々である。それだけ充実している、と言い換えられなくも無いが。



さて、今年の箱根駅伝でも話題になったナイキのシューズ。いよいよ世界陸連がストップをかけるとの噂が出てきている。

個人的な感想だが、これには反対。過去の水着のレーザーレーサーと比較しても、異なる点がいくつかある。

一つは、そこそこの金額で世界中誰でも着用出来る点。
レーザーレーサーはかなり高価であり、その着圧の高さから1人で着用ができなかったと言う。一方ヴェイパーフライは3万で購入出来る。少し高価であるが、今日のサッカーシューズもトップモデルはそんなものである。

もう一つは、エキップメントが記録を作ることの否定はないと思っているから。レーザーレーサーもこの点については共通認識。
サッカーでは今尚発売されているプレデターシリーズは当初ゴールを増やすためのスパイクとしてFIFAがadidasにお願いしたものだ。エキップメントの進化で動きやすくなった、早くなった。そんなのあってしかりでは無いのかな。当然、人間の能力限界を超える様な道具はダメだけど。


オリンピックも近いことだし早期な結論を願う。
そんなことより、早く風邪を完治させねば…

中国勤務から帰国して、日本で働き始めてからあっという間に4ヶ月が経った。


いよいよ嫁と生活をし始め(新婚生活?)、生活は一新。給料の下がり具合、と言っても元のベースに戻っただけだが、にも慣れつつある。


中国に行っている間に、世間はかなり変わったらしい。

いわゆる働き方改革である。


休日出勤後の代休が義務付けられた上に、有給を取れと指示。
以前の適当な休暇管理とは大違いで、面を食らっている。
個人的には、倒れん程度に働く分にはいいやんけ、と思いつつもそうはいかない世の中らしい。


なんとなく代休だけで過ごしていたら、有給をとれ!とお叱りを食らってしまった。

リハビリと新職場に慣れるのに別にいいやんけ!とも言えず、渋々有給取得計画を出す羽目になってしまった。


さて、新職場と日々の思いを徒然なるままに書こうと思う。


西の旧職場とは大きく違って、まあ無法地帯のところに来てしまった、というのが正直なところ。

まさか自分が上司の代わりに仕事をこなしてしまう、という恐ろしい絵図になるとは思わなかった。

本社、中国と経験したことによって、あらゆるものの見方を得られた自負がある。
それのまとめとして得られたのが、きっと働き方だったのではないかな、と思うのが今日この頃である。

現場との向き合い方、仕事への取り組み方、、、知識以外の面についてとても学べた。
それだけに、日本に帰ってくると、上司が如何に適当な事をしているのかが目について仕方ない。自由気ままに仕事をした上に荒らしまくって残飯処理は自分の役目。休日に出勤すれば空いた時間は何もせずに携帯片手にイヤホンをし動画を見ているオチである。
経験値は別にしろこんな人より給料が低いのか…とショックを受けている。


これ以上書くと愚痴のオンパレードになりかねないので省くが、帰国してからの仕事については、信念がある。



一つは若くして中国行ったやつは違うんだ、と思われたいという気持ち。
そしてお世話になった人たちに、みなさんのおかげで今レベルの高い仕事ができている、と示すための恩返し。

この二つが大きなモチベーションである。

昔出張ベースで中国に行っていた頃に、現地の人に言われた一言が今につながっている。

『中国に行った人はみんな偉くなっている。だからお前も早く偉くなって、俺らがお前を育てたと胸張って言いたい』

彼にとっては酔っ払いの戯言だったのだろうが、自分にとっては大きい一言だった。もちろん自分も酔っ払いだったが。

小さい会社だけに、しっかり働けば数個上の先輩方は抜ける、これがモチベーションである。



そして帰国してからの職場では、最初はギラついた目で現場を回っていたために怖くて怪しい人というイメージを持たれたらしいが、今は仲良くやっている。何より仕事は楽しく、だ。楽しくやっていればやがて成績は出る。



今の感覚を忘れずに職務を遂行したい。ただ、上の仕事の尻拭いを除いて、だが……






気づけば新時代の到来だった。

世間は10連休だったが、個人としては4月30日が出勤だったので、3連休+6連休だった。

まあ、休みとしては長すぎた。
とは言え、久々にサッカーの試合に出て、甥っ子たちと風呂に入って、鎌倉に大仏を見に行き、弟と酒を飲み、一般参賀に行き…と、まあ旅行はせずともそれなりに充実した連休ではあった。

嫁さんに一生に一度!と言われ行った一般参賀だが、行く価値はあった。予想以上に暑かったことを除き、自分が日本人であることのアイデンティティを感じたし、何故天皇が凄いのかが、上手く言葉に表せないが、感じるものがあった。
とにかく圧倒的なオーラが天皇にはあったし、雅子さまの黄色のドレスの美しさには驚愕。ガラスの反射で佳子さまがよく見えなかったこと以外はパーフェクトだった。象徴というぼやけた立場の天皇にはなるが、象徴と言われる所以はそのオーラからくるものなのだろう。

色々書きたいことがあるが今日はここまで。
続きは明日。
日本に帰ってきてはや3週間目。

一年ぶりの日本は、非常にせわしく感じる。

キビキビ動く日本人は、やはり特殊だ。

久々の日本で、楽だな、と思うことを羅列すると、

水道水が飲める
食に困らない(魚が食べれる)
言葉が当然通じる

意外とこんなもんである。

それだけ中国生活に違和感がなかったという現れかもしれないが。


さて、タイトルである。
重慶での1年間、きっとこの言葉が脳裏にあった。
それは日本が中国より優れているという、今思うとちっぽけなプライドから引き起こされたものかもしれない。新しい工場であったから、こんなの日本なら当たり前なのに…と思う場面もよくあった。


しかしながら、いざ帰国して働いてみると、あれ?という感じなのである。日本ってこんなもんだったっけ?本当にそう思う場面もある。
昔と比べると、日本人は余裕がなくなった、とは聞くようになった。
これは国内の比較だと感じにくいが、一度外へ出てしまうと本当にそうである。とにかく余裕が無い。

今の私の上司は、社内の中国歴記録ホルダーである。飲みに行ったが、日本ってこんなひどかったっけ!の一言である。中国はようやく電車に乗る前整列するようになった!なんて言って盛り上がっていたのも束の間、日本人同士の察して文化も弊害して、ろくなコミュニケーションが取れてない。本当に驚いた。
うわべだけの会話なのである。
追いつけ追い越せ、がもう追い越している…そんな瞬間だった。


重慶にいる間、とにかく理屈、本質にこだわってきた。でないと相手が向いてくれないのである。
だから、とにかく理詰めの日々だった。それが日本に帰ると、こんなもんの一言で完結なのである。ああ恐ろしい。


先週は今年の新入社員の相手をした。夜まで相手をしたので結果的に自腹を切ったが、海外帰りの年の近い社員の話など、かなり刺激になったと思う。
ただ酔っ払いながらもぶれなかったのが、社会人としての掟。仕事なんて二の次、社外人としてやるべきことを先にやりなさい、と話していた…はず。


重慶の1年間は本当に充実していて、今更働き方を学んだ感がある。それを伝えられるのは自分だけ(前後3歳の人たち差し置いても年単位の赴任は私が初めて)だし、それを自由に話せるのは本当に気持ちがいい。
日本に帰っての最大の仕事は、実は最低限のことだったりするのかもしれない。


今は後輩に還元するのが楽しい。それをしつつも、自分自身結果を残さなければ。