ついに?節目の30歳を迎えた。
特に変わりは無いし、何も無ければ少なくともコレまでの人生分働き続けなければならないと思うと、人生まだまだと感じる。
年末から一人暮らしになり、広い家に一人というのはどこか肌寒く、静かさの中の暮らしというのは中々慣れない。
あちこちに見える子どもの跡や妻の小道具が尚更孤独感を加速させる。
とはいえ、我慢?してきたサッカー三昧の日々も悪くない日常である。
ここ数年、SNSが(根拠のない)情報源として確立されてきた今、日々色々な情報を吸収出来る。
普通のサラリーマンとして、最近感じるのは上の世代が『コレからは君たちの世代が〜』なんてよく口にするが、それは時代についていけなくなった人間の戯言でしかなく、結局権限を持つのは上の世代なのだから、少しでも時代をシェアしなければならない、ということ。
なるべき内容の説明に加え時代背景を盛り込む作業は飽き飽きするし、古めかしきべき論でしか仕事が出来ない上の世代はもはや老害でしかないな、と。
今までこうだったから、なんて経験論だけではついていけない時代の流れの早さに気づいて欲しい。そこで経験や知識は裏切らず助けになるのだから。
オリンピックなどのコンテンツの影響もあるが、30を迎えて改めて向上心とは何かと日々見つめ直している。
仕事においてはそれは好奇心でしかなく、製造業に身を置く者としては、今まで会社になかった価値観や新たなスタンダードを外で学び中で反映させること。
井の中の蛙とはよく言うが、自らの経験だけで周りの人間を動かす時代は終わるべきなのだろう。
中国時代、彼らの新しいものに対する吸収力には感銘を受けた。保守的な日本はおそらく今後彼らの変化についていくことは難しいだろう。
だからこそ、べき論と時代の流れの乖離を掴み、アップデートさせて仕事に落とし込む。
30代、これからの仕事は時代に合わせたスタンダードを落とし込むことに注力したい。
節目の日を家族と過ごせなかったのは残念だが、縄跳びをブンブンさせ、スコップを器用に使い、鼻ほじりながらビデオ通話に登場する我が子に一種の安堵を覚えながら、一人の生活を充実させようじゃないか。