My Life Story
 
 
京都 南座 ここで度々踊りました。

 


あなたのブランドを立ち上げませんか!! 

 

「あなたのブランドを立ち上げる」夢の実現をお手伝いしております 
青木磋智子です。京都在住です。

 

このブログは、自分のブランドを立ち上げたいけれど、
デザインの経験もない、どうすればよいかわからないと悩む人に、
私自身の体験が参考になればと思って書いています。
あなたの参考になれば幸いです。

                
前回は、大学時代のクラブ活動に明け暮れた話でした。

 

幼稚園~小学校時代は非常に厳しく育てられ、
中学~高校時代はそれまでの厳しさからうって変わって自由に過ごしました。
大学時代は自由にやりたいことを存分にしました。

 

幼稚園~小学校編 ブログ
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中学~高校編 ブログ
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大学時代:教育実習編 ブログ
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大学時代:クラブ活動(考古学、混声合唱)編 ブログ
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今回は、毎日大学時代にクラブと並行して活動していた、日本舞踊の稽古の話です。

 

日舞は月に5日間続けての稽古ですので、この間は大学の授業を終えるとすぐ祇園の師匠宅に行きます。

 

自分の稽古を終えた後も、最後の方の稽古が終わる夜9時ごろまで稽古場にいました。ですから、師匠は出し惜しみなく私に稽古をつけてくださったのです。

 

師匠は、私自身の稽古のほか、他のお弟子さんに稽古をつけるとき、私がすでに学んだ演目の場合、そのお弟子さんの後ろに立って一緒に稽古するようにと言ってくださいました。私にそのお弟子さんと一緒に稽古をすることを許してくださったのです。

 

自分の稽古のときは手順を覚えるのに精いっぱいで、師匠が言われることが耳に入らないものですが、人の稽古に立たせてもらうと、自分の稽古でないので気持ちに余裕があります。ですので、手順のおさらいだけでなく師匠の言われることがお腹によく入りました。

 

まだ私が稽古をつけていただいていない演目も(大概は先輩の稽古)、その先輩の後ろに立って稽古をさせていただき、覚えることができました。

 

こんな出し惜しみしない教え方の師匠はいないです。どんな稽古でもそうですが、普通は先生からは自分の稽古だけしかしていただけません。

 

ですから、私も人に教える側の立場にいるときは、絶対に出し惜しみしないと心に決めています。師匠の姿勢で学びました。


大学時代の年頃は覚えるのが早くなんでも吸収できますね。

 

日本舞踊は総合芸術ですので、日舞の稽古のほか、歴史、三味線、唄、鳴り物、茶道等々学ぶ必要があります。

 

それで私も 長唄、三味線、茶道の稽古にも励みました。
踊りの中に所作として茶道のお点前、袱紗捌き(ふくささばき)が入っている演目があります。所作でおぼえるだけでなく、本物として体に入れ込むためには茶道のお点前、袱紗捌きを習う必要があるのです。


 

 


舞踊会に考古学の私の指導教官でもある学長が観に来てくださったことがありました。


学長は「うちの学生も大したもんだね」と言われたと、観に来てくれていた友人から聞きました。私は大学が望む「優秀な教師になる学生」からは外れていましたので、学長の言葉を聞いて嬉しく、また誇らしく思いました。

 

私の大学時代の友人達は全員校長先生までになった人たちばかりです。いかに私が大学にとっては特異な学生だったことが分かりますでしょう。

 

私の大学時代は、このように考古学の発掘、混声合唱、日舞、それに関連する稽古に明け暮れる毎日でした。

 

そして大学卒業の年、秋に日舞の師範名執になり、名前は藤間紫山、お披露目は京都・南座の舞踊会で行いました。

 

 

 

 
南座内部 名披露目もここでしました。


この「紫山(shizan)」をのちの私のブランド名の一つにしました。

 

私の立ち上げたブランド名は「By & By」と「紫山」ですが、「紫山」の方は当社の商品のうち小売価格4万円以上の高額商品に使っています。特に素材にこだわった私らしいバッグに舞踊のこだわりと重ねて、「紫山」を師匠の許しを得て使っています。

 

ファッションもデザインもまったく関係のない大学時代でした。
でも、日舞や歌舞伎の舞台衣装で培われた色彩が、のちのバッグのデザインをするときの私独自の色彩感覚を作り上げたようです。

 

その頃まだ珍しかった車の免許も取り、私はこの大学4年間にやりたいことをやりたいだけしました。

 

卒業式には総代で答辞を読みました。
着物を着て卒業式にのぞみ、とうとうと読み上げましたが、日舞の舞台と違ってドキドキ、だんだん読み上げるのが早くなってしまいました。
入学式には来なかった母も、娘が答辞を読むということで、初めて大学に来てくれました。

 

今から思えば毎日ワクワク過ごせた日々でした。


大学時代の「日舞の稽古の日々編」はここまでです。
次回は人生初に得た「人生訓」の話です。


お楽しみに!

 

 

 

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