My Life Story
青木デザインのバッグを持って
あなたのブランドを立ち上げませんか!!
ファッションで起業したい。ファッションデザイナーになりたい。
でもどうしたらよいのかさっぱりわからないとお悩みではありませんか。
ファッションデザイナーとして
「あなたのブランドを立ち上げる」夢の実現をお手伝いしております.
青木磋智子です。京都在住です。
このストーリーは、自分のブランドを立ち上げたいけれど、
デザインの経験もない、どうすればよいかわからないと悩むあなたに、
私の体験が参考になればと思い書いてみました。
今回は「幼稚園~小学校編」です。
あなたの参考になれば嬉しいです。
小学校1年 舞台姿
今回は、幼稚園から小学校までのお話です。
母は芸事が好きで、私を日本舞踊家にさせたいという気持ちがあったようです。
私は特に踊りが好きということではありませんでしたが、母の願いで4歳から日舞の稽古をはじめました。
母は、妹にはピアノ、声楽を習わせました。
母自身も小学校の頃からオルガンを弾いていたそうです。
小学校卒業までは、しつけ、日舞の稽古、家事等非常に厳しく育てられ、近所でもその厳しさは有名でした。
幼稚園の頃引っ越しをしたため、日舞の先生宅が遠くなってしまいました。
そのため、電車に20分位乗って通わなくてはならなくなりました。
母は稽古に通うのにたった1日付き添ってくれただけで、以後は私一人に往復の電車のチケットを持たせて通わせました。5歳の子どもにですよ。
こんなことがありました。
ある日、稽古の帰りの電車の中でチケットを無くしました。
どうしょうと悩んだ末、よそのおばさんが降りられるのについて行って降りました。
母と電車に乗ったとき、母は私の乗車賃を払っていないことを思い出したのです。
それで、幼稚園の子どもの乗車賃は要らないのだとわかったのです。
ドキドキしながら知らないおばさんの後ろについて無事降りました。
我ながら5歳の子供でも知恵が働くものですね(笑)
母は、稽古を1日たりとも休むことは許しませんでした。
私が運動会の練習でくたくたに疲れて帰宅したときのことです。玄関で母は生卵をお茶碗に入れて待っていたのです。それを飲ませて、家の中に私を入れることなくそのまま稽古に行かせました。
家事を仕込むことにも厳しく近所だけでなく小学校の先生の間でも有名でした。
たとえば、小学校へ行く前に玄関のたたきを掃かせました。真ん中だけをササッと掃くと、母は自分が掃き直すのではなく、隅々まできちんと私に掃き直しをさせてから学校へ行かせました。
小学校2年の時、担任の先生が家庭訪問に来られた時のことです。
「まだ小さいから、本人が嫌がるようでしたら、家事はあまりさせないよう」と言われたほどでした。
それを私は隣の部屋で聞いていて、「しめしめ、これでましになる」と期待したのですが、母は「いいえ、そんなに嫌がっておりませんので大丈夫です」と答えました。
私は非常にがっかりしたことを今でもよく覚えています。
この厳しさは小学校卒業まで続き、「継母か?」と思った時もありました。
でも、父は母とは反対で優しく、一度も叱られたことはありませんでした。
母が私をきつく叱ると、「そんなに怒るな」と止めてくれたものです。
母は厳しさと優しさを持っていました。「お母ちゃんは、ほんとは優しいんや」と思ったことがあります。
小学校3年の頃、飼っていたシェパードが亡くなりました。
学校から帰宅すると玄関の部屋に白い祭壇が設けられ、お花、ごはん、お水が供えられていました。
聞くと「アルド(犬の名前)が死んだので、お寺さんにお経をあげに来てもらうよう頼んだ」とのことでした。
今でこそペットのお葬式は珍しくないのですが、その頃はそんなことを考える人は誰もなく、おそらくペットのお葬式の第一号だと思います。
ペットを飼う責任、家族同様に注ぐ愛情を母から学びました。
今回の「幼稚園~小学校編」はここまでとしましょう。
次回は中学校編です。
小学校時代に厳しく育てられた私は、中学校以降はどのように過ごしたのでしょうか。お楽しみに!
5歳の頃
あなたの望む場所で、
あなたがファッションデザイナーになって
ブランドを立ち上げ
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