落語に見る食の風景「強飯=赤飯」
赤飯が出されるのは祝いの席ばかりではなかったようです
お弔いの土産に、強飯と煮しめが出ていました
「弔いを山谷と聞いて親父行き」なんてマクラで振ったら、落語通はすぐに「子別れ」と察しがつくものです。
山谷といえば吉原のすぐ傍、息子に行かせるわけにはいかないと言って親父が出かけていくというのですが、親父がはたして真っ直ぐに帰ってくるものやら・・・。
「子別れ」は長い話なので、寄席では上下に分けて演じられることが多く、上を「強飯の女郎買い」下のほうを「子は鎹(かすがい)」といって、独立させることもあります。
下の部分はかつて当ブログ落語編で、鰻をテーマにして説明しましたが、離縁して一人ぼっちになった大工の熊五郎が、酒も女もやめてまじめに働くようになり、あるとき木場へ出かける途中で、息子の亀と出会います。
息子や元の女房が苦労をしている話を聞いてしんみりします。
亀に小遣いをあげて「そうだ、おめえ鰻が好きだったな。明日のお昼に鰻を食わせてやらあ」と約束します。
翌日、熊五郎が亀と鰻屋の二階にいるところへ元の女房がやってきて、復縁へと話が運びます。
前半部分はというと、大往生した隠居のお弔いを手伝いに来ていた熊五郎、土瓶に入った酒をいっぱい飲んで寝込んでしまいます。
弔問客も手伝いの人たちもほとんどみんな帰ったので、同じ町内の甚兵衛が熊五郎を起こして帰ります。
熊五郎は背中には土産の強飯とがんもどきの煮物を背負って帰ります。
「いいお弔いだった」と話しながらの帰り道、熊五郎が吉原へ行こうと甚兵衛さんを誘いますが、甚兵衛さんは「女房子供にいい思いをさせてやれ」と諭してそのまま一人で帰ってしまいます。
熊五郎はふてくされて、一人で吉原へ行くことにしますが、婚礼の帰り道だという紙屑屋とばったり出くわします。
親方から銭を借りていて懐具合がいい熊五郎、紙屑屋に一緒に行かないかと誘います。
紙屑屋が三銭しか持ってないというので、酔った勢いで太っ腹の熊さんが面倒をみてやることに・・・。
途中、紙屑屋が背中を叩いたので、背中に隠していた土産のがんもどきの煮汁が染み出て、ふんどしまで垂れてきて気持ちが悪いこと。
吉原に着いて、声をかけてきた店の若い衆から「お手軽に」と言われ、熊五朗は気分を害し「金は持っているんだ」と啖呵を切ります。
しかし「弔いの帰りだ」と言うと、若い衆は「はかがいくので縁起がいい」なんてえことを言うので、気分をよくして背中の土産をを若い衆にあげちゃいます。
「ありがとうございます。でも、がんもどきのお汁がたいそう少ないようですな」
「そうだ少ないんだ。最初はたっぷりあったんだがね、俺がそいつを背負って歩いてたら、こいつが後ろからどんと叩いたもんだから、つゆがみんな出ちゃって、今お汁がね、俺の腹巻きからふんどしにかけて染みこんでるんだ。おめえ、汁ほしい?欲しかったら、がんもどき出せよ、ふんどし搾ってかけてやる」
という掛け合いがあって、それからお遊びへと相成ります。
やがては吉原の女の口車に乗ってその女を家に入れて、女房子供を追い出してしまうというとんでもないことになっていくのであります。
強飯(こわめし)とは一般的におこわといわれ、もち米を蒸して作る硬い飯のことで、小豆を入れて赤く色づいたものを赤飯といい慶事の膳に出されます。
この噺のように弔いの膳や土産にされるものは、小豆ではなく黒豆を入れたものが出されていたようです。
我が家では赤飯の担当は家内ということになっていますので、レシピは紹介できませんが、もち米だけではなくうるち米を混ぜて炊飯器で作っています。
祝い事の折には、必ず出てくるのがこのお赤飯。とてもこれを持って女郎買いになんかいけませんよね。



