気まぐれ厨房「親父亭」落語編26~阿武松(おうのまつ) | 気まぐれ厨房「親父亭」

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落語に見る食の風景~ご飯・おまんま・銀シャリ
     大飯食らいで相撲部屋をクビになった男
     第6代横綱「阿武松(おうのまつ)」     
  
日常茶飯事はあまり面白くないということかもしれませんが、落語の世界ではお酒に比べると、おまんまが登場する噺の比率は低いと思われます。
それでもやはり日本人の主食ですから、いろんな噺の中で当時の食事情を表しています。
いくつか挙げると「甲府ぃ」の幕開きで、腹を減らした善吉が店先のおからを盗み食いして見つかり、金を盗られた事情を聞いた豆腐屋の主人が朝飯を食べさせるところ。
「唐茄子屋政談」では大川に身を投げようとしたところを叔父さんに助けられた徳(徳之介)が、腹が減って口も利けず、叔父さんの家で食べさせてもらうところや徳が唐茄子の商いの途中で、お腹をすかせた子供に弁当をやって食べさせるところ。
「湯屋番」で居候をしている若旦那が、まともに飯を食べさせてもらえないので、魚の小骨が喉に引っかかったといって、向いの清元の師匠のうちでたんとご飯をいただいたというところ。
「藪入り」では奉公に出た息子が3年ぶりに帰ってくるというので、前夜から眠れない両親が暖かいご飯を炊いて待っているところ・・・など。

新米が出回る時季になると思い浮かぶのが「阿武松(おうのまつ)」という噺。
主人公は第6代横綱・阿武松緑之助(1794-1852)という実在の人物です。
能登の七海村から相撲取りになるために江戸へ出てきた長吉は、武隈文右衛門という親方(当時は現役力士で親方を勤めていました)に弟子入りして小車という四股名をもらいます。
「部屋の米がやけに早くなくなる」っていうのでおかみさんが調べてみると、入門した小車がとんだ大飯食らいということがわかりました。
「あんな奴がいたら食い潰されてしまうよ」とおかみさんが武隈親方に進言し、
親方は小車に「大飯食らいに大成した奴はいない」ってんで、一分の金(1両の1/4=25銭)渡して破門します。
長吉はとぼとぼと中山道を歩いていましたが「青雲の志を持って江戸に出てきたのに、このまま国元に帰ることはできない。こうなったら貰った一分の金で腹いっぱい飯を食って戸田の渡しで身を投げて死んでしまおう」と考えました。
板橋の平尾宿へ戻り、橘屋善兵衛の旅籠に投宿します。
1銭あれば泊まれるというその時代に25銭の金を出すのですから「おまんまだけはいいと言うまで出してくれ」と頼み込みます。
今生の食い納めという思いで食べていますので、その食べっぷりといったら凄い・・・2升入りのお櫃を三つ空けてまだ食べ続けているというので、宿屋の主人・善右衛門が様子を覗きに行きます。
詳しくわけを聞いた善右衛門が「それならお前さん、死ぬこたあない。新しい親方を紹介してやろう」と言い、しかも「月に5斗俵2俵(計100升)つけてやる」というおまけつきです。
その翌日、長吉は根津七軒町の錣山(しころやま)喜平次のところへ連れて行かれ、弟子にしてもらいます。
錣山は長吉を見て、横綱をはる男が目の前にいる「いい」と唸りました。
大飯食らいで武隈親方を破門になったことを聞いた錣山は、「飯を食うのも相撲取りの仕事、武隈親方は何か勘違いされておる」と呟き、改めて長吉の入門を許可し、錣山の出世名・小緑という四股名を与えます。
文化12年12月、麹町の報恩寺の相撲番付に序の口下から四枚目に小緑長吉という名前が載ります。
文政5年、蔵前八幡の大相撲で入幕し、小緑改め小柳長吉と改名し、初日、2日目、3日目と連勝し、4日目の割り(取組表)が出ると、喜んだのが師匠の錣山。
「お前の旧師匠武隈関との割りが出た。しっかり働け」と激励されます。
「武隈関に負けたら板橋の旦那に会わせる顔がございませんで・・・」と言っておまんまの敵と対峙し、武隈を倒します。
この取り組みが長州侯の目にとまりお抱えとなり、阿武松緑之助と改名、後に晴れて第6代の名横綱阿武松に出世するというおめでたいお噺です。

さてさて、炊きたてのご飯の旨さは格別なもの。
「銀シャリ」なんてえ言葉がありますが、当時地方では玄米のまま炊いて食べることが普通でした。江戸の町では搗米屋がたくさんできて、白米にしてお飯を食べる人が多くなり、お侍も江戸勤番中は白いおまんまが食べられるといって喜んでいたそうです。
ご存知のように、精米すると胚芽にあるビタミンがなくなってしまいますので、銀シャリばかりを食べて脚気になることもままあったようです。
江戸勤番を終えて国許に帰って玄米や麦飯を食べるようになるとよくなるので、脚気を「江戸患い」と呼ぶようになったそうです。
たしかに旨いお米で炊いたご飯は、おかずなんていらないというくらいですが、健康のための栄養バランスを考えると、副食を上手く組み合わせて食べるようにすべきですね。
  
美味しいお米を刈り取って、稲架木(はさぎ)で天日干しをしている風景(左)と江戸川橋「フクラ家」の玄米でのサバの煮物の定食(右)。

当ブログでは、昨年の秋に番外編⑳「美味しい日本のお米」と題した記事があります。
http://ameblo.jp/bendream/entry-11363271899.html
お米の消費量の低減傾向が続いています。このままでは日本の食文化も衰退してしまいます。
実りの秋、日本の美味しいお米の魅力を再認識してみてはいかがでしょうか。