気まぐれ厨房「親父亭」落語編23~水屋の富 | 気まぐれ厨房「親父亭」

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落語に見る食の風景~命をつなぐ水
     江戸の水事情を知る
     今とは異なる「水商売」
 
↑東京都中央区佃に残る井戸と東京都水道局の「東京水」ポスター

この夏も連日の猛暑です。
脱水や熱中症の場合は食事よりも、塩分と水分の補給をきちんとしなければいけません。うまくいかないと命の危険にさらされます。
水道橋にその名を残すように、江戸の町は古くから上水道が発達し、神田上水と玉川上水によって、江戸城とその周辺にはライフラインとしての生活用水が確保されていました。
しかし今ではウォーターフロントと称される下町一帯は、川で遮られて上水を取り入れることができず、埋め立てられた場所では井戸を掘っても塩分が高くて飲用には利用できない場所が多くありました。
どこの家庭でも水道があり、蛇口からいくらでも水が出てくる今日では考えられませんが、桶に入れた水を売り歩く「水屋」という商売が明治の中期頃までありました。
水がなければ人は生きていけませんので、人から頼りにされて責任が重い商売です。
しかし利は少ない上に重い荷を背負って歩くので、歳をとるとともに体にこたえるもので、なかなか割に合う商売とはいえません。
落語「水屋の富」は、独り者の水屋がなけなしの金で買った富くじが千両富に当たったのはいいけれど、不眠症になってしまう噺。
  
↑下町の長屋の様子・・・今日のように台所まで水道がつながって蛇口をひねれば水が出てくるなんてことはありませんでした。

千両富が当たって「即金で欲しい」という水屋は、2割の手数料を差し引かれ、800両を持って帰宅します。
「これで水屋稼業ともおさらば」と大喜びでしたが、持ったことのない大金を隠す場所に困ってしまいます。
柳行李、神棚、水がめなどに隠そうとしますが、泥棒に見つからないかと心配で、結局畳をめくって床下に隠しました。
さてそれからというもの、出かけようと思っても周りの人がみんな盗人に見え、心配になって商売に出るのが遅くなり、行く先々で客に怒鳴られます。
「いったい何してたんだよ。遅いじゃないか。ウチには赤ん坊がいるんだよ。干上がっちまうじゃないか」などと怒られ、毎日フラフラになって帰ってきます。
夜中は夢の中で強盗に襲われたり、長屋の連中から無心をされたりして眠れません。
寝不足のまま商いに出かけようとしますが、長屋で見かける誰もが盗人に見えて、毎日なかなか商売に行けません。
ある日の朝、縁の下を念入りに確認して出かける水屋の姿を、長屋のヤクザ者がたまたま見てしまいます。
その日もくたびれ果てて帰ってきた水屋が、いつものように縁の下を確かめてみると、800両すっかり無くなっていました。
最初はワーッと泣き叫んでいた水屋ですが、やがて静かに笑い出して、そっと言います。
「これで今夜から、ゆっくり寝られる」
   
水が入った重い桶を担いで売り歩く・・・1荷(60リットル)で4文。
「時そば」では「しっぽく」が16文ですから、「水屋」がいかに割に合わない商売かおわかりいただけると思います。
いずれにしても、本所や深川など江戸時代の下町の水事情が大変だったことは間違いないようです。

落語では「水」「水がめ」はよく登場します。
「お神酒徳利」では、新顔の女中につれなくされた八百屋が、仕返しとばかりにお神酒徳利を水がめの中に隠したところから幕が開きます。
「芝浜」の主人公は大金が入った財布を拾って家までかけてきて、息せき切って家に入るなり女房に戸締りをさせ、一杯の水を飲み干します。
水がめを買いに行って瀬戸物屋の番頭を悩ませる噺は「壷算」で、兄貴分の引越し祝いに水がめの代りに肥がめを持っていくという臭い噺は「家見舞」です。

日本に生まれてよかったと思うことの一つが、水に恵まれているということ。
海外旅行をすると、つくづくそう思います。
安心して水道の水が飲める、レストランや食堂に行けば、黙っていてもお水がサービスされる・・・こんな国はなかなかありません。
かつて大都市の水道水は不味いというイメージが定着していましたが、最近は首都圏でも浄水システムが改良されて、水道水をペットボトルに入れて販売するほど水質がよくなりました。
 
↑井の頭公園の御茶ノ水・・・かつて家康が愛したという湧水で、神田上水の源流といわれます。
 
 ↑スーパーやコンビニに行けば、美味しいミネラルウォーターが安価で入手できます。
今の時代に、水の豊かな日本で暮らしていける幸せをもっと感じなければいけませんね。