今も残る「扇屋」の玉子焼き
関東風の甘い厚焼き玉子
落語「王子の狐」は現在の東京都北区王子が舞台です。
京浜東北線・王子駅横の飛鳥山は、八代将軍吉宗公が享保の改革の一環として、今でいうリゾート地にしようってんで桜をたくさん植えさせました。
今でも春になると大勢の花見客で賑わうところです。梅雨時には線路沿いに多くのアジサイが咲き誇ることでも有名です。
明治通りを挟んで飛鳥山の反対側に、王子神社や王子稲荷があります。
王子稲荷は凧市で有名で、火除けのおまじないとして参拝客が凧を買っていきます。
写真(↑)は一番奥にある祠で、狐の巣穴の跡だといわれています。
とはいうものの王子といえば当時は江戸のはずれで、あたりは野や畑ばかりの寂しいところ、狐が人を化かすというので有名でした。
ある男が王子稲荷に参詣した帰り道、一匹の狐が若くてきれいな娘に化けるところを見かけます。
「どうやらこれから人を化かそうってんだな。ここはひとつ、化かされたふりをしてやろう」と娘に化けた狐に声をかけます。
「お玉ちゃん、俺だよ。いやあ、しばらく見ねえうちに立派な娘さんになっちゃって。どう、そこの店で食事でも」と知り合いのふりをして近づきます。
「あらお久しぶり」と狐も話を合わせてきます。
かくして王子稲荷の脇にある「扇屋」という料理屋に上がり込みます。
酒と一緒に油揚げならぬ天ぷらや刺身などを注文して、男は矢継ぎ早に狐に酒を飲ませます。
すると狐のお玉ちゃんはすっかり酔いつぶれて、すやすやと眠ってしまいました。
そこで男は玉子焼きを3人前包ませて「娘は今気持ちよく眠っているので、ゆっくり休ませてやってくれ。勘定は財布を預けているので娘が払う」と言い残して、そのままさっさといなくなっちゃいます。
随分長い時間眠っていて、もう遅いからと言って店の者に起こされたお玉ちゃんは、男が勘定も払わずに帰ってしまったと聞いて驚きます。
騙されたとわかったとたん、耳がピンと立って尻尾がにゅうっと生えてきて、狐の姿に戻ってしまいます。
今度は店の者が驚いて、みんなで箒や棒切れを持って退治しようと追いかけ回して、狐はほうほうの体でそこから逃げ出しました。
狐を化かした男は、お土産の玉子焼きを持って友人の家に行き、事の次第を話して自慢します。
「ひどいことをしたもんだ。狐は執念深いぞ。ひでえ目にあっても知らないぞ。そんないわくつきの玉子焼きなんかいらねえ」と脅かされます。
男は青くなって、翌日王子まで詫びにやってきました。
「昨日はこの辺で見かけたんだけどな・・・」と探していると、巣穴の辺りで子狐たちが遊んでいました。
男はその子狐たちに「昨日は悪いことをした。謝っといてくれ」と手土産をそこに置いて帰ります。
穴の中では痛い目にあった母狐がうんうん唸って「お前たち静かにおしよ。頭が痛いんだから」と言うと、
「今、人間の男がやってきて、謝りながらこれを置いていったよ」と母狐に手土産を渡し、恐る恐る開けてみるとおいしそうなぼた餅が入っていました。
子狐たちは喜んで「母ちゃん、美味しそうだよ。食べてもいいかい?」
「いけないよ!馬の糞かもしれない」・・・という噺です。
当ブログ89~「玉子焼」http://ameblo.jp/bendream/entry-11220481311.htmlで、関東風の「厚焼き玉子」と関西風の「だし巻玉子」の違いを紹介していますが、この噺に出てくるのは「厚焼き玉子」のことです。
「扇屋」のコマーシャルのために、この噺が作られたという説もありますが、今日のような厚焼き玉子はいつ頃からあったのでしょうか。
玉子料理の集大成である「万宝料理秘密箱」(1785年・天明5年刊行)という書物に「厚焼き玉子」は出てきません。それには玉子焼きはとんどが薄焼きで、他の料理の素材として出てきます。
たぶん、今日の江戸風厚焼き玉子は江戸の末期から明治になって一般化したものと思われます。
「王子の狐」に出てくる「扇屋」は江戸初期から実在した老舗の料理屋です。
料理屋の方はなくなってしまいましたが、今日もテイクアウト専門の玉子焼きを小さな店舗で販売しています。
これで1200円(2013年2月現在)・・・前述の「玉子焼き」のブログにも書いていますが、関西のだし巻き玉子と比べるとかなり甘いと思います。でも美味しいですよ。