江戸っ子の甘味事情あれこれ
落語の世界でスィーツというと、代表は饅頭と羊羹、次いで団子や金団(きんとん)といったところ。
砂糖がまだまだ貴重品で、今のように砂糖をふんだんに使った菓子や料理があまりない時代でした。
「水戸黄門の食卓」(中央公論社 小菅桂子著)なる書には、その昔、砂糖がいかに貴重であったかというくだりがあります。
日本に砂糖が到来したのは奈良朝のころで、それは薬用でした。上等の砂糖を『三盆』といい、それは砂糖が長いこと中国から渡来品であり、特上品を「唐三盆」と称したからで、今日、国産の特上品を「和三盆」といって珍重するのも、そこからきていると説明があります。
甘い甘い砂糖は極めて貴重な調味料で、庶民の口に当たり前のように入るようになったのは、江戸末期から明治になってからの話です。
それゆえ落語に登場する甘いものは、実に重要な演出グッズの役割を果たしています。
寄席では前座さんがよく演じる「饅頭こわい」という噺があります。
町内の若い連中が集まって話しているうちに「嫌いなものは何か」という話題になりました。
「俺はどうもヘビが怖くって嫌いだ」「俺はカエルだ」「ヤモリだ」「俺はアリが嫌いだ」・・・と言い合っています。
黙って何も言わない男(源さんだったり、松つぁんだったり、辰つぁんだったり、演者によって違います)に、
「おめえは、どんなもんが怖い?」と訊くと、
「俺は怖いもんなんて、ないッ」と、きっぱり応えます。
「何か一つぐらいあるだろう」
「ないッ」
周りの連中が、あれやこれや人が嫌がるようなモノをあげますが、「どれも怖くない」と言います。
「でもおめえ、何か一つぐれえ、あるだろう」と食い下がると、
「実は、一つだけある。いやあ、考えただけでも総毛立って震えが出てくるぐれえ怖いものが、一つだけある」
「何でえ、それは」
「一度しか言わねえからな。それはな、饅頭だ。ああ、考えただけでも震えてくらあ。怖いよー。怖いよー」
と、ついに泣き出して寝込んでしまいます。
そこで他の連中は相談します。
あいつは普段から、あまのじゃくの自己中心人間。飲み屋の割り前は払わないし、けんかは強いからかなわない。
「よーし、一度ひどい目に会わせてやろう」と、計略を練ります。
「話を聞くだけであんなに震えるんだから、本当に饅頭を見たらひっくり返って、死んじまうかもしれねえ。この際、饅頭攻めの刑にかけてやろう」
ってんで、菓子屋から山のように饅頭を買ってきて、その男の枕元に置いて部屋の外から、
「おい、起きねえ。天丼を食おうってんだ。付き合いなよッ」と声をかけると、
男はまだ「饅頭こわいよッ」と、泣いています。
そして、そっと枕元の饅頭を見ると、
「うわあッ、こんなもの、だれがッ。こわいよッ。うわあー」
と叫びながら、饅頭をムシャムシャと食べ始めました。
しばらくすると、物も言わずに山のようにあった饅頭をどんどん平らげていくではありませんか。
障子の陰でワクワクして見ていた連中は、だまされたと知ってカンカンに怒ります。
「おう、恐い恐いと言ってた饅頭を食いやがって。こんちくしょう、てめえはいったい、何が怖いんだ」
「うわーッ、恐いよ。今度は、お茶が怖い」というのが落ちです。
羊羹もいろんな噺に登場します。
「崇徳院」では、恋煩いの若旦那のところに事情を聞きに行った頭が、上野の清水さん(神社)で女性を見染めたという話を聞いて「清水さんの脇にある茶店の羊羹、食べましたか?」と訊ねます。
「寝床」では、旦那の義太夫はこの上なくへたくそだけれど、出される料理や酒だけは一流です。
下手な旦那の義太夫が始まっても褒めるところがないので、「うまいぞ!羊羹!!」と掛け声が出る始末。
「代脈」は大先生の代わりに診察に行く若い医者の噺です。出かける前に、大先生が細かく注意します。
患者を診る前にお茶と茶菓子が出て、分厚い羊羹と渋いお茶を頂いて診察に向かう若い粗忽な医者が滑稽に描かれています。
団子や金団も重要な演出に登場します。
親孝行の大根売りが、年老いて病気の母親にふかふかの布団を買ってあげようと思い、泥棒に入った団子屋で、首を吊ろうとしているその家の娘を助け、後にその二人が夫婦になるという「おかめ団子」。
これも前座がよくやるネタですが、言うことを聞かない息子の金坊をお参りに連れていく「初天神」では、
「ねえねえ、おとっつぁん。今日、アタイは『あれ買って。これ買って』て言わないでしょう」
「おお、そうだな。そんなにおりこうさんなら、おとっつぁんいつでも連れてきてやらあ」
というのがプロローグ。その後で、金坊が、
「アタイ、今日おりこうさんでしょう」
「ああ、おりこうだ。いつもこうなら、おとっつぁん、いつでも連れてきてやらあ」
「ねえ、ねえ、おとっつぁん。アタイ、今日おりこうさんだから、何か買って」と言われ、目の前にあった団子屋で買わされるのが、蜜のたっぷりかかったお団子です。
他に「百川」では「クワイの金団」、「明烏」では「甘納豆」などが登場して、江戸の庶民のスィーツ事情がしのばれます。



