落語に見る食の風景④~豆腐
子供の頃、町内のお豆腐屋さんではその日に売れ残った豆腐が半額・・・昭和40年前後で1丁5円か10円だったような・・・で買えるので、夕方によく鍋を持って買いに走らされました。
角が少し欠けたような豆腐をおまけしてくれたりして、子供心に嬉しかったことを覚えています。
豆腐は中国、韓国などアジア各国で日常的に食べられていますが、ロサンゼルスやウィーンで「TOFU」と標記されて売られているのを見たことがあります。今や日本を代表する食材の一つといえます。
日本には遣唐使によって伝えられたといわれていますが、初めは上流階級の食べ物で庶民の口に入る代物ではなかったそうです。
庶民の食生活に根付いたのは江戸中期頃からで、落語の歴史とほぼ同じくらいです。
天明2年(1782)に「豆腐百珍」なる豆腐料理のレシピ本が出版されてベストセラーになっています。
その内容たるや、ほとんどが今日のメニューとして再現できるもので、改めて江戸の食文化の高さに感心させられます。
「豆腐百珍」現代版では再現レシピを紹介。
「豆腐百珍」現代版 「豆腐百珍」原版
そんなわけで、落語には豆腐や豆腐屋を題材とした演目が本当にたくさんあります。
「酢豆腐」は、暑い盛りに腐ってカビが生えている豆腐を、知ったかぶりで通人気取りの気に食わない若旦那に食べさせてしまうという噺。
「若旦那、これは一体なんてえんです?」
「これは、酢豆腐でげすな」と知ったかぶりをするところが、なんとも滑稽です。
若干ストーリーが違いますが、同様の噺が上方では「ちりとてちん」という演目になっています。
最近、東京の噺家でも「ちりとてちん」と題して演じている人もいます。
「甲府ぃ」は甲州から江戸に出てきた善吉という男が、懐中物をスリに盗られて一文無しになってしまいます。
ひもじさに豆腐屋の前で湯気を立てている卯の花(おから)をつい盗み食いするところから幕が開きます。
善吉の宗旨が自分と同じ法華宗と知った豆腐屋の主人は、善吉を住み込みで働かせることに。
「豆腐ぃ、ゴマ入りがんもどき」という売り声を教わり、働き者の善吉はあっという間に人気者になって店は大繁盛です。主人は益々気に入って、善吉を一人娘のお花の婿にしてしまいます。
若夫婦が、甲府の叔父さんへの報告と、身延山の願解きのために旅に出ることになりました。
旅支度を整えて店先に立つと、近所の人達が、仲睦まじい似合いの二人に「どこまで行くんだい?」
それに答えて善吉が「甲府ぃ(豆腐ぃ)」と言い、お花が続けて「お参り願ほどき(ゴマ入りがんもどき)」というサゲです。
「徂徠豆腐」は別名「出世豆腐」ともいい、荻生徂徠が柳沢吉保に召抱えられる前後の噺です。
徂徠先生が貧乏をしていた頃、豆腐屋七兵衛に炊いた卯の花(おから)を毎日差し入れてもらいます。
後に七兵衛の家が火事で丸焼けになった時、恩返しで徂徠先生が助けてやるという噺です。
おから(卯の花)を食べていた鹿を誤って殺してしまった豆腐屋に奉行が温情ある裁きを下す「鹿政談」や義太夫の会に行きたくない豆腐屋が、がんもどきの大量注文があったので行けないと言い訳をする「寝床」など、落語に登場する豆腐の噺はどれもこれも庶民的です。
豆腐はそのままで冷や奴に、ちょっと手を加えて湯豆腐や揚げだし豆腐に・・・低脂肪で高たんぱくで理想的な食品です。
豆乳、おから(卯の花、きらず、おかべ等呼び方も多様)、油揚げ、厚揚げ、がんもどき、焼き豆腐と豆腐メニューのバリエーションは無限大。
値段も手頃で、庶民の台所になくてはならない食材です。
