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神戸にて


夏休みで 久しぶりに神戸にかえってきている

生まれて育って身体に染みついた空気や水、人に一年近くぶりに触れて
感じたこと考えたこと
何かいろいろあったのに
しばらくブログかかないと言葉が詰まって出てこない

今思いつく限りのしょーもないことで言えば
実家の水道の水圧がすごくて水道代高そう
だとか
私いつの間にか歩くの早くなってるなぁ とか
友達や親が年とってるなぁ とか
坂道の上から海が見える景色って贅沢だなあ とか
そんなこと

リビングでテレビをみていると
扉を隔てた隣の部屋 椅子の上に丸まって
一心不乱に絵を描いてる数年前の私が居るような気がして
なんだか落ちつかない

机の上には今も作りかけのシカが置いてあるし

部屋には私のものがまだいっぱい残っている
いままで生きてきて出会って選び、手にしたいろんなもの
東京に持って行ったのもあれば
ここに置き去りにしてきたもの
捨ててしまったもの
忘れてしまったもの

私が居なくなっても遺る膨大な量のものたち
自分の所有物なのに手に負えないなあとか思ったりして
本当に必要なもの以外は処分しなくちゃ
それがなかなか出来ないんだけど


まあとにかく色々思うことがありますな

とりあえず寝ます

KILLING ME


かなり屈折した幼少期、思春期を送ってきたもので
これでもかというくらい屈折した、しまくりの大人になってしまった

訳ですけれども

誰かのせいにしててはいけない
このままじゃいけない、とさすがに思う訳で
でもどうすればいいのかわからない部分もあったりして
理性が感情を抑えきれない場面が多々あって

わたしの中で いじけた私 と 理想を追い求める私 が
取っ組み合いのけんかをしていたりする 毎日

いつかすべてを受け入れられる自分になれる日を夢見て





$jamboree-pistol



 

ながいおやすみ


いつからか、しばらく以前のように絵を描いたり何かをつくったりしていない

やらなければという焦りみたいなものは常にあるけれど

吐き出さなきゃ生きていけない、みたいなものが、いまはない

ないといったら嘘だけど 昔に比べてずいぶん落ち着いている

安定したといえばそういうことだろうし

そんなものはいい訳だとも思うし

いろいろ考えることはあるけど とにかくなにもしていないのは事実

なにかを作っているときの夢の中にいるみたいな感じや

ガシガシ絵を描いてるときのあの興奮して叫びだしたくなる感覚を

また味わいたいな、と ときどき思うので

重い腰をあげて なにか始めようかなーって思っている

とにもかくにも 怠け者なので ほっておけばいつまでも休み続けられる人間だから

ここに書いて宣言することで自分のおしりをたたいている

とりあえずパネルを買いにいくことから始めようと思う

 

でも


やっぱり

思いっきり空気が吸いたいし
水をガブガブ飲みたいし
たまには雨に濡れて歩きたいし
海で泳いだり芝生に寝っ転がったり
近くのお百姓さんの作った野菜食べて
なんの不安もなくぐっすり眠りたいよー

最後のいっこは私の性質の問題であるから置いておくにしても

こんないままで当たり前だと思ってたことができないなんて
やっぱり悲しいじゃないか

わーん


希望のひかり



おおきな不安と 小さなひかり

暑いし息苦しいけれど

外に出るときは出来るだけマスクをしている

少しの雨でもちゃんと傘をさして

食べ物の産地も気にしている

数値がたいしたことなくても

将来もし赤ちゃんが出来たとき

出来るだけ心配のないようにって

頭で考えるより先に体が反応している

専門家とか 政治家が

安全だとか心配ないとか言ってるけど

大多数に何の影響も出なくても

自分の大事な人になにかあったら

もうそんな統計意味ないんだから

いつか訪れるかもしれない

小さなひかりのために

となりにいる 大事な人と

とおくにいる 大事な人たちのために

自分のこと大事にしよう

なんかモヤモヤするので書く

 
もんじゅ君がどうとか扉開放で18億ベクレルだとか
震災から3ヶ月経っても原発のことについては何も解決していない
そもそも震災前から問題は山積みだったんだろうけど

正直な話私はこれまで原発のことについて知識もなければ興味もなかった
恩恵だけは受けておいてそのリスクだとかそーゆうのは人ごとだと思っていた
震災がなければそのままだったかもしれない

立派な人はもうとっくの昔に気づいてるんだろうけど

最近やっとわかってきたこと
いままでは親の家に住ませてもらい、親のお金で食べさせてもらい
社会的に「守られる」側の人間だったから 何も考えなかったし何も心配しなかった
結婚して自分の家庭を持って 自分と配偶者と いつか出来るかもしれない子どもと
弟たちに生まれたばかりの赤ちゃんや 年老いていく親とか
自分たちで自分たちの生活を守らなければならないと思ったら
気になることがたくさん出てきた

自分でも単純すぎると思うけど 人間なんてそんなもんでしょう 動物なんだし

政治家でもなければ大金持ちでもないし権力者でもないから
なにか大きく世の中を変えることなんてできないけど
大事な人たちは守りたい もうあんな思いは誰にもしてほしくない
だから何かすこしでも出来ることがあるならやらなきゃ
と 思っています



 

無題


$jamboree
$jamboree
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ピンチはチャンス


今週から仕事場が変わって某大学にて新しい業務をしている
使ったことのないシステムでよくわからないまま仕事をしているので
間違えてても何をを間違えたのかすら分からなかったりして
帰るの遅くなったりしてまわりに迷惑かけるのでけっこう必死

年とともに物覚え悪くなって新しいことに挑戦する機会も減っていく
こうやって脳みその加齢も加速していくんだろーなーとか思いながら

でもまだまだ全然余裕なんだぜ って自分に言い聞かせてるんだけどね

にしても今までにないシステムの理解できなさにへこんでいる
そりゃぁまだ2日目なんだけどさー そのうちうまく出来るようにるのかなぁ

私は褒められて伸びるタイプなのよってよく言う人いるけど
私の場合は昔から怒られたりけなされたり失敗したり負けて悔しいと思ったり
そういうところからくそーってようやく火がつくみたいな所があった
褒められたらそりゃ嬉しいけど調子乗っちゃうんだよな
でもやっぱり褒められるほうがいいんだけど

だから今 直接自分の興味あることでもないんだけど 新たな壁にぶつかって
ワンランク上の自分に成長するチャーンス!なのだと思ってがんばる

(そう思わないとやってられない)




余談ですがジャニーズだか何かのグループのピンチはチャンスって歌のCMみて
その手垢まみれの真っ黒けのフレーズ ついに歌にしちゃったのね~とおもった 
  

 

役割


ものをつくるひと・それを鑑賞するひと
楽しむだけの人もいれば、仕事として解釈し、分析し、解説したり批評したりする人もいる

なにかを作り出して、発表するからには
自分で自分の作品を他人にうまく言葉で伝えなければいけない
っていう強迫観念みたいなものがいつもどこかにあった
説明なんてしたくないけど説明しなきゃ伝わらないことも実際あるし
説得力みたいなものを求められてる気もして

でもそんなん出来なくても大丈夫なんだって思っちゃった
うまく伝えられなくてもいいもの作ればちゃんと伝わるし
つくることがその人の役割なんだから

是枝監督と糸井重里の対談みてて なんか安心したのでした(監督ごめんなさい)


 

となりあわせ

 
乱暴な運転の電車に乗ると、途端に不安になる
猛スピードで脱線してマンションに激突したのを見たから

高い建物の一階や二階にいると、いま地震がきたら、と考えてしまう
大地震で下層階がペチャンと潰れたビルをいくつも見たから

歩道のない道を歩いているとトラックが突っ込んで来やしないか、と考える
毎日のようにニュースでやってるし

安全な場所なんてないことを知ってしまったから

いやその前からずっと
死は隣にいる いつでも 誰の隣にも

それでもみんな忘れたフリして
電車どころか車や飛行機に乗り、超高層ビルで仕事をし、道路を渡る

そんなことをよく考える
まだ死にたくないな、と思いながら