叫び
どうもです
ってこれだれか読んでる人いるのか?
まあわからないけど
最近のことかきます
ちっちゃい決意表明みたいなもん
結局 いろんなものに手を出したけれど
どれも続かずすぐに飽きてしまった
そして気がつくと また絵を描いている
少しずつ絵をかきだして
ドローイング帳をもって外に出かけると
頭の中だけでは決して見ることの出来ない
奇々怪々な人々が
私の手を動かさせる
旦那さんは最近やたらキャンバスを買えと言い出すし
帰って内容も知らずに見始めた映画は
半狂乱の孤独な女性画家のおはなしで
これはもう再び動き始めてしまったぞと
確信
私が描かなくても
もっとすばらしい 私が描きたかったような絵を
描く人は五万といるし
もういいかーなんて思ってたけど
そんな思考とは別のとこで
胃とおへその間あたり
たましいが
うおーーーーって
叫び始めた
そんな感じがしています
頭おかしいね
実行のための有言
そろそろ
環境を変えるための準備を始めなくてはねと
話がまとまったので
私は私で自分のあり方をちゃんと考えよう
結局、ああいう風には生きられないので
それならどういう風に生きるのかを
もっと具体的に突き詰めていかないと
ねー。
追い詰められないと
なんにもできない性格
口ばっかりじゃだめだ
計画と行動あるのみ
環境を変えるための準備を始めなくてはねと
話がまとまったので
私は私で自分のあり方をちゃんと考えよう
結局、ああいう風には生きられないので
それならどういう風に生きるのかを
もっと具体的に突き詰めていかないと
ねー。
追い詰められないと
なんにもできない性格
口ばっかりじゃだめだ
計画と行動あるのみ
いのちをいただくということ
昨日たまたま目につき見てしまった動画
ある列に並ぶ牛たち
前の牛が順番にひっくり返され屠殺されるのを目の前で見てる
呼吸は荒くなり、足は震えて明らかに怯えきっている
見ていてたまらなくなった
こんな残酷な映像みたことない
しかもこれは特別な事でもなんでもなく
毎日何千何万と繰り返されている日常
普通の事だと思っていた自分が情けない
申し訳なさと恥ずかしさで死にそうだ
いただきます、を頭ではわかっていたけど
本当に命を頂いているんだということを
体全体で理解した、というより叩き込まれた出来事でした
私はベジタリアンではないので
(というかもうベジタリアンになりたいぐらいショックだったんだけど)
これからも牛や豚や鶏や
様々ないきものの命を頂くことになると思う
多分そのたびにあの牛のことを思い出すだろう
いちいち思い出してたら頭おかしくなりそうだし、
そんなマゾヒスティックなことしなくても、と言われそうだけど
知らなかった時にはもう戻れない
むしろ他の生命を頂くということはそれ程重いことなんだと知る事が出来て良かった
多分まだまだ知らないことが山のようにあるんだろう
そしてそーゆーことを知れば知るほど生きにくくなっていくんだろう
それでも私はもっと知りたいと思う
自分たちがいままで見て見ぬ振りをして、考えてこなかったものを
今からでも出来るかぎり見て、考えたい
そこから自分の中に広がっていくものがあると感じるから
追記
その話でもうひとつ思い出したけど
きのうテレビで若者が生涯の仕事として酪農をやりたいけれど
初期費用として膨大な資金が必要で借金するかどうか悩んでるという番組をみた
東日本大震災・原発事故で改めて思ったけど
第一次産業はほんとうになくてはならないもので
そこに携わろうとしている若い人たちにこそもっと支援があればいいのにと思う
農業や漁業はただでさえ気候や天候に左右されてギャンブルみたいなとこあるのに
その苦労を一瞬にして台無しにするあんなものはやっぱりいらない
土や水が汚れては 生きていけない
この間六本木で東北の食と住をテーマにした展覧会みてきたけど
あの深く刻まれた皺だらけの職人の顔と節くれ立った手
無駄のない使い込まれた道具と簡素な作業小屋
食と住と職が一体となった暮らし
あれほどかっこいいものはないと思った
生活が見直されるときがきている
これってすごいチャンスなんじゃないかと
いまは虚栄の文明にどっぷり浸かった生活をしているので
こんな自分が何を言おうとなんの説得力ないけど
少しずつわたしもそっちの方にシフトしていきたいとおもう
そのために今出来ることを考えていきます
ある列に並ぶ牛たち
前の牛が順番にひっくり返され屠殺されるのを目の前で見てる
呼吸は荒くなり、足は震えて明らかに怯えきっている
見ていてたまらなくなった
こんな残酷な映像みたことない
しかもこれは特別な事でもなんでもなく
毎日何千何万と繰り返されている日常
普通の事だと思っていた自分が情けない
申し訳なさと恥ずかしさで死にそうだ
いただきます、を頭ではわかっていたけど
本当に命を頂いているんだということを
体全体で理解した、というより叩き込まれた出来事でした
私はベジタリアンではないので
(というかもうベジタリアンになりたいぐらいショックだったんだけど)
これからも牛や豚や鶏や
様々ないきものの命を頂くことになると思う
多分そのたびにあの牛のことを思い出すだろう
いちいち思い出してたら頭おかしくなりそうだし、
そんなマゾヒスティックなことしなくても、と言われそうだけど
知らなかった時にはもう戻れない
むしろ他の生命を頂くということはそれ程重いことなんだと知る事が出来て良かった
多分まだまだ知らないことが山のようにあるんだろう
そしてそーゆーことを知れば知るほど生きにくくなっていくんだろう
それでも私はもっと知りたいと思う
自分たちがいままで見て見ぬ振りをして、考えてこなかったものを
今からでも出来るかぎり見て、考えたい
そこから自分の中に広がっていくものがあると感じるから
追記
その話でもうひとつ思い出したけど
きのうテレビで若者が生涯の仕事として酪農をやりたいけれど
初期費用として膨大な資金が必要で借金するかどうか悩んでるという番組をみた
東日本大震災・原発事故で改めて思ったけど
第一次産業はほんとうになくてはならないもので
そこに携わろうとしている若い人たちにこそもっと支援があればいいのにと思う
農業や漁業はただでさえ気候や天候に左右されてギャンブルみたいなとこあるのに
その苦労を一瞬にして台無しにするあんなものはやっぱりいらない
土や水が汚れては 生きていけない
この間六本木で東北の食と住をテーマにした展覧会みてきたけど
あの深く刻まれた皺だらけの職人の顔と節くれ立った手
無駄のない使い込まれた道具と簡素な作業小屋
食と住と職が一体となった暮らし
あれほどかっこいいものはないと思った
生活が見直されるときがきている
これってすごいチャンスなんじゃないかと
いまは虚栄の文明にどっぷり浸かった生活をしているので
こんな自分が何を言おうとなんの説得力ないけど
少しずつわたしもそっちの方にシフトしていきたいとおもう
そのために今出来ることを考えていきます
今週のこととか

今週はなんだかいろいろあったので
久々に長文を書こうと思う
木曜日
数週間前に実家から送ってもらったお米
あきたこまち!とデカデカと書かれていたのだが
あるときふと品質表記を見てみると「複数原料米」の「国内産」で
しかもあきたこまち(産地不明)は5割、あとの米は品種も産地も不明というではないか
・・・あやしすぎる!!!!
ということで動揺する私の目の前には選択肢が3つ
1. 我慢して食べる
2. 処分する(気にしないと言う人にあげる、いなければ捨てる)
3. 検査してもらう
悩みに悩んだ結果、捨てると言う選択肢は一番に消え
我慢して1/3ぐらいは食べたが もう気になってご飯どころじゃない
ということで勇気を出して検査に持っていくことにした
インターネットで調べた結果、良心的な感じの測定所があったのでそこに持っていくことに
検査料は3000円
そんなお金払うくらいなら 新しい米買った方が安あがりなのは重々承知ですが
そんなことよりもう こういう表記がなされている米が実際どうなっているのか知りたい
知らないと気が済まない。
23年度の汚染米数十トンが行方不明というニュースを見ていたし
関西人は全然気にしてないらしいからそっちに持っていってブレンドして
薄めてしまえば問題なし、という業者がいないとは思えないし
ということで1キロの米を持って国分寺まで行って来た
検査結果は、検出限界値以下 1.5Bqぐらいなのでほぼ誤差の範囲でしょう、とのこと
ほっと一息 でも測定所の方によるとブレンド米は確かに出ることもある、とのこと
やっぱりそういう米も普通に流通しているらしい
それ以外にもわからないことなどお話が聞けた
ボランティアで働いてる主婦の方とも少し話が出来た
お客さんも私と同じくらいの主婦とかお母さんたち
やっぱりみんな子どもを守りたくて必死なんだ
いってよかった、と思った
今日(金曜日)
twitterで数日前から拡散されていた首相官邸前の再稼働反対デモにいってきた
デモなんて何をすればいいのかわからないし、なんか怖そうだし
わざわざ電車賃払って出かけるのも面倒くささMAXだけど、
先週は1万2000人の人が集まったと聞いて、
とにかくそこで何が起こっているのか見てみよう、
参加するかしないかは行ってみて決めればいいや、と
東京に居ながら国会議事堂や首相官邸を間近でみるのは初めてで若干興奮しつつ
かなり遠くからでも聞こえる再稼働反対の声にドキドキ
近づいてみるとものすごい人だかり どこまで続くのか先の見えない長蛇の列
人々のシュプレヒコールを自分の耳で初めて聞いたら鳥肌が立って涙目になった
とりあえず車道を挟んで向かいの歩道からデモの様子を伺う
最前列には主催者とか千葉麗子さんとか山本太郎さんとか まぁいわゆるガチな方々
でもほとんどが普通の人 政治活動なんて今まで縁がなかったであろうどこにでもいる人たち
奈良美智さんのプラカードもった女の子たち
ベビーカーを押した普通の家族 会社帰りのおじさん 原宿歩いてそうなイケメン
とにかく最後尾までいってみた 700m ぐらいの列が出来ていたらしい
最後尾につくと自然にその列に入ってしまっていた
声はあげなかったものの気持ちはみんなと同じだった
少しずつ官邸方面にむかって歩いていく
角を曲がって官邸前の大通りに出たら、さっきは車が普通に通っていた車道が
デモの人たちのために封鎖されていた あとで聞くと警察が急遽機転を利かせてくれたらしい
真ん中あたりまできたとき、少し疲れたのでまた列を抜けて遠目に抗議活動を眺めた
こんなに普通の人たちが仕事帰りに、4万5000人も集まって政府に抗議をしている
もしかしたら歴史的瞬間を私は見ているんじゃないだろうか、という気持ちになった
とにかく今までにみたことない景色だった
帰り道もいつまでも興奮状態で ときどき思い出しては涙目になったりした
感想をtwitterに書き込んだら瞬く間に50RTを超えた
みんな同じこと感じてんだなーと思った
いままで正直自分のまわりの無関心・無反応な人たちばかりに目がいってしまい
どうして何も言わないんだろう、どうしてどうして、と思っていたけど
今日行ってみてもうそんなことどうでもよくなった
デモなんかしたところでなんの解決にもならんとか
代替案もないくせに闇雲にお祭り気分で反対してるだけだとか
いろいろ言われてるけど
わたしがなんでこんな活動にここまで足を踏み入れてしまったかというと
ただ普通に元気な子どもを産んで、
普通の家庭を築き
普通に暮らしたいからで
何もせず、声もあげず
黙っていたらその当たり前の権利すら与えられないということが分かったから
日本中に原発作って来た年寄りが
自分たちはホクホク暮らして来れたから あとはどうなってもいいなんて
そんなこと言わせるもんか、っていう気持ちがあったから
これから生きていくのは 私たちであって わたしたちのこどもだから
心からそう思っているので
安全だから大丈夫と言われようが
電気が足りない 日本の経済が立ち行かなくなるなんて言われようが
こわいものはこわい いやなものはいやだ
って言い続ける
今回デモに参加して、興奮したし感動もした
だけどそんな自己満足のためにやってるんじゃない
これからも参加するし嫌だって言い続ける
そして原発反対すると同時にそれぞれが自分の出来ることを考えていけばいい
節電するとか 家庭で畑をもって野菜を育ててみるとか
地域のコミュニケーションにもっと力をいれるとか
いまからだって十分間に合う
不器用であれ
眠れない日はブログを書こう
ここ最近 革や布で小物作ったり
絵本を作ろうと絵を描き始めてみたり
次は木工やってみようと糸鋸買ってきたりなんかして
いろんなものにちょこちょこ手を出してはすぐに飽きを繰り返している
自分のフラフラ具合に自分でも呆れるほどで
器用貧乏とはまさに私のためにある言葉ではないかと最近痛切に思って居る
器用であることは不幸でしかない
と断言してしまえるほど 不器用にひとつの事しか出来ない人に憧れる
毎日毎日何時間それをやっていても飽きずに続けられる
そういうものが私にはない
なので当面の間自分の中で【脱・器用貧乏】をテーマに掲げることにした
不器用になれないという点においては最高に不器用なんだけどな
とかそーゆう屁理屈は置いといて
もっと何か極めたくなるようなもの探そう そのためには結局あれやこれややってみるしかないんだけどね
ナルシシズムの時代
というタイトルの本をみて、なるほどなと思った
みんなナルシシズムのために時間を費やし、
ナルシシズムのために社会を利用し、
ナルシシズムのために政治を利用し、
ナルシシズムのために正義を利用し、
ナルシシズムのために芸術を利用し、
ナルシシズムのために他人を利用し、
ナルシシズムのために生きているのか、
と思うと急に全てが納得いった
ナルシシズムは暇つぶしにも置き換えられるかな
まぁそれだけのことなんですけどね
FRIENDS
先日 東京に遊びにきた友人に
学生時代仲の良かった○○○ちゃんが同僚と不倫してると聞いて
彼女らしいな とおもったけど(私の知るところ2回目)
あーなんかもう付き合いはないかも とおもった
この年になると
価値観が合わなくなってしまったり
自然に疎遠になってしまったりで
友達は減っていく一方のような気がする
それは私の性格が大きな原因でもあるのだろうけど
それでも未だに仲良くしてくれている数少ない友人たちには
ほんとうに感謝して大事にしたいなと思う
てかこの年でそんなこと言ってないで
新しい友達どんどん作れよ、って自分にツッコミ入れたいけど
それがほんとに難しくてねー
考え過ぎなんだよな多分
まあでもそれも頑張りつつ
今そばに居てくれる人たちを大事にしよう
と改めておもったのでした









