華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~ -46ページ目

華麗なるヲタ族 ~哀と自虐に満ちた独り言の日々~

ヲタクで変人、社会のはみ出し者を自称する広島のアウトロー【クズノキワミオヤヂ】が戯言・寝言・妄言・世迷言・虚言・失言・暴言などをグダグダ垂れ流す独り言ブログです。

手に入れて1週間以上が過ぎた【シチズンアラーム】──。

一体どれくらいの精度で動いているのか、購入してから参考程度に一週間ほど毎日決まった時間にゼンマイを巻き、平置きで放置してみたら、何と週差は約-30秒!Σ(;゚д゚ノ)ノ

平均にすると日差は-4秒ちょいくらい。

しかも日較差(1日毎の日差の差)は±2秒以内に収まり、日差のバラつきがほとんどなく、非常に安定しています。

それから次に天気のいいカラッとした日に携帯時(半日使用、半日平置き)の日差を測ってみるとこちらは約+6秒くらいでした。

携帯時の日差は1日しか測っていないので、あまり参考にはなりませんが、いわゆるロービートに部類される半世紀以上前の古い製品であるコトを考えれば、かなり良い精度を出しています。

仮にこれくらいの精度でコンスタントに動くなら、1週間くらい使っても1分もズレないでしょうし、進み気味に傾く機械式時計は+2~3分ほど誤差が出たら時刻合わせのタイミングとしている自分なら3週間くらいそのままぶっ通しで使えそうです。

ちなみにこのシチズンアラーム、メーカー公称のパワーリザーブは約50時間以上で、実際のパワーリザーブも公称値とほぼ同程度の持続時間(※49時間41分くらいで停止)を持ち、丸1日くらい使ってもゼンマイのトルクにはまだ十分な余裕があります。

時計の精度は規則正しくテンプを往復(例えばこのシチズンアラームなら1秒間に5振動)させるコトが必要不可欠なコトから、一定のトルクでゼンマイが解け、テンプを安定して往復させるだけのゼンマイの持続時間の長さを持つという点も日差の少ない安定した精度を実現してるのではないかと思います。

日差±2~3分くらいの機械式時計に慣れている身としてはここまで精度が良すぎるとかえって面白くないんですが、前回のOHから時間が経っているにしても、前回のOHを担当した技術者の腕による部分もあるかもしれませんね。

アラーム機能ばかりに目が行っていましたが、時計としての精度の良さもやはり往年の高級時計なだけはあります。

大枚叩いて無理して買ったけど、見た目(デザイン)や機能(アラーム)、コンディションの良さ、そして精度もすこぶる良好、国産ではおそらく唯一の手巻き時計のアラームウォッチとして話題性にも事欠かないなど、自分が所有するには勿体ないくらい非の打ち所のない才色兼備な時計です。

何だか、オイラの一方的なノロケ話みたいな内容になってしまいましたが、本格的に初めて所有する往年の国産高級時計の第一号を飾る一本には相応しく、コレは本当に大切にしなければ…。

貧乏性のオイラには普段使いにするにはあまり惜しいです…σ(^^;)




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ダントツでヒガンバナ(彼岸花)ですな。

ヒガンバナは名前の通り、秋のお彼岸の時期に咲くコトから名の由来とされます。

なお、ヒガンバナは花や茎、球根の全てに有毒なアルカロイド系のリコリンなどを多く含み、多量に摂取すると吐き気や下痢、重度になると中枢神経が麻痺し、最悪死に至る有毒植物で、このコトから“ヒガンバナ”という名のもう一つの由来として「(ヒガンバナを)口にした後は彼岸(=死ぬ)しかない」というのが有力な説とされています。

ヒガンバナは元々救荒植物として昔から川土手沿いや畦道などに植えられ、飢饉の際には球根部分のデンプンを得るため水に晒し、毒抜きしたものを緊急避難的に食された記録があり、時代が下った昭和の戦時中や戦後間もない食糧難の時代にも飢えを凌ぐために食用(※)とされたそうです。

※当然、毒抜きが不十分だと中毒症状を起こし、抵抗力のない子供や年寄り、病人で死者が少なからず出たそうで、食糧難で満足な栄養が摂れず、体力が落ちていた状態では尚更命取りになったと思われます。

この他にもヒガンバナはよく墓場の周辺などにネズミやモグラを寄せ付けない(忌避させる)コトを目的によく植えられたコトから、【死人花】【地獄花】【剃刀花】などと、異名が多く、名前からして既に禍々しいものがあり、日本では縁起の悪い花の一つとして忌み嫌われてきた歴史があります。

しかし、ヒガンバナは仏教の法華経に登場する“天上の花”に由来して【曼珠沙華】とも呼ばれ、さらに日本では紅白信仰により赤は縁起の良い色として尊ばれたコトから、これらを以てヒガンバナは“めでたい兆しを知らせる花”として捉えられるコトもあり、相反する意味を持つ花でもあります。

あと、朝鮮半島などではヒガンバナは相思花】と呼ばれ、これはヒガンバナが開花前はノビル(野蒜)のように葉だけの形態で、茎や花は無く、ヒガンバナが開花する頃には葉がない(つまり、花と葉が同時に出ない)コトにちなみ「葉は花を思い、花は葉を思う(=相思花)」と呼ばれる由縁となったそうです。

自分は前者のネガティブなイメージよりも後者のようなポジティブなイメージのヒガンバナが好きで、こんなに綺麗で可憐な花が人間の勝手なイメージのせいで忌み嫌われるのはとても可哀想だなぁと思います。

というのも、ヒガンバナの花言葉には「あきらめ」「悲しい思い出」などの言葉がある一方で「独立」「情熱」「再会」「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」など、前向きで一途な言葉の方が多く、言い伝えのイメージとは全く異なる花だからです。

例え毒のある有毒植物であっても、人々から不吉な花の烙印を押され、暗い謂れを背負っていても、ありのままの美しさで健気に一生懸命咲くヒガンバナを自分は普通の花と同じように愛でている花の一つです。

どうも自分はこういう陰のある、あまり人に好まれないタイプの花が好きで、イメージとは違う意外な一面を持つ所に惹かれているのかもしれません。

そもそも、花の美しさや魅力に優劣を付けるコト自体がハッキリ言って無意味ですよ。

誰かに褒められたり、認められたり、ましてや誰とも競い合うワケでもなく、ただひたすらにその花(個性)を精一杯咲かせるヒガンバナよりも、何でもかんでも優劣を付けたがる我々人間の方がよっぽど“毒”されている気がしますよ…(汗)



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