「ゆみちゃんって、メルヘンだよね」とか
「人間くさいよね」とか
「声つくっているの?」とか
「気を使いすぎてキモい」とか
「ぶりっこだよね笑」とか
若干の人格否定のようなコメントを
今まで耳にすることが多くて。
私はずっと、自分の女々しい素質を
ダメなこと(恥)って思っていた。
まぁこれも、自分の中で
自分の素材=ダメという誤認があったからこそ
体験した現実なんですけどね。
でもその当時は分からなかったから
女々しい自分の素材に
ものすごく生きづらさを抱えて生きてきました。
素材を受け入れている今では、
ノージャッジだけれど、
確かに色々甘ったるい。
女っぽさを苦手に感じる人からしたら
目につくことも、
鼻につくことも、
たくさんあると思う。
社会で生きていると
✔️いかに効率的に
✔️ブレずに一貫して
✔️何かを成し遂げていく
いかにPDCAを効果的に回せるか
どれだけの結果を早くだせるか
ここに焦点が置かれているので
「女々しさ(感受性の豊かさ)」は
とことん邪魔になる。
だから現代では、
感受性がだいぶ邪魔なものとされ
排除されやすい傾向にあると思う。
(AIが登場してから、風向きは変わってきたなと思うけど。でも、それでもまだまだ男性性が
優位な社会だ)
実際に私も2023年の4月まで
女性性を無意識に否定していたばかりに
女々しい自分のこと
「賢くない」って思っていて。
でも事実だけをみたら
4ヶ国語(日本語・英語・タイ語・スペイン語)話せて。
賢くないわけないじゃん?🤣
って感じだったんですけど。
それでもこの時まで
私の中で
賢さ=思考力(男性性)
だったので
感受性(女性性)
豊かな私は、賢くない
って、自分の素材を否定する誤認が
出来上がってしまっていたんですよね。
もはや、女性性って言葉自体も
2021年12月まで知らなかったし。
男性性が全ての成功の鍵を握るって
思っていたんです。
だけど、
女性性開花という概念に出会ってから
感じることを許していったら
人一倍感じやすい自分がそこにはいて。
すぐ感動して、泣いちゃうし。
すぐ思いが溢れちゃうし。
すぐ好き♡嫌いって反応は出るし。
✔️気持ちが溢れすぎて、
全然まとまらない自分や
✔️話が長すぎてしまう自分や
✔️可愛いこぶろうとしなくても
感情表現豊かが故に
ぶりっこになってしまう自分や
✔️自分の中の世界観が壮大すぎて
メルヘンとか、ファンタジーって
言われても仕方ない自分がいて。
もはや、
自分を許せば許すほど
女々しい自分しか出てこなくて。
私が憧れていた女性像とは
どんどんかけ離れていく次第に。
そんな自分を振りかえってみると、
私はずっと、
自分を生きるよりも
社会で求められる女性像
成功しやすい女性像を追いかけ
本来の自分の素材を否定して
「こんな私じゃダメ」って
❌バッテンマークをつけ続けていたんだなと。
そりゃ、生きづらいわけですよ。
何を頑張っても、
ダメ刻印が押されちゃうんだもん。
本当は、
本来の私(女々しい私)のまんまで
生きたいのに
女々しい私じゃダメだから、
変わらなきゃ‼︎って
自己否定しながら
頑張り続けるわけなんだから。
でもね、自分と向き合って生きていると
いい加減、女々しさ(自分の素材)を
心底、許さないと
これ以上は前に進めない
そんなタイミングはやってくるわけで。
これまでも、何度も何度も何度も何度も
何度も何度も、許して来ました。
そしてその度に
今まで出来ていたことも
どんどん出来なくなり。
自分の描いていた「出来る女」とは真反対の
「感受性豊かすぎる女」に戻っていった。
頭で思い描いていた理想とは
許せば許すほど、かけ離れていったけど。
それでも、
本来の自分(女々しさ)に戻り
素材を咲かせていくプロセスは
とても心地がよく。
素材を否定しながら
誰かに好かれたり、認められそうな…
誰かにとって感じのいい私になるために
頑張るよりも、
断然、生きやすかったし
結果的にとても愛された。
自分の素材を恥じて
否定して、隠して、
みすぼらしい、情けないと感じていたら
そりゃ苦しいよね。
今朝の感謝ノートでも、
感じたことをまんま書いていたら・・・
彼への気持ちが溢れて来たことで
感じる喜びを味わえていて。
味わう中で、
💎愛を感じられる私でよかった。
💎人を愛することが出来る私でよかった。
💎愛する喜びを感じられる私でよかった。
自然と私を認められた。
これも、ずっと否定していた女々しさ
(感受性の豊かさ)があったから
ノートを書くだけで、認められた。
何か大きな成果を出すこともなく。
そして、さらに書き進めたら
女々しいってずっと嫌だったけど
悩みながらも、迷いながらも、
葛藤しながらも
それでも愛を選べることなのかもしれない。
感度が高いからこそ、
たくさん感じちゃうけれど
高感度の感受性豊かな私だからこそ
必ず愛に辿り着けるかもしれない。
これってものすごいことだし
素晴らしい才能だ。
高感度に生まれてくれて
感受性の高さを生かしてくれて
ありがとう。
って、素直に
自分の愛の深さも
自分の心の豊かさも
そんな自分の尊さも、美しさも
一瞬で
認められちゃった。
感じる力って、本当にすごい。
感じたままに愛を書き流すだけで・・・
自分の素質も才能も、
可愛さも美しさも認められて
「私に生まれてよかった」
「この私が最高」
「この才能ありがたいな」って
自然と感じられるようになったんだから。
(しかも、ものの数分で)
感じることを許すって、
一瞬「負け」のように感じてしまう。
けれど
一度、許してみて欲しい。
許した時に流れる、
愛の心地よさを体感したら、
同時に自分の愛おしさも溢れてくるから。
許したくない自分すら許して
ぜひ愛を体感されてみてね。
感受性の高さは、愛の深さ。
女々しいって、負けじゃない。
たくさん感じて、
迷って、
葛藤しながらも、
それでも愛を選び続けられること。
それが、私(あなた)に与えられた
才能なのかもしれない。
愛の深いあなただから
頑張らずとも
出来ちゃうことがたくさんある。
本来の才能と魅力で
愛されることを許しちゃいましょ。
女々しい私(あなた)ありがとう。
「強い女」にならなくて、よかった。
愛を感じられる、この私でよかった。
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