信じて待つことが愛するということ
娘は3歳から入園して3歳、4歳と1度も発表会でダンスも楽器もお歌も何もできず
舞台で地蔵のようにジーっと動かないような子どもでした
周りの子どもたちはとっても楽しそうに笑顔で踊り歌っているのに微塵も動かない娘を見て
親としては不安を感じました
他人事だと『いやいや、いつの間にか成長してなんでもできるようになるから』って言えるのに
自分の娘になるとこんなにも話は別なんだと、痛く実感した出来事でした
先日、ブログにも書きましたが参観日に1人だけ先生の言っていることが理解できず
皆がサクサクと行動しているのに娘だけは周りをキョロキョロして
何をしたらいいのか模索している様子を見て慌てて公文に入学しました
公文は結果的に今、私が娘と一緒に学ぶ時間が持てて楽しいという新しい発見ができて良かったのですが、やはり不安から娘をどうこうするのは止めたいと思って、今お世話になっている【はるラボ】ではるかさんに質問してみました
回答で不安に思っている時、頭の声はどんなことを言っていますか?
と聞かれ、そういえばどんな事を言っているかな?と真剣に考えたところ
娘の心配をしているようで、本当の本音は私(親)が世間からどう見られるかを心配しているだけだった
という何ともお粗末な回答で、赤面蒼白な話でした
なぁ~んだ・・・私って結局、威勢いいこと言いながらちいせぇなぁ~って思ってなんかちょっと笑えました
よく元夫にも『お前は言うことはカッコいいけど、中身がない』とよく言われていたので
的を得ていたなぁなんて思って、でも・・・そういう自分、中身ない自分に気づけて
ちょっとすっきり
世間気にしちゃうよねぇ~って、それこそ他のお母さん見てても思えるようになれて
なんか少し本音を認識しただけなのに、自分の駄目さ加減が分かっただけなのに
ちょっと生きやすくなりました
話は戻りますが、今年も毎年恒例の発表会があり行ってきました
去年とは違って家でも劇の話をするようになっていて、ちょっと期待していました
もしかしたら。。。今年は演技してくれるのかい????と
結果、楽しそうに歌って踊っていました
私は感無量でした
去年まで1mmも動かない地蔵子が、まさか歌って踊っているなんて・・・
彼女の中で何がブレイクスルーだったのかは分かりません
でも親ができることって、信頼して待つことなんだなぁって最近しみじみ思っています
そしてそれはわが子だけにではなく、自分自身にも言えること
なんかやる気がでなくても、頑張れなくても、うまくいかなくても、焦ってても
信頼して待つこと
無理やりさせない、脅さない
離婚後、子どもを養わないといけないし、事業で借りている何百万円という借金もあるから毎月返済もあるし、止まることは許されなかった
でも支配からの反動で、なかなかやる気が出ない
エネルギーが枯渇していました
それでも脅さず、急かさず、ゆっくりでいいから頑張れ~頑張れ~って自分に言い続けて1年経過したら、きちんと一人でも生きられた
娘も自分も、大丈夫って信頼して待つこと
その気持ち、在り方が、愛するということを体現しているんだと想いました
