自分は来ては去る者と言い、ただ真のご父母様だけが永遠であると語られたような記事を読んだ。その記事の中で、将来、様々分派が生まれないように準備するのが自分の務めと語っておられたように記憶する。
そして、近頃、世界会長様は聖霊治癒礼拝を始められ、それはご父母様を慕い、気を送って、元気付けたいという以上の意味、偶像崇拝の気配が感じられる。
語っておられるのもご父母様、ご父母様・・・
分派対策が結局、そこに落ち着いたのだろうか?
原理というみ言葉では、各自がどこに重要性を置くかによって、解釈が変わる可能性がある。
けれども、真のご父母様は永遠だ。ご父母様を慕うその気持ちは食口なら誰もが持っている共通の気持ちである。それを強調することでしか、まとまることはできない、ということなのだろうか?
ご父母様は確かに素晴らしい方だが、そればかり強調するのもどうか、と思う。
ご父母様も人間である。言うこと、やることにまちがいがない、とかいつも無私であるとは言い切れないのではなかろうか。
韓民族が単一民族だとか、一度も他国を侵略したことがないとか、あと、韓国語は世の中の全ての音を表現できる、とかおっしゃってますが・・・間違ってますよね?
それでも、まあ、素晴らしい方だから、崇拝せざるをえない人が大多数でしょうが(教会内部には)。
偶像崇拝が悪なる信仰とされたのも、それがサタン崇拝に通じたからなのだろうし。
でも、ご父母様は勝利されて、神と一体化された、神に等しい方なので、むしろ積極的に讃えたほうがいいのかもしれない。
目に見えない神様より、目に見えるご父母様を思うほうが信仰に具体性が加わるような。
でも、どうせオンマンセーするなら、神様にしたいですが、自分としては。
ご父母様を作られたのも神様なら、導かれたのも神様。
心の中では、過ちを犯すこともある人間よりは、神様を侍りたいと思います。