清平大役事の季節です。
今回も大勢の人が参加しているのでしょうね。
わたしは、家の都合でここ何年かご無沙汰です。
が、清平には早い時期から通っていました。
95年の1月に摂理が始まって、その12月に初めて参加しました。
霊分立の時に歌う聖歌も6番ただ1曲ではなくて、何曲か順番に歌ってました。
建物はプレハブで、大母様がひとりひとりに天使を送ってくれて、その天使が分立してくれる、そんな段階でしたね。
祝福家庭が、幸福に過ごせるように、それを邪魔する悪霊たちを分立してくれるという、希望の持てる摂理だと、祝福家庭を本当に思いやって下さる摂理だと思いました。
カイン圏を復帰する節理はあっても、一般シックのための摂理はなかなか無かったので。
2度目に行ったときはさらに感動的でした。
36万双の為の修練会で、大母様のみ言葉の時は、韓国人の主体者をわざわざ外に出して、日本人に向けて語ってくれました。
霊界で、従軍慰安婦たちが今も悲惨な姿であること、彼女たちが訴える、日本軍の非道。
とても、韓国人に聞かせたい内容ではありません。
主体者たちを退席させて下さった大母様にただただ感謝でした。
そして、主の国、韓国を蹂躙した、恩讐国家である日本を許して、祝福まで与えてくださるご父母様の真の愛の前に頭をたれるしかありませんでした。
その場が本当に一体化していたのでしょう。
訓母様の顔がいつの間にか大母様に見えました。
霊界は確かに存在します。
そして、その先に、万物を創造された創造主、神様がいらっしゃる。
神様は地球を創造され、人間を創造なさいました。
そして、人間の、地球のこのような現状を悲しんでいらっしゃいます。
問題は、その神様と私たちの間があまりにも遠いということです。
本当は神様と通じる能力を一人一人に下さったのに、私たちはそれを忘れてしまいました。
けれども、神様は、特別に、神様と言葉を交わすことができる人を送ってくださいました。
それが、お父様であり、大母様(訓母様)でした。
お父様はただの霊能者ではなく、メシアとして送られ、今もメシアとして働いていらっしゃいます。
ところで、自分がメシアだと名乗る人は案外多いのですね。
ブログ・”ちゃぬの韓国日記”で、はじめて私は知ったのですが、お父様が若い頃通っていらした教団の教主様や、相弟子、またお父様の弟子などもメシアを名乗っていたのですね。
お父様以外の人は、啓示を正しく解釈できなかったのでしょうか。
案外神様は、善の競争をさせて、一番優れた人を選んだのかもしれないですね。
お父様は、自叙伝からも伺えるように、性格の強さ、粘り強さでは抜きん出ていらっしゃいますから、困難なメシアという道を最後までまっとうできる方だと太鼓判を押されたように思います。
それにしても、イスラエル修道院。神様からの使命の大きい集団だったんでしょうね。
そのほかにも神霊集団があったといいますから、韓国は霊界の近い国だったのでしょう。
ただし、その"神様"は、本当に"神様"だったのでしょうか?
この物質世界に最も近い霊界を"アストラル界"というそうです。
このアストラル界は、さまざまな、この世の人が想像するありとあらゆるものがあるんだそうです。
人が、あるいは集団が想念を集中すれば、物質世界には存在しないものでもアストラル界には形ができ、その存在物は目的と知性を持つのです。
すなわち、レプリカが存在し始めます。
イスラエル修道院は強烈な祈りの集団だったのでしょう。
そして、その祈りは聞かれたと思います。
誰が、彼らの祈りを聞いたのか。レプリカの神様なのか、本当の神様なのか。
わたしごときには正しい判断ができる自信はありませんが、愛韓排日的なお父様や大母様の言動、さらに、最近の神様自体の影の薄さを見れば、もしかしたら・・・と思ってしまうのです。
それにしても、最近、訓母様について悪い噂をよく聞きますね(見ます、と言った方がいいかもしれないです)。
噂は噂かもしれないですが・・・
このような方がされる霊界の役事とは。
目に見えないだけに、信じるしかないですね。
その心をどうぞ悪用しないでください、とただ思うだけです。
お父様についてだんだん否定的な見方をしつつある現在、
自分の書いた文章を読み直してみると、拙いなーと感じるし、何より波動がよくないように感じる。
すでに教会を卒業した方のブログは悪口を書いてあっても、からっとしているし、明るくて、前向きでもある。
自分はちょっとまだ心に澱が多いのだろうか?
暗くて重い感じ。
そういう時に、お父様を肯定的にとらえている方のブログを読みに行くと心が洗われるみたいだ。
お父様のされることが神の国実現へ向けて意味のあることのように思えるし、み言葉や事件の背後のお父様の心情に気づかされて、自分が恥ずかしくなったりする。
サタンがいるがゆえに直接真のご家庭を愛することのできないお父様。
偽りの多い弟子をそれでも許して愛するお父様。
そんなお父様の心情は、理解しようとしても、きっと自分の思うものよりも広くて、そして深くて暖かいのでしょう。
でも、現実はあまりにも悲しい。
真の愛に基づく真の家庭。み言葉のすばらしさとは裏腹に、兄弟が訴訟を起こして争う姿。
大統領選挙に出馬せよとのみ言葉に誰一人立つことのなかった弟子。
お父様が生涯をかけて背負ってこられた十字架はいったい何だったのだろう?
こんなことになるんだったら、サタンに讒訴されようが、嘲笑われようが、家庭を大事にしたらよかったのに、とも思う。そうしたら、ご子女様も幸せ、み言葉どおりの家庭天国を見ることができて、シックも幸せ、幸せの連鎖で伝道も進んだかもしれない。
弟子を許すだけじゃなくて、罰するところは罰すればよかった。
何が正しくて、何が正しくないか、していい事と悪い事の区別もついただろうに。
お父様の悲壮な決意は返って、現実を難しくさせたように思う。
などと申し訳なくも思ったりもしてしまうんです。
でも、お父様は124歳まで生きられるとおっしゃったそうなので、それまでには、30年がある。
30年あれば、いろいろなことが起こるだろうし。
きっとそれまでにはさまざまなことが解決もしていると思う。
はやく3男さんには一人の息子としてお父様の下に戻ってほしいし、7男さんには全てお兄さんに捧げる気持ちで、3男さんをかき抱いてほしいと思う。
教会はお金持ちになったけれど、かえってそれが恩讐になったんでしょう。
それをいま清算している途中のような。
不必要な埃を払ったら、また原点に戻って、出発すればいい。
神の伝統、愛と許し、そして感謝。
それを最後まで実践できる方が本当の主人でしょう。
終わりよければ全てよし。
お父様の生涯の最後はやはり明るく終わってほしいと思う。
自分の書いた文章を読み直してみると、拙いなーと感じるし、何より波動がよくないように感じる。
すでに教会を卒業した方のブログは悪口を書いてあっても、からっとしているし、明るくて、前向きでもある。
自分はちょっとまだ心に澱が多いのだろうか?
暗くて重い感じ。
そういう時に、お父様を肯定的にとらえている方のブログを読みに行くと心が洗われるみたいだ。
お父様のされることが神の国実現へ向けて意味のあることのように思えるし、み言葉や事件の背後のお父様の心情に気づかされて、自分が恥ずかしくなったりする。
サタンがいるがゆえに直接真のご家庭を愛することのできないお父様。
偽りの多い弟子をそれでも許して愛するお父様。
そんなお父様の心情は、理解しようとしても、きっと自分の思うものよりも広くて、そして深くて暖かいのでしょう。
でも、現実はあまりにも悲しい。
真の愛に基づく真の家庭。み言葉のすばらしさとは裏腹に、兄弟が訴訟を起こして争う姿。
大統領選挙に出馬せよとのみ言葉に誰一人立つことのなかった弟子。
お父様が生涯をかけて背負ってこられた十字架はいったい何だったのだろう?
こんなことになるんだったら、サタンに讒訴されようが、嘲笑われようが、家庭を大事にしたらよかったのに、とも思う。そうしたら、ご子女様も幸せ、み言葉どおりの家庭天国を見ることができて、シックも幸せ、幸せの連鎖で伝道も進んだかもしれない。
弟子を許すだけじゃなくて、罰するところは罰すればよかった。
何が正しくて、何が正しくないか、していい事と悪い事の区別もついただろうに。
お父様の悲壮な決意は返って、現実を難しくさせたように思う。
などと申し訳なくも思ったりもしてしまうんです。
でも、お父様は124歳まで生きられるとおっしゃったそうなので、それまでには、30年がある。
30年あれば、いろいろなことが起こるだろうし。
きっとそれまでにはさまざまなことが解決もしていると思う。
はやく3男さんには一人の息子としてお父様の下に戻ってほしいし、7男さんには全てお兄さんに捧げる気持ちで、3男さんをかき抱いてほしいと思う。
教会はお金持ちになったけれど、かえってそれが恩讐になったんでしょう。
それをいま清算している途中のような。
不必要な埃を払ったら、また原点に戻って、出発すればいい。
神の伝統、愛と許し、そして感謝。
それを最後まで実践できる方が本当の主人でしょう。
終わりよければ全てよし。
お父様の生涯の最後はやはり明るく終わってほしいと思う。


