そうなんです!

ついに当社ビーエージェントの引越しが完了し、先日から新しいオフィスで仕事が開始されました。

オフィスの広さは旧事務所の倍になりましたので、かなりゆったりといった感じですね。

私の気分的には、工事が完全終わっていないのもあるので、少し落ちつかな感じですかね。

オフィスの写真は全て工事が完了してからにしますね。

現在前向きに検討中なのはダーツとサンドバック。用途はご想像通り(笑)。

大変有難いことに、引越しのお祝いやお声を多数頂きました。

また、当社から購入して頂いたお客様からも、おめでとうなどと言って頂き、うれしい限りです。

この場を借りて、「皆様、本当にありがとうございます。これからも宜しくお願いします!」

※お祝いのメッセージ・お品物、引き続きお待ちしておりますので、あっやべー忘れてたって方。気にせずにどうぞ・・・。


さ~。「私の経歴」が各方面ご好評頂いているようで、最近ではちょっと言葉につまりながら書いており、実は面倒になりつつあったりして・・・。



私はどんどんその新しい会社へ気持ちが移って行ってしまいました。

この気持ちを正当化させるかのように、当時取り扱っていた商品に対しての不信感、毎晩深夜まで働かせる仕組み、数字だけの毎日、どれもこれもが嫌になりました。

そんな最中、新しい会社の社長(元カリスマ専務)と電話で話し、現状の不満や将来的なビジョン、自分の考えなどをぶつけました。すると、「だから俺は起業したんだよ」と言われ、この時に私は転職する決断をしました。

私は決めたら行動するのに時間をかけるほうではないので、即退職の手続きと新しい会社のそばに引越しも済ませました。

それからも何度かその社長と連絡を取りながら、入社日を決めわくわくしながら初日を迎えることになりました。ここで私は自分のつめの甘さを知ることに・・・。

まず、入社したら社長が笑顔で迎えてくれました。あの元カリスマ専務が・・・。とにかく私の中では絶対の存在でしたので、この人と毎日仕事ができる、また当時の尊敬する責任者クラスの人たちがこの営業室の中にいると思うと嬉しくて嬉しく・・・。ガチャ。

扉を開けると、以前の職場で成績が良くなかった営業マンが・・・。なんでお前がいるの?っという私の感想。同時にあれ?他の人は???

なんと。その憧れの人たちはバタバタと退職をしたというではありませんか!

何!!!

騙された~!というより私の思い込み?その時点でその人たちがそこで仕事をしているということは確認しておりませんでした。

私が思い描いていた環境とはまるで違うことに戸惑い、そして業務内容についても電話で話したことは残念ながら異なっていました。

私に声をかけた人にも連絡しましたが、「ゴメン俺辞めたんだ・・・」

知ってるよ!先に言えよ!って感じでしたが、そうも言えず・・・。

毎晩、毎晩、深夜まで営業が始まり・・・。え~、これ何が今までと変わったの?

私は気持ち的に踊らされた感が強く、どうしても納得が行かず、入社して2週間後の昼休みに辞表を社長に提出しました。

少々高い授業料になりましたが、以前の会社を退職しその会社に入社したことは意味のあることで、私の人生の中での転機となりました。

これは私が23歳4ヶ月のときのお話しです。




その会社には、役職「館長」という人がいて、常に竹刀を片手に監視している人がいました。

手と受話器をグルグル巻きにされている人、オフィスのフロアの端で声だしの練習をしている新人、課のミーティングで泣くまで何度も何度も目標を言わされている人、トイレで瞑想する人、机の中で机をバンバン叩きながら電話してる人などなど。

いろんな人がいました。そんな会社の指示系統はカリスマ専務がいて、館長、その下に部の責任者が8名いました。

この10名はとても魅力的な人達でした。ものすごく個性の強い10名で、営業力は言うまでもなく、個性・色・統率力があり、常に自分の考えが明確にある有能な人達でした。

この人達の共通点は中途半端が嫌いなこと、流されないことでした。同時にもの凄いクセがあり、ただ人から嫌われることを恐れない、とてもカッコイイ人達でした。

私は彼らに啓発され、その人達と仕事をしたい為だけに、その人達から学習するために、努力をしました。

そんな影響もあってか、営業成績で上位に食い込むことができるようになった私は課の責任者となり、しばらくするとその彼らと同じ部の責任者にもなることができました。

そこで転機が訪れました。カリスマ専務が起業する・・・。

しかも私が好きだった人達のほとんどがそっちに移る。これは当時、極秘情報でした。

もちろんその新しい会社に興味がありましたが、その仕切ってた人達がいなくなるこの会社はどうなるのか。正直後者のほうが興味がありました。しかし、この時を待っていたかのように、その会社に残った数人の部の責任者たちが声をあげ陣頭指揮をとり、何とか切り盛りしていきました。

でも若かった私は、新しく立ち上げた会社が気になって気になって仕方なく、そんな状況では数字もあまり良くなく、水面下で連絡を取るようになり、着々と転職をする準備をしておりました。

あのカリスマ専務と仕事ができる。あの部の責任者たちとまた・・・。楽しみで楽しみで仕方ありませんでした。でも若かった・・・・。


私はとある教材の営業会社で営業デビューをすることになったわけですが、これが強烈な会社でした。

今思えば、これが私の当たり前の基準となり、そういう意味では感謝しております。

月間750万円以下の営業は「赤字社員」と呼ばれ、年齢・経験など全く、本当に全く関係なく、完全に数字が全てという会社でした。

月末になると成績下位の人達は全国に、契約書回収要員として派遣されます。

そもそも、お客様との契約書は郵送でやりとりしておりましたので、多少日数がかかります。そのため、月末は直接回収の手法をとるのです。

沖縄に飛ばされると、まさか1件だけの回収ではありませんので、長期滞在の覚悟が必要です。

月末最終日にもなると、半分くらいの社員しか残りませんでした。この日の夜6時までに一斉に契約書をもってみんな帰還します。

私はその回収要員自体は苦ではありませんでしたが、他の人達からの扱いが腹立たしく、それが嫌でとにかく売上げを作りたいと考えておりました。

多少の入社の前後はありましたが、新人の中で私は相当出遅れました。最初の1ヶ月は売上げがなく、回収要員へ。

さすがにへこみました。俺、営業できないのかなぁ・・・。悔しくて情けなく、でも納得ができずに。

本当に言葉使いがひどかった。敬語など無縁の業界からの船出でしたので、正直かなりのハンデがあったと思います。しかも取り扱い商品が教材ですから、なおさらのことです。

それから数日後、こんな話しを聞きました。「入社後数ヶ月の売上げで優秀な人に新人賞がある・・・」

生意気に、契約をしたことの無い私はそれが欲しく欲しくたまらなくなりました。

しかも他の新人たちがぽつぽつと契約を取り始めることに対しての、焦りや苛立ちがつきまとい、自分の気持ちの中でやらざるを得ない状態でした。

2ヶ月目にし念願の初契約!今でも覚えてる54万円の教材。主婦の人に買って頂きました。興奮で手が震え、嬉しいというよりは契約ができたという安堵感と、何故か恐怖心を感じました。

その契約が口火となり、まるで今までのことが嘘のように契約が取れるようになり、赤字社員のボーダーラインを超え、念願の新人賞までもGETしました。同時に契約書回収要員からはずれ、年上の人達を飛ばす側にまわるようになっておりました。

続く・・・


西新宿の高層ビルに会社はあった。

36階。

新宿駅から西新宿のオフィスビル街へ続く、通路。

みんな自信ありそうに見え、ものすごくかっこ良く感じ、いわゆる「ビジネスマン」だなぁと思いながらも、そこに自分もいることが嬉しかったことを今でも覚えている。

私にとって最初の難関がすぐにあらわれた。

冗談ではなく、36階のオフィスのフロアにどうやって上がればよいのかが分からない。

今考えると面接のときの記憶がなく、どうしたのか覚えてないが、間違いなく入社日は掃除のおばちゃんたちと荷物運搬用のEVで36階まで行った。これがまた遅い。

会社についた時には、朝礼がはじまっており(遅刻・・・)私と同じようにその日から入社する人達が雄弁に語っていました。

その横に早く早くと人事の人に促され、私は一番端に立ち順番が来るのを待っていました。

見渡すとギラギラした眼光で、営業マンや他社員のたくさん方々がこっちをみてるじゃないですか。

動物園の見られてる動物になったような感覚っていうんですかね。

そして前の人の長ったらしい自己紹介が終わり、いよいよ私の番。

「はじめまして。岩本です。宜しくお願いします・・・」

『何だよそれだけかよ!』野次が飛ぶ。

強烈な威圧感と私の緊張感や嫌悪感などで、誰が言ったのかも確認することすら出来ず、「ハイ。」と返事をし、その場は終わりました。

俺、やっていけるかな・・・・。いきなりこう感じました。


翌々日、雄弁に語っていた同期入社二人は、退職しました。


続く・・・。


私は今30歳です。

18歳の時に漠然と起業すると考えてました。

28歳のときにその一歩を踏み出しました。

10年かかりました。はじめるのに10年も・・・。


私は高卒です。

当時から営業には興味がありました。

就職先に選んだのは、当時大変お世話になっていた先輩の勤め先の千葉にある製造会社でした。

面接のとき、希望の職種はと尋ねられ、私は迷い無く「営業」と伝えました。

また付け加えて、「熱処理工場」「プレス工場」だけは嫌ですと間違いなく伝えました、が。

配属先はプレス工場。

先輩の顔というのもありましたので、社会人1年生の私はプレス工場で幕開けとなりました。


朝8時30分、どこかの刑務所かのようなけたたましいサイレンの音。始業です。

次にとる行動は、安全靴をはき、耳栓をし、軍手をつけ持ち場のプレス機の前に行く。

電源をいれ、モーターを回し、油を注入。

安全を確認し、いざプレス開始。

「ドカン!ドカン!ドカン!」

目の前で100トンプレスが爆音とともに動き出す。

それが何台も何台も。

想像を絶する音。パチンコ店とは比べものにならない。その中での会話というものは、相手方の耳に怒鳴りあうというもの。そんな中で仕事以外の会話はなく・・・。話すと疲れますから。


そもそも営業志望だった私は、早速5月病にかかるものの、先輩との約束があり3年間をそこで就業することになった。

それこそ月給は16万円。

それだけでは私は生計を立てることが難しく、夜はアルバイトを始める。

夜8時まで残業をし、8時30分から12時まで居酒屋でアルバイト。

若かったのでしょう。夜のバイトは楽しくて、全然苦痛にならず待ち遠しくなるような存在でした。


その生活は、約束の3年と1ヶ月が到来し終わりました。

振り返り考えると、ここでの修行が私の独立心を本物にさせてくれたと思います。


その後、別の先輩の勤め先、解体屋兼産廃屋でアルバイト。お給料が良かったので・・・。


そして22歳の誕生日を目前に控えた21の時、初営業職につく。

「スーツの世界」「新宿の高層ビル」「電車通勤」「世間知らず」「言葉使い」

どれも初めてで、今までの私の感覚や変な自信が否定され、どん底に落とされるような思いをする・・・。


今日はここまで。



引越し日が迫ってきた。

連日その類の手続きや打ち合わせで予定が詰まっている。

工事もどんどん進んできた。いよいよ否が応でも実感させられる。


しかし、暑い!

俺だけなのか?社内でも暑い!

不快指数100だね。

クールビズなのに暑い。

ついでに昨日は半そでのワイシャツからTシャツの袖がかなり飛び出てたよ。


じゃぁ、明日はおやすみだから、オフィス家具でも買いに行こうかなぁ。

千葉のザウス跡地にできた家具やさんに行ってみようと思います。

それでは。

分からないことは聞きなさい。

分からない事を分からないままにしておくと、あとで大変だから。(自分です。はい。)

えー。こんなこと知らないの!うっそー!と言うようなことが多々あります。(中身については秘密ですけど)

そりゃ今さら聞くなんて、立場もあれば年齢もありますよ。

そんな私もしつこいくらいの「何で?」「どうして?」「意味わかんない」など、周りの人に食ってかかっていくほうでしたが・・・。

が、今考えればもっともっともっとしつこく行けばよかった!


しかもさ、やっぱりどんなに風通しがよくてもさ、社員は社長にツッコメナイヨね。

そりゃボケてるときはいいけど、真剣に話してるときにさ、それを言うならこうですよね、なんていえるわけないじゃん。

と、言うことはだよ。ずーーーーーーーーーーーーーと、間違った言葉とかを使い続けるわけでしょ。

いやーーーーーーーーー恥ずかしい。

だから、若い子は、なんでも聞きましょう。

社員の皆様は、こっそりメールして。俺に。




オフィス移転が決定しました!

7月20日からNEWオフィスで営業をスタートします。

現在、住たいる工房 の皆様が豊かな発想と経験をもとに、本当に不動産屋?というようなオフィスを造ってくれております。今度できたら画像を貼りたいと思います。


私は事務所移転2年計画という理想があり、毎2年ごとに引越しをしようと考えております。

今回は第一弾となり、法人の引越しがこんなにも面倒で費用がかかるものなんだと、実感をしている最中であります。

ただ、基本的にあきっぽい性格なので、ステップアップが出来る状況であれば今後も、引越し続けて行きたいと思います。


あー楽しみ。


私は良く周囲の人から「変わったね」言われる。※“変わってるね”ではないです。

自分でいうのも何ですが、随分「変わる努力」をしてきたつもり。

恵まれたことに、私の身近には尊敬できる人が必ずいて、その人に追いつきたいとか、その人を追い越したい、またはその人と勝負したいなど、自然と私の中にそのような感情が芽生え、それだからこそ、変わろうと思い、それに対し努力をしたのだと思う。振り返り考えると努力という表現は適切ではないかも知れない。良くある自己啓発本の自分の過去を美化した表現なのかも知れない。

話しは変わりますが、私は人間くさい人が大好きです。クセのある人。味のある人。というのでしょう?

反対に自分の意見や考えのない人や、杓子定規な考え方しか出来ない人、などは私にとって苦手な人種に該当する。営業職ではあまりいない?

なにが言いたい?

よくわからん。

これから営業を始める人達へ。

「今、売っている人の真似をしましょう。」

これが成功への近道だと思います。