【旅する占い師】ロジウラブックス営業雑感 -16ページ目

【旅する占い師】ロジウラブックス営業雑感

北海道から鹿児島に移住して10年経ちました。
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『現実はただの鏡だった件について』

最終章:人生という名の設計図

これが今の、ぼくの人生 – 未来を自分で選ぶということ #017

信介は、久しぶりにゆっくりと朝食を作った。

冷蔵庫の中に残っていた卵とベーコン、そして昨日の帰りに買った食パン。
フライパンの上でジュウジュウ音を立てるベーコンを眺めながら、なんとなく小さく鼻歌を歌った。

「朝からこんなに丁寧に朝ごはん作るなんて、俺もヒマ人だな」

自嘲気味につぶやいたものの、どこか心の奥では“こういう時間も悪くない”と思っている自分がいた。

コーヒーの湯気が立ちのぼるダイニング。
窓の外には、きらきらした朝の光がふわっと漂っていた。

食パンにベーコンをのせ、半熟の目玉焼きをトッピング。
仕上げにケチャップをにょろっとかけたら、まるで昔の喫茶店モーニングのような一皿が完成した。
 

「よし、いただきます」

小さな声でひとりごとを言って、信介はゆっくりとナイフとフォークを手に取った。

この一週間、信介の中でいろんな変化が起きていた。

娘に間取り図を見せたこと。
たかはし屋の奥さんのために描いたこと。

ただの気まぐれで始めた“スケッチブックの復活”が、まさか自分の中にこんなにも大きな波紋を起こすとは思っていなかった。

「何が変わったって、たぶん俺の“視点”だな」

ごはんを食べながら、ふと信介はそんなことを思った。

今までは、「何もない」「どうせダメだ」「歳だから無理」そんなふうに思い込んでいた。
でも実際には、目の前の現実が変わったわけじゃない。
変わったのは、自分の見方だった。
 

過去にこだわりすぎず、未来を怖がりすぎず。
今、自分がどんな気持ちで、どんな選択をしたいのかを見つめるだけで、こんなにも世界の彩度が変わるなんて。

「ふーん、人間の心って不思議だな」

トーストの最後のひと口を食べながら、信介は思った。

食器を片付け、洗い物を済ませたあと、スケッチブックを開く。

今日は“自分の未来のための間取り”を描いてみようと思っていた。

住みたい家。
過ごしたい空間。
叶えたい生活。

56歳バツイチ、子どもと離れて暮らして、特に出世もない。

そんな“条件”の並んだ人生だって、まだ設計し直せる。

「今の自分が選びたい未来って、なんだろうな」

信介は、しばらく白い紙を眺めた。
 

ふと思いついて、まず描いたのは小さな平屋の家。

広くなくていい。
窓が大きくて、風が抜ける場所がいい。
リビングには本棚。
小さなデスクと、観葉植物。

キッチンはシンプルに。
朝のコーヒーをいれる時間が心地よく感じられるように。

家の裏には、小さな畑。
季節ごとに、ちょっとずつ野菜を育てる。

「畑なんてやったことないけど、まあ、妄想だしな」

自分でツッコミを入れながら、線を引いていく。

最初は恥ずかしさもあった。
でも描きながら、なんだか胸のあたりがじんわりと温かくなってくる。

——あ、これが“希望”ってやつか。
 

思えば、今まで「現実的じゃない」とか「どうせ無理」とか言って、こんなふうに自分の夢を描くことすら許してなかった。

でも今は違う。
現実は、誰かに決められるものじゃない。
自分で、今この瞬間から描きなおしてもいいんだ。

「これが、今の俺の人生なんだよな」

信介は、小さなため息をついた。
でもそのため息は、前みたいに重たいものじゃなかった。

軽くて、やわらかくて、風に乗ってどこかへ飛んでいくような、そんな感じのため息だった。
 

スケッチブックの端に、ちょっとふざけて名前を書いてみた。

“Shinsuke’s Life Plan Ver.2025”

その文字を見て、思わず笑った。

未来は、なにも大げさじゃなくていい。
きらびやかな成功とか、誰かに羨ましがられるような何かとか、そういうんじゃなくていい。

自分が「これがいい」と思えるものを、ちょっとずつ選んで、並べて、丁寧に暮らしていく。

「これが今の、ぼくの人生」

信介はそう言って、スケッチブックを閉じた。

さてと——そろそろ昼ごはん、何にしようか。

『現実はただの鏡だった件について』

最終章:人生という名の設計図

小さな一歩 – 誰かのために描いてみる #016

信介は、その日、珍しく早起きをした。

カーテンの隙間から朝日が差し込み、部屋の空気がふんわりと金色に染まっている。

なんでもない朝。
だけど、なぜか少しだけ特別な朝のような気がした。
 

昨日、娘の菜月に送った間取り図は思った以上に好評だった。
「これ、友達に見せたら『すごい!』って言ってたよ」
というLINEのメッセージを読んで、信介はちょっと鼻の下を伸ばした。

「そりゃあな、昔ちょっとかじってたんだよ」
なんて、自分にだけ小さくつぶやいた。
 

そんな信介の頭に、ふとひとつの思いつきが浮かぶ。

——じゃあ、他にも誰かに描いてみたらどうだろう。

誰かのために。
必要とされなくても、喜ばれるかわからなくても、ただ「描いてみたい」と思える誰かのこと。

とにかくあれこれ考えずに誰かに会ってみよう。
——そんな気分で信介がふらっと思い浮かべたのは、近所の八百屋「たかはし屋」の奥さんだった。

よく通っていた頃は、「またカレーですか?」なんて、にこにこ笑って声をかけてくれた。

最近は足が遠のいていたけれど、たまに店先を通ると、まだ元気に店頭に立っている姿が見えた。

信介はポケットに手を突っ込みながら、玄関でスニーカーを履いた。

「野菜、買いに行くだけだしな」

そう言いつつも、胸の中ではなんだかソワソワしていた。
 

たかはし屋に着くと、例の奥さんが出迎えてくれた。

「まあ、信介さん!お元気そうで!」

「久しぶりに野菜でも買おうかと思って」

「カレー用かしら?」

「いや、今日は味噌汁用です」

そんな、どうでもいいような会話が、なんだかすごく心地よかった。

レジの横には、昔からある小さなイスとテーブル。
いつの間にか、その上に小さなチラシが置かれていた。
 

『たかはし屋、移転のお知らせ』

信介はそれを手に取って、驚いた顔をした。

「ここ、なくなるんですか?」

「ええ、ちょっとね。今の建物、もう古くて。大家さんの事情でね」

「じゃあ、新しいお店を?」

「うーん、どうなるかしらね。今はとりあえず考え中。間取りとか考えるのも難しくて」

その一言に、信介の中の何かがピクッと動いた。

「……あの、よかったら、間取り図、描いてみましょうか?」

奥さんは目を丸くした。

「えっ、信介さん、そんなことできるの?」

「まあ、ちょっとだけね。昔、設計の勉強してたんですよ」

「まあまあ、そんな特技があったなんて!」

その会話のあと、信介は両手いっぱいの野菜と一緒に、小さな使命感も持ち帰った。
 

リビングに戻って、スケッチブックを開く。
今度は“実在するお店”のための間取り図。

予算も限られているだろう。
広さもわからない。
でも、想像でいい。
今できることを、できる範囲で。

入り口の横に、今と同じような木の看板。
野菜が並ぶ棚の向きは、光の入り方を考えて東向きに。
レジの位置、動線。
奥に小さな休憩スペースも作ってみる。

「このへんに、鉢植え置いたら可愛いかな」

線を引くたびに、信介の心の中にも、小さな楽しさが広がっていく。

一時間ほどで、仮の間取り図が完成した。

「ふぅ……けっこう集中したな」

 

スマホで写真を撮って、たかはし屋のLINEアカウントに送ってみた。
メッセージには、こう書いた。

『素人ですが、参考までに。よかったら見てみてください』

しばらくして、スタンプと一緒にメッセージが届いた。

『わあ!すごく素敵!本当にありがとう!なんだか元気が出ました』

それを見た瞬間、信介の中に、なにか“しゅわっ”と炭酸がはじけたような感覚が広がった。

必要とされるって、こんなにも嬉しいことだったんだ。

昔は、自分がすごいと思われたくて描いていた。

でも今は、ただ誰かが「いいね」と言ってくれるだけで、心が満たされる。

信介はもう一度スケッチブックを開いた。

次は誰のために描いてみようか——そんなことを考えながら、ページをめくった。

『現実はただの鏡だった件について』

最終章:人生という名の設計図

一枚のスケッチ – 描きなおす未来のかたち #015

信介は、朝のコーヒーを飲みながら、窓の外をぼんやり眺めていた。

4月の終わり。桜はすっかり葉桜になっていて、風が吹くたびに小さな黄緑の葉っぱがゆらゆらと揺れていた。
どこか春の終わりの寂しさと、夏の始まりの匂いが混ざったような空気の中で、信介はなんとなく気持ちが落ち着くのを感じていた。
 

スケッチブックは、今やリビングのテーブルに常駐するようになった。
まるで長年離れていた旧友が、気がついたら毎日顔を出してくるようになったみたいに、自然にそこにある。

最初はただの気まぐれだった。
でも、描いていると不思議と心が落ち着いた。
雑念が減っていき、自分の中の静けさに気づくような時間だった。
 

夢だったはずの建築の世界。
その世界に触れていた時間が、こんなにも自分を安心させてくれるとは思わなかった。

「なんでこれ、ずっと忘れてたんだろうな」

独り言が口からぽろっとこぼれる。
コーヒーの湯気が、まるでその言葉に返事をするかのようにゆらゆらと揺れた。
 

そんなとき、スマホがぶるっと震えた。

メッセージの相手は、娘の菜月だった。

『学校の課題で間取り図を作るんだけど、ちょっと見てくれない?』

信介は、思わず吹き出した。

「お前、建築なんて興味なかったじゃないか」

返信を打ちながら、ふと胸の奥がポッと温かくなる。

娘とのやりとりなんて、もう淡々としたものばかりだと思っていた。
でも、こうして何かを頼ってくれるのは、やっぱり嬉しい。

『じゃあ、お父さんもひとつ間取り描いて送るよ。参考になるかわからんけど』

送信を押したあと、信介は鉛筆を取り、スケッチブックを開いた。
 

今度は「ただ描く」んじゃなく、「誰かのために描く」
その違いが、いつもより少しだけ手を丁寧に動かせる理由になっていた。

四角い部屋。
大きな窓。
光が差し込むリビング。
そして、小さな吹き抜け。そこに住む人の顔を思い浮かべながら、信介は一本ずつ線を引いた。

「この線の向こうに、誰かの生活があるって、なんかいいな」

昔は自分の野望のために描いていたけれど、今はただ、誰かの暮らしを想像して描いている。
そのちがいが、こんなにも心をやさしくしてくれるなんて。
 

思えば、人生なんて線だらけだ。
思った通りにまっすぐ引けない線。
いびつな曲線。
途中で消したくなる失敗の跡。

でも、全部ひっくるめて、今の自分をつくっている。
 

「描きなおしてもいいんだよな、未来は」

そうつぶやいた瞬間、肩の力がふっと抜けた。

信介は完成した間取り図をスマホでパシャリと撮って、菜月に送信した。
スマホを置いたあと、机の上に両手を置いてしばらくぼんやりと座っていた。
 

しばらくして、菜月から返信が届いた。

『へー!こういうの描けるんだ。お父さん、すごいじゃん』

その返信に、思わずにやける。

「……いやいや、たいしたことないさ」

そう言いながらも、心の中では何かが確実に変わっていく音がした。

これまでの人生で失くしたもの、置き去りにしたもの。
でも、こうしてまた拾い上げて、形を変えて、描きなおせるなら。
 

スケッチって、ただの線じゃない。
それは、今の自分がどこを見ていて、何を感じているかを映すものだ。

信介は静かに、もう一度スケッチブックを開いた。まっさらなページ。未来は、まだ白紙だ。

描きなおすというのは、やり直すことじゃない。
積み重ねてきた時間の上に、もう一度丁寧に線を引くということ。

そして、そこに新しい物語をつくっていくということだ。
 

信介は鉛筆を握り直し、今度は少しだけ深呼吸をしてから、新しいページに線を引いた。

その一本の線が、彼の未来の入り口になるような気がしていた。

『現実はただの鏡だった件について』

第一部:目覚めの第一歩

あの頃の夢 – 失われた希望の再発見 #014

土曜日の朝、信介はコンビニに行くつもりで着替えをしていたのだが、なぜかふと、古い段ボール箱が気になった。

廊下の収納の隅っこに長年鎮座している、あの埃まみれの箱。

「なんだったっけな、これ」

なんの気なしに手を伸ばし、表面についた埃を軽く払い落とす。

ガムテープがペリペリと音を立てて剥がれる。
 

箱の中から出てきたのは、学生時代に使っていたスケッチブックやノートの束。

「おお…懐かしいな」

その瞬間、信介の顔に、遠い記憶の匂いがふわりとよみがえったような表情が浮かんだ。

表紙のシールは色あせ、角はくたびれて丸くなっていた。

慎重にスケッチブックを開くと、そこにはぎこちない線で描かれたビルやカフェ、家のラフが並んでいた。

「これ、建築デザインの授業で描いたやつだ…」

ページをめくるごとに、信介の心の奥底にしまい込まれていた記憶が、少しずつほどけていった。
 

そういえば、20代の頃、“街をデザインする仕事”がしたいという大きな夢があった。

ビルの形や街の空間、光と影が交差する路地裏。

そんな風景を、自分の手で描いて形にしたいと、本気で思っていた時期があった。

でも、現実は甘くなくて、就職は思うようにいかず、結局は生活のために、まったく関係のない業界に飛び込んだ。

「まあ、人生ってのは思い通りにいかないもんでさ」

そんな言葉を、まるで呪文のように自分に何度も言い聞かせてきた。

けれど、心のどこかでずっと、未練のようなものが燻っていたのかもしれない。
 

「あれから、もう30年近くか…」

ノートの隅に、小さな字で書かれた走り書きがあった。

『大きな窓のある家をデザインしたい』

「……なんか、泣けるな」

信介は苦笑いをしながら、鼻の奥がツンとした。

夢って、叶わないと分かった瞬間から、見ないふりをし始めるものだけど、

それでもどこかで、ずっと静かに息をしている。

そして、こんなふうに、ひょっこり顔を出してくることもある。

「希望ってのは、消えたようで、ちゃんと息してるんだな」

あの頃の自分は未熟で、頼りなくて、それでもキラキラと未来を信じていた。

今の自分にはあのキラキラした目はもうないかもしれない。

でも、だからといって夢にもう触れてはいけないなんて、そんなルールはどこにもない。

信介はそっとスケッチブックを抱きしめながら、小さく息を吐いた。
 

「別に今さら建築家になろうってわけじゃないんだけどな」

でも、たとえば散歩ついでに気に入った建物をスケッチしてみたり、

昔の図面を引っ張り出して、ちょっとだけ間取りを考えてみたり。

そういうことなら、今の自分にもできる。

そういうちょっとしたことが、心を少しだけ豊かにするのかもしれない。

「夢って、使い道を変えればまだ生きるんだな」

そう呟きながら、信介はゆっくりと立ち上がった。
 

リビングの引き出しを開けて、鉛筆を一本取り出す。

硬すぎず、柔らかすぎず、ちょうどいい芯の濃さ。

指に持つと、あの頃と同じ感触がよみがえってきた。

机の上には、白くてまっさらなページが広がっている。

「じゃあ、ひさしぶりに描いてみるか」

信介は息を吸い込んで、ゆっくりと一本の線を引いた。

その線は、まるで過去と未来をつなぐ一本の橋のようだった。

そしてその橋の先には、少しだけ明るい景色が広がっているように感じた。

『現実はただの鏡だった件について』

第一部:目覚めの第一歩

見えない鎖 – 思考のクセを外す #013

信介は、その朝もいつものように、ぬるめのインスタントコーヒーを飲みながら、ぼんやりとキッチンの椅子に腰掛けていた。

カップの中では、頼りない泡がぷかぷかと浮いては消えていく。

「洗濯って、朝のうちに済ませたほうが乾くんだよなぁ…」

窓の外には、ご近所の奥さんが洗濯物を干している姿が見える。

その様子をぼんやり眺めながら、どうでもいいことを考えていたら、ふと、頭の中にまたあの言葉が浮かんできた。
 

『思考のクセが、現実を作っている』

「クセ? 思考にもクセなんてあるのか?」

信介は、コーヒーカップを口元に持っていきかけて、ふと止まり、テーブルの一点をじーっと見つめた。

「…あるかもな」

何かを始める前に『どうせ無理』って考えるクセ。
人の機嫌をうかがって、自分の本音を飲み込むクセ。
褒められても「いやいや、自分なんて」と謙遜しすぎるクセ。
何かお願いされると断れずに引き受けてしまうクセ。
そして、後悔して自己嫌悪に陥るクセ。

「クセって、無意識に出るからクセなんだよな」
 

思い返してみると、若いころに上司に怒鳴られて以来、自分の意見を言うのが怖くなった。
あのときの大声が、頭の奥にずっと残っていた気がする。

誰かに否定されたら、自分の全部がダメになるような気がして。
だから、なるべく目立たないようにしてきた。

「それが大人のふるまい、って思ってたけどさ…」

気づけば、何を考えてるか分からない人、になっていた。
本当は伝えたいことも、やりたいことも、ちゃんとあったのに。

でも、伝えるのが怖かった。
笑われたり、呆れられたり、迷惑がられたりするのが、どうしようもなく怖かった。

だから、動かない。
だから、挑戦しない。
 

「それで何十年も生きてきたってわけか…」

信介は、椅子の背にもたれながら、天井を見上げた。

蛍光灯のカバーにうっすらホコリがたまっているのを見ながら、何となく、そんな自分が情けなくも愛おしく思えた。

気づけば、自分で自分に、見えない鎖をかけていた。

『こうするべき』『こうしないと嫌われる』『こんなこと言ったら変に思われる』

その鎖は、他人からかけられたんじゃなくて、自分が自分にかけたものだった。
しかも、何重にも、きっちりと。
 

「それに気づいただけでも、進歩ってことでいいかな」

信介は立ち上がって、流しに残っていた昨日のカップを片付けて、もう一杯コーヒーを淹れ直した。

今度は、ちょっと熱めに。

「クセを変えるってのは、味の濃さを調整するみたいなもんかもな」

ちょっとだけ濃くしてみる。
ちょっとだけ熱くしてみる。

今までぬるかった現実に、ちょっとだけ熱を加えてみる。

すぐには劇的に変わらなくても、ほんの少し温度を上げるだけで、何かが動き出すかもしれない。
 

信介は、新しく淹れたコーヒーの湯気をぼんやりと見つめた。

「見えないクセって、見えない鎖だな」

そうつぶやいて、カップを両手で包み込んだ。

湯気の向こうに、少しだけ明るくなった空が見えた。