平城遷都1300年祭 何のために何をするの?
こんばんは
今日は暑かったですね![]()
湿り気を帯びた蒸し暑い日差しが奈良盆地に居座って、非常に不快指数が高かった気がします。
さて、今日は去年の秋に平城遷都1300年祭について話したことを再掲載してみたいと思います。
↓
まぁ結論から言うと、コンセプトから事業内容に至るまで不透明な部分があまりに多すぎます。
事業協会は計画されている事業の数々を、果たしてどう実行していくのか、私たちは奈良に住まう者としてしっかり見つめていく必要がありそうです。
まず、コンセプトは端的に表現されてます。
“祝う”
“感謝する”
“考える”
何を祝うの?何を感謝するの?何を考えるの?
どこかに書いてあるかも知れませんが、あいにく私たちには伝わってきていません。
横浜開港100周年のとき、横浜市は市内に住む子供たちに記念の鉛筆を配ったそうです。
「この街は、港から始まったんだ」
子供たちはそれを実感し、50年たった今も、鉛筆を大切に持っている方がおられるそうです。
奈良も・・・
ここに都が置かれて1300年がたった・・・
ということを、深く感じる場面を演出して欲しいですね。
(中略)
奈良には“もてなし”がないとよく言われます。
たしかに、おとなりの京都はお高くとまってはいますが、大変に熱心でサービス精神旺盛です。
それに、そういう魅力がしっかりと伝わってます。
奈良は、街全体に“もてなし”の空気がないのもありますが、素敵なところが発信できてない部分もあると思うのです。
奈良の良さを知ってもらおう、奈良を元気にしようとしている方はいっぱいいます。
迎える側
迎えられる側
双方の利益になるイベントにするという視点は欠かせないでしょう。
経済効果だって試算されてますが、旅行の目的は1300年祭見学だったとしても
夕食は大阪!
宿は京都♪
というんでは、お金は大阪京都にしか落ちないわけですから。
奈良に住まう人たち=迎える側にメリットを与えなければなりません。
もちろん、迎える側も各自で努力をしなければなりません。
本当の意味で、“心から”祝い、感謝できるお祭りにするには、この視点が欠如していてはいけないんだと思います。
と、こんなことを言ってました。
半年経ちましたが、そんなに考えは変わってませんでした。
ま、イベントが開幕したので、予想より良かったところ、悪かったところは出てきましたよね。
結局、満員のバスに揺られて観光客が大挙し、記念撮影して暑さにぐんなりし、食事に困り、なんだかんだ大騒ぎして、静かに“祝う”ことも“感謝する”ことも“考える”こともないようなのが、現実ではないでしょうか?
会場を見れば、
過剰に配置された警備員とスタッフが、はっきり言って鬱陶しい。
確かに、会場の安全は守られているのかも知れませんが、会場を歩くルートもすべて決められているし、自転車で来ても会場に入ったら、空いているのに“下りろ!”と怒鳴られる(-""-;)
お金払ってレンタサイクルに乗った人は、この状況に満足しているのでしょうか?
こういった問題が出てきているのではないでしょうか。
まあ問題点もあれば、良い場所もあるんで、楽しめるんではないかとは思います。
あとは観光客のマナー、受け入れ側のもてなし意識をどう改善させていくかですね。
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我が家のふるさと京都仏光寺
今朝、奈良に戻ってきました。
高速バスで、今朝京都駅に到着。
そのまま、地下鉄烏丸線に乗り四条で下車、仏光寺へ向かいました。
四条通より2本南側、仏光寺通りが東西に伸びています。
四条烏丸から歩いて5分くらいで、仏光寺に着きます。
仏光寺通り
清水寺や金閣寺とちがい、観光客が来るようなこともない、敷地規模でいえば小さなお寺ですが、全国に多くの信者を持つ真宗仏光寺派の本山です。
そういう私の家も真宗仏光寺派。
先週亡くなった母方の祖父の家も仏光寺派です。
当然、葬儀には檀家になっている仏光寺派のお寺から、お坊さんがお経を読みに来られました。
そんなことを通して、今まではそんなに関心がなかったのですが、我が家のふるさとともいえる仏光寺を訪れてみたくなりました。
御影堂門
大師堂
親鸞聖人座像があります。
本堂の前には大きなイチョウの木があります。
すき
きらい
できない
わからない
まよいだらけ
こんなわたしを
このまままるごと
すくってくださるの
“南無阿弥陀仏”と唱えればどんな者でも救われるという浄土真宗の教えらしい標語ですね。
しかし、そんな阿弥陀さまの慈悲の心に甘えて怠惰な生活にならないよう、幸せな今に対する感謝の気持ちで拝み、その気持ちを日常生活に反映させていきたいですね。






