農村とともに・・・ヤギ@奈良市高樋町
こんにちは
突然ですが!
ヤギというと
牧場にいる動物として有名ですね。
日本の農家でヤギが家畜として飼われているイメージはあるでしょうか?
そういうイメージはあんまりないんじゃないですかね。
しかし、ここではヤギを飼っていました・・・
ここに「粟」という大和野菜のレストランがあります。
有機農業と地産地消を徹底的に推進していて、完全予約制の超人気店です。
私は去年の夏に行きました。(参照:清澄の里「粟」に行きました )
「粟」で、ヤギが飼われています。
ちょっと意外な気がしますが、ヤギは粗食に耐えることができ、険しい地形でも生き残れる強靱な肉体を持っているそうです。
それで、家畜として重宝されているんですね。
それを裏付けるように、ユーラシア内陸部の遊牧民のあいだでは、ヒツジ、ウシ、ウマ、ラクダとともに五畜の1つに数えられているそうです。
日本でも、明治以降ヤギの家畜が盛んになり、ヤギは乳量が多いため牛乳の代わりに飲まれていた時期もあったそうです。
そのためヤギが「貧農の乳牛」と呼ばれた時期もあったそうですが、高度経済成長期以降はヤギが家畜として飼われることも少なくなったようですね。
日本人が裕福になるにつれて、乳牛は当たり前に手に入るようになり、ヤギの乳で代用する必要がなくなると、日本の農家からヤギはその姿を消していったのです。
大和の朝は茶粥で明ける
奈良名物といえばいろいろありますが、とくに有名なものの1つに“茶粥”がありますね。
“大和の茶粥、京の白粥、河内のどろ食い”という言葉があるそうです。
弘法大師が唐から持ち帰ったお茶の種を植えたことに始まる“大和茶”は大和の名物になっていました。
江戸時代、上納したお茶の残りでごはんを炊いたのが、茶粥のルーツといわれているそうです。
奈良の名物とはいっても、奈良時代発祥ではなかったのですね。
奈良というと、古代のものばかりをイメージしてしまうのは私の悪い癖です(笑)。。
中世、近世にも奈良には奈良の歴史があったわけですから、その頃名物が生まれているというのも当然といえば当然です。
京都では、お客に出すものがないとき(帰って欲しいとき)に、「ぶぶ漬けでも食べてっておくれやす」というようですが、奈良では「茶粥でも~」というそうです。
お客さんに「もう茶粥くらいしか出せませんよ」と言うわけですから、それだけ、客には出さない家庭的で素朴な料理だったということですね。
それでも今は、奈良の名物ということで観光客に喜ばれ、一般の飲食店でも出されるようになっています。
私が初めて茶粥を食べたのは、去年の今頃でした・・・
「粋庵」というお店でした。
茶粥の他、そばなどの和食のお店だったと思います。
茶粥の感想は、率直に言うとそんなに美味しいとは思いませんでしたが、奈良の食文化を知るという意味で、一度は食べることが出来てよかったと思っています。

今井町散策のついでに立ち寄られると、より奈良の暮らしを感じられるかも知れません。
また、結構お手軽に作れるようなので、家庭で茶粥づくりに挑戦されるのもいいでしょうね。
参考:茶粥特集(http://www.narakko.com/tokusyuu/tyagayu/tyagayu1.html )
茶粥とともに目を覚まし、大和の朝を体感してみてください。
奈良の巨木・名木④八ッ房杉(宇陀市)
こんにちは
蒸し暑い日が続きますね(-"-;A
ジメジメとした気候は嫌になってしまいますが、これから3ヶ月くらいは暑さとの闘いですね。
さて、私の趣味ですが、「奈良県の巨木・名木」。
第4弾は、宇陀市の八ッ房杉。
国の天然記念物に指定されています。
宇陀市(旧菟田野町)の自然豊かな里山にあります。
杉は、桜実神社の境内にあります。
桜実神社の祭神は木花咲耶姫(このはなさくやひめ)で、神武東征の際に「菟田の高城(うたのたかき)」に神武天皇が陣を張られたときに、この杉が植えられたと伝わっています。
八ッ房杉は、名前の通り、8本の幹が根元から伸び、絡まり合っています。
杉というのは、1本の主幹がすらりと伸びたスマートな形が多いですが、八ッ房杉は大変複雑な樹形をしています。
幹のうちの何本かは支柱が設えられ、樹勢の衰えを感じさせます。
高千穂を出発し、ヤタガラスに導かれて熊野から上陸した神武天皇が休息したとされる菟田野。
2006年、大宇陀町、榛原町、室生村と合併し、“宇陀市”となりました。
神社と里山、そして巨木。
そんな大和高原のむら歩きも良いですよね。
【DATA】
名称:八ッ房杉
樹高:14,0m
幹周:9m
樹齢:300年以上(環境省)
文化財指定:国指定天然記念物
現地案内板:あり
所在地:宇陀市菟田野区佐倉









