北朝鮮と南朝鮮
先日マスコミ完成披露試写会があった「戦火の中へ」は、はげしい戦闘シーンの中に、同じ民族でありながら争う朝鮮人の悲哀を感じ取ることが出来る映画でした。
しかし、もともと同じ国であった朝鮮が、どうして今のような状況になっているのか?
半島情勢が揺らいでいる今こそ、その歴史を振り返る意味があるように思います。
昨年の10月に、大阪城公園でやっていたONE KOREA FESTIVAL。
毎年やっているそうなので、今年もあったと思います。
韓国をはじめタイやトルコ、インドネシアなどの料理を売る屋台が出ていて、賑わっていました。
私の印象に残ったのはここ
そうですね。
韓国が併合されたのは1910年、2010年で併合から100年の節目です。
この写真展を主催していたのは「韓国併合」100年市民ネットワークつまり、韓国側の団体です。
日本に対する怨念のにじむ文章で、写真展開催の挨拶をしています。
↓
植民地支配の35年間、日本は朝鮮という国家そのものを消滅させ、丸ごと吸収していました。自然だけでなく、モノも、文化も、そして人生そのものまで奪い、思いのままにしました。朝鮮半島の人々の犠牲と苦労は、計り知れないものでした。
日本の敗戦によって、植民地支配は終わりましたが、その後64年の間に起こった出来事によっても、過去の負の遺産を完全に払拭するまでには、なお至っていません。
そして、このネットワークは、「反省と和解のための市民宣言」を発表し、日本の市民に現状を知ってもらい、署名活動を行っているそうです。
この人物は「悪の象徴」扱いです↓
韓国では、切手になるほどの英雄みたいです。
イベントには、南北が和解し「ひとつの朝鮮へ」という願いが込められています。
もともと、南朝鮮(韓国)も北朝鮮もひとつの国だったのに、38度線によって家族同士が分断され、違う国家の下で全く違う生活を強いられているのが現状です。
ケチ?堅実?な若者
今日、yahooニュースで見かけたこんな記事。
消費を悪と考える「嫌消費」世代が市場で台頭!景気を低迷させかねない“買わない心理”とは
ダイヤモンド・オンライン 12月8日(水)8時30分配信
若者がモノを買わなくなった――。最近、時折耳にするフレーズである。ファッションも食も極力節約し、自動車も買わず、旅行にも行かず、せっせと貯金に励む……そんな若い世代が、消費市場の新しい主役となりつつある。
そんな現象を裏付けるような書籍が、2009年11月に発表されている。「クルマ買うなんて バカじゃないの?」――帯文のそんな刺激的な惹句が話題となった『「嫌消費」世代の研究』(東洋経済新報社)がそれだ。発売以来、順調に版を重ねている。
著者は、ジェイ・エム・アール生活総合研究所の代表である松田久一氏。長年、情報家電産業や食品などの業界で、リサーチやマーケティング、経営戦略などに携わってきた人物だ。
本書によれば、「嫌消費」現象とは、「収入があっても、何らかの嗜好によって消費しない傾向」のこと。80年前後生まれ、現在20代後半の「バブル後世代」が「嫌消費」世代に該当するとされる。興味深いのは、彼らの中には低収入層の非正規雇用者だけではなく、しっかりした収入もあり、正規雇用者が多く含まれることが特色であるという。
その普通の若者たちの「嫌消費」ぶりは、我々の想像をはるかに上回る。たとえば、インポートブランドよりも服はインターネット通販で買う、クーポンがないとカラオケやレストランには行かない、外食よりは1人でも家で鍋がいい、身体に悪いアルコールはいらない、といった具合だ。
彼らはいかにして、このような消費性向を育んできたのか? それは彼らが成育した時代背景に密接な関係があるという、松田氏の指摘が興味深い。
精神の自立の時期として重要な10代で、「阪神・淡路大震災」「地下鉄サリン事件」「いじめ自殺」「金融ビッグバン」などを経験。とりわけ「いじめ問題」は彼らに深刻な影を落とし、「目立たず、空気を読んで、できるだけ深く関わらず」暮らしていくことを余儀なくされた。彼らは、何より仲間からバカにされることを恐れ、周囲から「スマート」と思われたい願望が強いという。
そんな意識が「上昇志向」や「競争志向」「劣等感」を醸成し、「他人の顔色を見て行動する」「無理をしても他人からよく思われたい」という意識に繋がる。こういった時代体験から、共通の世代心理が生まれ、未来や将来への漠然とした不安が広がり、消費マインドが抑制されるというのだ。
この嫌消費世代の消費性向は、企業や社会にも大きな課題を提示し、日本経済全般にマイナスの影響を及ぼすことが懸念されている。たとえば、自動車産業の生産額の縮小に比例する雇用喪失分は、約1万3000人に相当するという。ただの節約とは違い、消費そのものが嫌いな彼らは、産業界の脅威にさえなり得る存在だ。
その一方で、これまでの世代の過剰消費とは対極にある無駄のない「コンパクト」な消費スタイルが、海外の人たちの目には「クール」に映っているという著者の持論も、目を引くものだ。
周囲の空気を読みながら上昇することを目指し、ネットワークを広げながら、競争社会でサバイバルして生きていく。そんな「嫌消費」世代が、日本の市場をどのように変えていくのか?
ただのケチではない、「クールな消費者」としての新しい日本人像が生まれたように感じるのは、享楽主義のバブル世代である筆者だけであろうか?
(田島 薫)
この記事がかなり鋭いことをいってるなあと思うのが、「他人の顔色を見て行動する」「無理をしても他人からよく思われたい」というもの。
私はあんまり他人によく思われることに執着しないし、そもそもそんな願望がないのですが、大半の人は上記に当てはまっていますね。
前、ビートたけしが本で面白いこと書いてたんですが、最近の人間は個性がない!といってましたね。
みんな同じような顔をしてて、葉っぱの色と同化して敵を避ける昆虫みたいなもんだと皮肉ってました。
確かにどこに行っても同じような顔立ち、同じようなファッション・・・
雑誌やらのトレンドに強く影響されて、みんなと同じになろうとしているといえます。
ただ、そこからなぜ「嫌消費」につながるのかっていうのが、この記事だけではよく理解できなかったんですが、とにかく目立たないように、同等に、均質に、とやっている結果なのでしょうか。
かくいう私もあんまり積極的に消費したくないわけでして・・・
まあ将来不安ですね。
バイト代や仕送りは出来る範囲で貯蓄にまわすという・・・
でも、がっぽり儲けてがっつり使う人がいて経済は回るので、みんながみんな「嫌消費」に回ったら、経済の沈滞が凄まじいことになるんでしょうね。
かといって、生活の必需品が全部揃ってもなお消費しようと思う人は、今のご時世少ないんじゃないでしょうか・・・?
エコロジーでエコノミーは流行りだし私も好きですが、家でじーっと息を殺していればエコロジーでエコノミーってことですからね。
景気は良くなりませんよね。
どちらが正解なのかではなくて、個人の価値観で選択したいことですね。





