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大阪都・中京都


yahooニュースにあったこんな記事 ↓


大阪都・中京都構想「迷惑千万」と石原都知事

読売新聞 12月11日(土)9時58分配信


 大阪府の橋下徹知事と名古屋市の河村たかし市長がそれぞれ掲げる「大阪都」「中京都」構想を巡り、東京都の石原慎太郎知事は10日の定例記者会見で、「国の政府があるところが首都で、二つも三つも都があるわけがない。東京にとっては迷惑千万だ」とけん制した。

 橋下知事は、河村市長とともに大都市圏の活性化を打ち出すため、来春の都知事選を含め、選挙でも連携する意向を表明していた。

 石原都知事は、「政令都市を抱えている知事は非常にはかないもの。その気持ちは分かるが、都と呼ぶ限り賛成できない」と述べた。

(参照URL:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101211-00000192-yom-pol




いつも毒舌の石原都知事ですが、相変わらず舌鋒鋭いですね。


東京都民が「迷惑千万」かどうかはともかくとして、“都”というものが3つ存在することがどういう意味を持つのかについては、大いに興味がありますね。



1つの国に複数の都がある政治制度を“複都制”といいますが、その歴史はローマ帝国の分割統治に始まり、中国などアジア諸国でも採用されました。


中国では、南北朝時代に、北周が長安を都、洛陽を陪都とする複都制がとられました。

この制度は、隋も引き継ぎ、唐の時代ではこれに加えて北都として太原を加え、三京となりました。



日本も、かつて中国にならって複数の都が置かれていた時代があります。


たとえば1300年前、平城京に都が置かれたときに“副都”として難波京が置かれました。

今の大阪市にあたる難波京は、副都として、また遣唐使の港として栄えたのでした。

しかし、長岡京に遷都された際に難波京は廃止されました。


また、都が平安京に移った後、平安末期には平清盛が貿易の中心地となる福原(神戸市)に福原京を置き、平安京が副都となった時代もありました。

しかし、この時期は平氏政権末期でもあり、わずか半年で都は平安京に還ったのでした。



このように、過去に都がいくつかあった例はあるので、国の政府があるところ=首都という発想は合っているにしても、国の政府が1ヶ所に集中させるとは限らないわけですね。


ですから、構想の中身によっては日本が“三都の国”になることはあり得ないことではないんだと思います。

法華寺町へ

今日は、奈良市法華寺町で、県と地域住民の協働でつくるマップに使う写真撮影をしました。


天気が良かったので風景もきれいに映えて見えました晴れ



奈良逍遙

ウワナベ古墳(陵墓参考地)

国道24号線沿いにあります。


奈良逍遙
仁徳天皇皇后磐之媛命 平城坂上陵

ほとんど知られていないスポットだと思います。

訪れる人も、地元の方が散歩してるくらい・・・



奈良逍遙
海龍王寺



奈良逍遙
法華寺境内にあった阿弥陀浄土院跡地

かつては法華寺の境内だったこの地も、今は、住宅地と田畑になっています。


法華寺町全体が、かつては法華寺だったといえます。



少し、足をのばせば平城宮跡・・・


奈良逍遙

マーケティング調査

こんばんは三日月


今日も寒かったですね。


今日は、奈良ロイヤルホテルにて、奈良の観光マーケティングに関するミーティングがあって、事務局として出席してきました。



奈良逍遙



先々月から奈良市内の10数カ所のホテルで、宿泊客を対象にアンケート調査を実施しました。


その結果を受けて、大学教授や観光分野の方、ホテル経営者などの面々で、奈良の観光はどうあるべきか、どうしていくのかについて話し合いました。


中間結果としては、「観光客がまた来たいと思えるほどの満足を得られるもてなし」を推進していこうとのことです。


奈良観光に問題点が多いのは百も承知のことですが、1300年祭の熱が冷めないうちに、それを革新する流れが必要かもしれませんね。

それにしても、奈良の観光業界にはいろいろな人がおりますので、いろいろありそうです。