しんだい
おはようございます。
昨日から、とてもない寒さですね(>_<)
雪が降るほどの寒さだと、新潟県人の肌でも実感できます。
さて、今日の話題は「しんだい」。
「しんだい」といえば
新潟大学!だと思っていました。
しかし、全国的には「しんだい」といえば信州大学のことで、関西圏では神戸大学のことになるんだそうですね。
関西の人は「しんだい」は信州大学も新潟大学でもない!と自信を持って言うし、新潟の人にとっても新潟大学以外を「しんだい」というのは違和感があります。
うーん・・・
それにしても、知名度としてはさして高くないと思われる信州大学が、「しんだい」の称号を得ているとは不思議。
しかも、新潟大学=しんだいが、新潟周辺でしか通用しないってのもショッキング。
「にいだい」とか「がただい」とかありえんわ~( ´艸`)
今は昔?名古屋飛ばし
名古屋人にとっては非常に不名誉な言葉「名古屋飛ばし」。
昔から、三大都市圏の中枢を担う街でありながら、他の年で開催されるイベントが開催されなかったり、新幹線などの交通機関が名古屋駅に停車しなかったり、冷遇されてきたことを示す言葉です。
新幹線のぞみが、新横浜には停車するのに、時間帯によっては名古屋には止まらなかったそうですが、地元関係者が猛抗議をして、現在は東海道新幹線の全列車が名古屋駅に停車します。
これを機に、「名古屋飛ばし」という言葉が一般化したそうです。
でも、全国の中で名古屋の存在感が薄いというのも今は昔のことかも知れないですね。
東京に追いつけ追い越せと行っていた大阪人も、今は名古屋に追い越されるのが心配という冗談を聞いたことがあるし、名古屋市の地方行政でも、人件費削減という一番やりにくそうな課題に、市長が真っ正面からつっこんでますね。
<名古屋市リコール>住民投票が確定 有効署名、法定数超す
毎日新聞 12月15日(水)14時6分配信
名古屋市議会解散請求(リコール)署名の再審査は15日、有効署名が法定数36万5795人を上回り、政令指定都市の議会では初の解散の賛否を問う住民投票実施が確定した。14日までの審査で法定数まで1835人分に迫っていたが、15日の昭和、千種、港区選挙管理委員会の審査で有効署名がさらに2317人分増えた。残る区選管でも15日に最終委員会が開かれ、市全体の有効数が確定する。
リコール運動を進めた河村たかし市長の支援団体は今月下旬ごろに本請求し、住民投票は11年2月に実施される見通し。河村市長は自ら辞職して出直し市長選に立候補する意向を示しており、2月6日投開票の愛知県知事選と市長選、住民投票がトリプル投票になる可能性もある。住民投票で投票者の過半数が解散に賛成すればリコールが成立し、3月に出直し市議選が行われる。
河村市長は、恒久的な市民税減税や議員報酬半減などを訴えて議会と対立。市長の支援団体がリコール運動を進め、8月27日から1カ月間で46万5000人分余りの署名を集めた。だが11月24日発表の市選管の審査結果では有効署名は法定数に1万2004人分届かず、支援団体などによる異議申し立ては延べ約3万2000人分に上り、各区選管が再審査をしてきた。【丸山進】
(http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20101215-00000044-mai-soci
)
住民投票の制度が最も早く利用されたのは、新潟県の巻町で原発建設の是非を問うたときでしたが、このときも原発推進派だった当時の町長がリコールされて退職していますね。
結局、原発計画は頓挫し、住民に移転してもらって確保した日本海沿岸の用地は寂しい廃村となっています。
このように、住民の票の力で地方行政を動かすというのが、地方部の町村ならともかく、名古屋市という大都市の行政が大きく動くという、歴史的瞬間を迎えようとしているんではないかと思います。
名古屋から地方行政のあり方が変わっていく可能性が秘められているような気がします。
トンネルを抜けると・・・
こんばんは![]()
今日は、珍しく、柄にもなく文学のお話をしたいと思います。
川端康成がノーベル賞を受賞するきっかけになったといわれる名作「雪国」。
舞台は新潟県の小さな温泉町ですが、その温泉町とは康成自身が訪れた越後湯沢です。
今では越後湯沢というと、温泉街があり、スキーリゾートでもあり、関東圏の方々にはなじみの深い地名かも知れません。
しかし、康成が訪れた当時は、旅館が1~2軒程度しかない湯治場だったのです。
国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。
夜の底が白くなった。
信号所に汽車が止まった。
国境の長いトンネルとは、上越線の水上~越後湯沢間にある清水トンネル。
難工事の末出来たトンネルです。(詳しくは大陸侵略ルート 上越線 参照)
文学散歩道ということで、案内柱も設置されています。
康成は越後湯沢を訪れる前日、当時から賑わっていた水上温泉に宿泊し、宿の主人からここから汽車に乗って国境を越えると別世界だということを聞き、新潟まで足を伸ばしたそうです。
温暖な関東を山ひとつ隔てただけで、白銀の銀世界となっていた越後の大地に、康成はきっと感動したのでしょう。
「信号所に汽車が止まった」の信号所とは現在の土樽駅のこと。
当時は駅ではなく、旅客の扱いがなかったようです。
この他にも、越後湯沢の温泉街には「雪国」に登場する風景がたくさんあり、歩いてみて楽しいと思います。
ちなみに、作品中に出てくる“駒子”にはモデルが存在するそうです。
作品に登場する、「神の武器のような」といわれた大杉のある諏訪神社に行ったときに、散歩していたおばあさんと雑談していたら、教えてくれました。
「あんころは、越後湯沢でも宿はあそことあそこしかなくて、駒子さんはあそこんとこで下宿してたんですいね」
今は、諏訪神社の大杉より高い位置を高架の上越新幹線が走り、関越自動車道を行き交う車の音が遠く聞こえてきます。
「そりゃあ、あのころとは変わったですよ」
長い長いあいだ、この街に住んでいたおばあさんの言葉ですから、大変な重みがありました。
そのできごとは、5年くらい前のことです。
今でも、元気に散歩しておられることを願います。




