失敗の彼女
売店の目の前の砂浜で、4人の男たちが2人の女の子をナンパしていた。
何を話しているのかはわからないが、彼女たちは笑っている。
一応盛り上がっているようだ。
やがて6人揃って売店にやって来た。
その中のちょっとお酒の入ったにぃさんが、
「おにいさんビールちょうだい。お前らもビールでいいよな。」
と仲間の男たちに言い、ナンパした女の子たちにも
「何でも好きなもの頼んでいいよ。」
と言った。
彼女たちはジュースを頼んだ。
オレが、
「遠慮しないでビールでも頼めばいいのに。」
と言うと、
「あたしたちまだ飲めないんです。」
とジュースを手にした。
「まだ?」
オレはにぃさんを見た。
すると、
「失敗した~!まだ未成年なんだよ。18才なんだってさ。」
一瞬、成人かと思ったが、よく見ると確かに未成年だ。
最近は未成年に無理やり酒を飲ませる奴らもいるが、このにぃさんたちは酔ってはいても未成年に酒を飲ませるようなマネはしなかった。
オレは彼女たちに、
「ねぇさんたちは失敗らしいよ。」
と言うと、
「ひどいよね。自分たちから声かけておいて。」
と笑っている。
ビールとジュースを買った6人はそのままビーチに戻って行った。
そして、元の場所でまた盛り上がっていた。
しかし、この日は雨が降ったり止んだりの繰り返し。
それもかなりの豪雨。
どこかで雨宿りでもしているのか、いつの間にか6人の姿も消えていた。
そのまま彼等の姿を見ることもなく、閉店時間が近づいてきた。
まもなく閉店という頃になって彼女たちがやって来た。
売店のオレを見つけると、
「あっ、おにいさん。さっきのお兄さんたち見ませんでしたか?」
と聞いた。
その手には、紙皿に乗った焼おにぎりを持っている。
「あれから見てないけど。焼おにぎりなんか持ってどうしたの?」
「いろいろご馳走してもらったからお礼に食べてもらおうと思って。」
一度は上がった雨だが、少し小雨が降りだした。
オレは焼おにぎりが濡れないようにビニール袋をあげた。
「ありがとう。もうちょっと探してみます。」
と言ってまた歩き出した。
売店に戻ってしばらくすると、さっきのにぃさん私服に着替えてやって来た。
もうアルコールも抜けていた。
オレは、
「にぃさん、さっきのねぇさんたちが探してたよ。」
と言った。
「そうなの?なんだろ?」
と不思議そうにしている。
「約束してたんじゃないの?」
「いや。雨も降ってきたし、帰る準備もあるからあれからちょっと遊んで別れたんだよ。」
と言った。
「おにいさん、連れの連中が来るまでここで待っててもいいかな?」
「いいよ。なんでここ?」
「車をこの近くに停めてあるらしいんだよ。」
と言って、
にぃさんはビールではなくお茶を買った。
やがて、他の仲間もやって来た。
みんなお茶やジュースを買った。
今日はもう飲まないようだ。
テーブル席で帰る前のひと休みをしている。
オレは売店からビーチを見た。
まだにぃさんたちを探しているねぇさんたちの姿が見えた。
オレは彼女たちの所に行き、
「にぃさんたちが来たよ。」
と教え、
「にぃさん!」
と呼んだ。
こっちに向かって歩いてくるにぃさんを見つけると、
オレに、
「おにいさん、ありがとう。」
と言って走り出した。
にぃさんたちも彼女たちの前に行き、
「どうしたの?探してたんだって?」
と聞いている。
「今日はいっぱいご馳走になったからお礼しようと思って。これ食べてください。」
と焼きおにぎりを差し出した。
「えっ!?ホントに?」
と驚いていた。
「ありがとう!うれしいなぁ!」
と言って、にぃさんたちはうまそうに焼きおにぎりを食べていた。
オレはその光景を見ながら、
こういうこともあるんだなぁと思った。
にぃさんたちもこういう経験は初めてだったのか、焼きおにぎりを残さず食べ、別れ際にはジュースを買ってあげていた。
あのにぃさんは、彼女たちを失敗と言っていた。
だが、彼等にとって彼女たちは大成功だったと思う。
彼女たちの感謝の気持ちは、彼らにも届いたことだろう。
約束の500円玉
オレが売店でお客さんの対応を終えたとき、その横を水着の女の子がすーっと通りすぎようとした。
気付いたオレはジュースを冷やしている冷水を指でピッと彼女に向けて飛ばした。
彼女は、
「キャッ!」
と言って、
「気づいてたの?」
とこっちを見た。
以前、奥さんと呼ばれたねぇさんが、また遊びに来てくれた。
「わかってたよ。ねぇさんたちが入って来るのが見えたからね。」
「あ、今日はねぇさんて呼んでくれるんだ。」
「奥さんていうのも呼びにくいし、やっぱりねぇさんにはねぇさんのほうがシックリくるんだよね。」
「ありがとう。じゃぁ、今日はちょっとだけ好きになってあげる。」
と言ってチュッと投げキッスをした。
オレはそれを手で受け取り、食べるマネをした。
そして、
「なんかビールの味がするぞ。もう飲んでいるのか?」
と聞いた。
「まだ飲んでないよ。あとで買いに来るね。」
と言って、彼女は一足先にビーチに出ていたお姉さんの所に行った。
それからしばらくして、彼女が売店にやって来た。
「おにいさん、生ビールちょうだい。」
「泡は少なめだったよな。」
オレは彼女の前にビールを置いた。
「ハイ、じゃこれで。」
500円玉を出した。
「おっ?覚えてたのか。」
「だってこの前言ったでしょ。今度来たときに使うからって。」
「横着なねぇさんはホントは律儀なねぇさんだったんだな。」
「約束は守ったからね。」
と笑い、ビールを持ってビーチに戻って行った。
それと入れ替わるようにお姉さんがやって来た。
「今回も二人揃って来てくれたんだ。ありがとう。」
と言うと、返事もそこそこに、
「あのコ、今500円玉で払ったでしょ?」
と聞いてきた。
「あぁ、この500円だよ。」
と見せた。
「やっぱりね。」
とお姉さんが言った。
「これがどうかしたの?」
と聞くと、お姉さんが話してくれた。
数日前のこと、
彼女たちが二人で買い物に出かけた。
お姉さんが支払いをしようとした時、小銭がなかった。
「あんた、細かいの持ってたよね。ちょっと貸して。」
とねぇさんに言ったら、
「これはダメ。使えないの。」
と言って貸そうとしなかった。
「なんで?いいじゃん貸してくれても。」
「ダメなの。これは海の家のおにいさんの所で使うって約束したから。」
と貸してくれなかった。
そんな話をしてくれた。
「へぇ~、そうだったんだ。」
オレは彼女が使った500円玉があの日のものだとは思っていなかった。
初めて彼女たちがここに来たのは梅雨明け前だ。
それから数えると、彼女は約1ヶ月もの間あの500円玉を使わずに持っていたことになる。
「あのときの事をそこまで思ってくれていたんだ。それは感謝しないといけないな。」
「あのコ、ビールこぼしちゃった事を気にしてたからね。おにいさんお金も受け取らなかったし。」
とお姉さんが言った。
「別に大したことじゃないよ。」
オレはお姉さんに、
「あとで二人でおいでよ1杯ご馳走するから。」
「いいの?」
「いいよ。ただ今の話はオレは聞かなかったことにしておくから。ねぇさんには言わないでくれよな。」
とお姉さんに言った。
それからしばらくして彼女たちがやって来た。
ねぇさんが、
「おにいさん、ビールちょうだい。」
と言った。
オレは、
「ねぇさんたちの顔も見れたし、今日は気分がいいからご馳走するよ。」
「いいの?なんで?どうして?」
と不思議そうにしている。
「ねぇさんが約束を守ってくれたからね。」
「それだけで?」
「それだけじゃ理由にならないか?イヤならいいけど、でも今度ビールをこぼしたらしっかり2杯分払ってもらうからな。」
と言うと、
「ヤダ!ご馳走になる。」
と素直になった。
その横ではお姉さんが笑っている。
オレは彼女たちの前にビールを置いた。
ねぇさんも今度はこぼさなかった。
それから彼女たちは閉店近くまで海で過ごし帰って行った。
その後、お姉さんが彼女に今日のことを話したかどうかは知らない。
多分、この夏にはもう彼女たちには会えないだろう。
もし来年の夏、彼女たちに会うことができたらその時にお姉さんにこっそり聞いてみよう。
あれから何年
梅雨明け前のある日、
「ヤッホー!おにいさん!また来たよ~!」
売店にいるオレに女の子が声をかけてきた。
オレは1年ぶりに見る懐かしい顔に、
「おぅ、いらっしゃい!あとで行くから適当に空いてる席で待っててくれ。」
と言った。
この数分前。
海に向かう信号を二人の女の子が歩いていた。
道路を渡りビーチに出る。
海の家の前に立って片方の女の子が、
「ここだよ。」
と言った。
バイトの「いらっしゃいませ!」の言葉に軽く会釈をして、そのまま海の家に入って行った。
「そんなに勝手に入っていっちゃって大丈夫なの?」
ともう一人の女の子が聞いている。
「大丈夫大丈夫、あたしここのおにいさん知っているから。今日もいると思うよ。」
「思うって、連絡してなくてホントに大丈夫なの?」
「連絡先知らないから。ほら、売店にいるブルーのTシャツを着てる人だよ。やっぱりいた。」
そう言って売店に向かって歩いて行った。
そして、売店にいるオレに向かって、
「ヤッホー!おにいさん!また来たよ~!」
と言った。
彼女たちの席に行くと、一緒に来た女の子がそんなことを話してくれた。
この女の子、
このブログに何度か登場しているビール好きのねぇさんだ。
今年もこのねぇさんがやって来た。
オレたちはそこでしばらく話をした。
「ねぇさん、相変わらず黒いなぁ。まだ梅雨も明けてないのにどこで焼いてくるんだ?」
「これ?これは通勤焼け。」
「なにが通勤焼けだよ。ねぇさんビキニで通勤してるのか?」
「そうなの。ビキニで通勤してるの。」
「そんなの誰も見たくないってよ。」
彼女は笑っている。
オレは、友達のほうを見ながら、
「こっちのねぇさんは初めてだよね?」
と聞いた。
「おもしろいおにいさんがいるから一緒に行こうって誘われて。」
と言った。
オレは、
「誰がおもしろいおにいさんなんだよ!ねぇさんのほうがよっぽどおもしろいよ。」
とねぇさんを見た。
友達は不思議そうにこっちを見ている。
ねぇさんが、
「なに?」
と友達を見た。
「さっきから思ってたんだけど、久しぶりとか元気だった?とかじゃないの?だって一年ぶりなんでしょ?」
と言った。
オレは、
「ないなぁ。一年ぶりでもついこの前会ったばかりみたいに、また来たよ~!って来るから、こっちも、おう!の一言で済ませちゃってる。」
「そうだね。」
とねぇさん。
「だけどねぇさんがここに遊びに来るようになって長いけど、色白のねぇさん見たことないよ。」
「えーっ!そんなこと・・・」
その先が出てこない。
ここに来るときはいつも日焼けしてるからだ。
「ねぇさんがここに来てからどのくらいになる?」
「う~ん、最初は20代の前半だったから、もう10年越えるかなぁ。」
初めに女の子と書いたのは、今でも当時のイメージのままだからだ。
そんな流れから昔話になり、一緒に来た友達は自然とその話を聞くことになった。
「オレが覚えている一番最初の会話は、何度かビールを買いに来たねぇさんに、また飲むのか?よく飲むねぇ。みたいな事を言った気がするんだけど。」
「そうだよ。あたしは覚えてるよ。おにいさん他のお客さんとは話しているのに、あたしにはなかなか話しかけてくれなかったんだよ。で、何度目かで話しかけてくれたんだよ。なんで?」
「ただの酔っぱらいだと思っていたんじゃないかな。」
「そうなの?ヒドイなぁ。」
オレは本当に覚えていなかった。
「でも、そのひと言がきっかけで話すようになったんだよな。」
「そうだね。それからはあたしがビールを買いに行くたびに話してたよね。」
「だけど、何を話したか全然覚えてないんだよ。」
「あたしも。よっぽどくだらない話をしてたんだろうね。」
と笑った。
それを聞いていた友達が、
「そんなに長いのに名前も連絡先も知らないの?」
と聞いた。
「なんにも知らないよ。知っているのはお互い社会人で、休みが週末ってことくらいかな。このねぇさんがどこの誰かなんてことも知らない。」
「あたしも同じ。おにいさんが何者なのか知らないよ。知っているのは週末になると海の家のおにいさんをしているってことだけ。」
「それだけ?」
「うん、それだけ。夏になればねぇさんが遊びに来るだろうと思っているから。」
「あたしもにここに来ればおにいさんがいると思っているし。あっ、お盆休みだけは確認してたね。平日でも来れるから。」
「そうだな。」
「なんで何も聞かないの?」
「なんでだろう?名前を知らなくてもねぇさんとおにいさんていうのが普通になってるし、夏になれば会えるし。」
「あたしも。おにいさんからは夏しか想像できない。って言うか夏が近づくとおにいさんに合いに行こうって思ってるから。」
「ただ毎年会ってるんだけど、オレねぇさんの私服って記憶にないんだよ。ビキニ姿がほとんどで、私服っていうと来たときと帰るときにちょこっと顔を出すときだけだから。ほとんど裸しか見てないようなもんだな。」
「ちょっとぉ、誤解されるような言い方しないでよ。ちゃんとビキニ着けてるでしょ!あたしだっておにいさんのボロいTシャツ姿しか知らないんだからね。」
「ボロいって言うな。これは潮風で色褪せたんだよ。味があると言ってくれよ。」
「だけど、おにいさん変わんないよね。あの頃のまんまじゃん。あの頃から10歳は年とってるんだよ。」
「ねぇさんだってあの頃と変わってねえよ。毎年一目見ればすぐにわかるもん。」
そんなやり取りを聞いていた友達が、
「なんかいいね。そういうのって。」
と言った。
「じゃぁ、取り敢えず10周年ってことで1杯おごるよ。」
「取り敢えず10周年?相変わらず大雑把だねぇ。」
「ねぇさんだって覚えてないだろ?それにただで飲めることのほうが大事なんだよな。」
「まあね。」
そんなこんなで話も終わり、オレは売店に戻った。
ねぇさんたちもビーチに出て行った。
相変わらずビールを飲んで、いつもと同じように過ごしている。
そして閉店近くになると、
「じゃあね、おにいさん。」
「おう、またな。」
といつものように別れた。
最初に女の子と書いたのは、出会った頃と全然変わっていないからだ。
あれから何年もの時が過ぎた。
何年たっても変わらない彼女が嬉しかった。