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法輪寺からさらに1キロほど離れた場所に、もう一つの世界遺産法起寺があります。
法起寺まで、だらだらと歩いて行きました。とてものどかな光景が続いていて、このへんはあまり観光地らしい感じから程遠い風景です。



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向こう側の鉄塔の左側に、ちらっと木造塔が見えているのがわかるでしょうか。ここが日本最古の三重塔といわれる、法起寺三重塔です。もし法輪寺の三重塔が残っていたら、どちらが古いかの論争になっていたのでしょうか。



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三重塔を目印に歩いていましたので、あっさりと法起寺に到着しました。創建は飛鳥時代で、法輪寺と同じく山背大兄皇子が創建に関わっていると言われています。やはり法隆寺が総本山の聖徳宗のお寺ということになります。
この写真は法起寺の西門です。法輪寺にあった暖簾のような布がありませんね。



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はい、三重塔です。あ、ここに例の暖簾みたいな布がありました。未だにこの暖簾の意味がちゃんとわかっていないんですよ。高さ24mと、写真で見るより大きく感じました。
境内は小さな幼稚園のグラウンド(こんな表現でわかりますか?)ぐらいしかなく、小さな境内です。この三重塔がなければ、名も無き小さなお寺とあまり変わりがありませんね。そのぶん、なんだかやさしい雰囲気のただよう、暖かい感じの場所でした。
こんな小さな境内ですが、拝観料は必要です。文化財保護のため、ご協力お願い致します。


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ちょっと頭が切れてしまいましたが、法起寺三重塔の相輪です。法隆寺の相輪はとても複雑なデザインで有名なのですが、こちらは比較的シンプルなデザインのように思えます。
あと何と言っても、あの鎌はないんですよね。あれは法隆寺五重塔だけの特権でしょうか。

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三重塔の手前側に、石垣の壇が残っていました。鐘楼跡ということだそうで、境内には鐘楼らしき建物は見当たりませんでした。遠くから法隆寺の鐘の音が聞こえてくるのかもしれませんね。


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江戸末期に建てられた、聖天堂という建物です。発掘調査の結果、もともとこの場所に金堂が立っていたことが判明しています。



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こちらは江戸時代前期の建立である、講堂です。屋根にはシャチホコらしきものが見えます。白壁の感じが、法輪寺の金堂のようにも見えます。



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小さな境内に似合った、小さな収蔵庫がありました。こちらは中には入れませんが、窓越しに十一面観音像を拝むことができます。小さいけれども、文化財保護のために堅牢な作りになっているみたいです。



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さて、法起寺の参拝を終えて、また法輪寺へ戻る道を歩いて行きます。とてものどかな光景。丘のむこうには、法輪寺の方の三重塔が見えてきました。お寺の町だなあと思いつつ、ゆったりした気持ちになりました。

さて、続きは東院伽藍に近い、中宮寺の記事になります。

法隆寺の大宝蔵院を出て、東院伽藍へ向かう前に、同じ斑鳩町にある法輪寺へ行くことにしました。



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東院伽藍へ行く途中にある、東大門です。注意書きによると、日本最古の仏門だそうです。
日本最古と世界最古が、たくさん入り混じったお寺ですね。


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そのまま歩くと東院伽藍ですが、その途中に「斑鳩神社」の案内標識があります。法輪寺はその斑鳩神社の先にありますので、その標識に従って左折しました。


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法隆寺の境内をでて10分くらい歩いたところに、斑鳩神社がありました。
斑鳩神社は、平安時代に法隆寺の当時の管主が菅原氏の一族だったため、菅原道真公を祭った天満神社を創建したのが始まりのようです。つまり天神社であるようです。
このへんのエピソードからも、当時は寺院と神社が近しい関係性を持っていたことがよくわかります。


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斑鳩神社の拝所です。法隆寺の鎮守的な役割もあるため、現在まで法隆寺と近い関係を保っているそうです。
おそらく、法隆寺の僧侶たちもこの神社に参拝していることでしょう。
もちろん地域の守り神でもあるようです。


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斑鳩神社から更に北に向けた歩いて行くと、前方に三重塔が見えてきました。こちらがおそらく法輪寺だろうと思い、そのまま歩いて行きます。斑鳩町には、三重塔を持つ寺院が二箇所あるのですが、方向的には法輪寺ですね。



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着きました。やはり法輪寺でした。門にかけられたクリーム色の暖簾?が、法隆寺系列のお寺であることを表しているように思えます。
法輪寺は法隆寺が総本山である聖徳宗のお寺です。法輪寺は聖徳太子の子である山背大兄皇子が創建したとされていて、法隆寺と同時期くらいであったと言われています。


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法隆寺よりも小さな伽藍の中に、三重塔が立っていました。この三重塔は戦後の再建ですが、戦争中までは創建当時(飛鳥時代)の三重塔が残っていたそうです。ところが戦時中に避雷針を戦争の金属拠出で失った後に、1944年に落雷によって焼失したそうです。1975年の再建ですね。
もしその三重塔が残っていたら、法起寺の三重塔とともに法隆寺の世界遺産に登録されていたでしょうね。なんとももったいない。


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こちらは江戸時代再建の、金堂です。法隆寺の金堂に比べると、とてもこじんまりとしていて可愛らしいです。


斑鳩神社も法輪寺も、今回はじめての参拝でした。法隆寺に参拝する際には、今後も一緒にお参りしようかなと思いました。

このあと、世界遺産の三重塔を持つ、法起寺へと歩いて向かいました。
法隆寺西院周辺には、他にもたくさんの堂などがあるのですが、ここは後ほど紹介するとして、先に法隆寺大宝蔵院を紹介したいと思います。


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西院伽藍を出て、そのまま東院伽藍へ向かう途中に、白壁の高床倉庫が見えますが、大宝蔵院はその横の道を抜けた先にあります。



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ここが大宝蔵殿です。僕が毎回、最も時間をかけて見てまわる場所です。残念ながらこちらも内部の撮影ができませんので、文章での紹介になってしまい申し訳ありません。

大宝蔵院は大きく分けて3つの部屋に別れています。
1 仏像や玉虫厨子が安置された部屋
2 百済観音堂
3 刀剣や百万塔などその他の寺宝

という感じですね。
大宝蔵院は平成10年の完成ですが、それ以前は別の建物で大宝蔵殿(名前がそっくりでわかりにくいですね)という場所で寺宝の公開を行なっていたそうです。大宝蔵院に収蔵し切れないものがまだ残っていて、春と秋の2回の特別公開期間に開放されています。夢殿の特別公開とあわせて見に行くといいかもしれません。

今回じっくり確かめたかったことの一つが、玉虫厨子に玉虫が残っている場所があるらしい、という部分です。
何回も見てきましたが、玉虫色に輝いている部分があったとは思えないのですが、資料を見るとほんの僅か残っているらしいのです。

結論から言いますと、全くわかりませんでした。
玉虫厨子自体はとても素晴らしい工芸美術品なんですが、貼りつけてあった玉虫の飾りはほとんど取れてしまって、焦げ茶色の木の部分しかわかりませんでした。本当に残っているんでしょうか。

それにしてもですが、法隆寺の仏像群は世界一美しいです。

その他西院周辺の建築物などを、簡単に紹介します。




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西院伽藍の更に西にある、三経院及び西室です。聖徳太子が三経(法華經・維摩経・勝鬘経)について注釈をつけたことにちなんだ所で、今でもこの3つのお経について、ここで講義を行なっているそうです。


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西室部分は、このように細長い構造になっています。これと対になった東室という場所もあって、僧房としてつかわれていたそうです。西室東室は奈良時代、三経院は鎌倉時代の建物だそうです。(すべて国宝)



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さらに参拝コースから外れますが、西室の更に向こう側奥に、法隆寺で最も高い場所にある西円堂があります。
まるで夢殿のような八角堂ですね(国宝)。


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西円堂付近からみた、法隆寺五重塔と金堂です。ここからの眺めもいいですね。


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先ほど紹介した東室の手前にある、聖霊院です。ここには平安時代につくられた聖徳太子像が祀られています。中に入って参拝できます。これまた国宝。

西院付近だけでも、すごい数の国宝建築物があります。いちいち感心していたらきりがないですね。

ということで、いつもならここから東院伽藍へと行くところですが、この日は一旦法隆寺から外へ出て、法輪寺・法起寺へと向かいました。その続きは明日にでも。