発達障がいの元手相鑑定士BBAかおるちゃん。です。
ダライ・ラマの顔って簡単w
ほんとにこういう顔してんだよw
すっげぇ簡単w
はい、ということで、いきなり本題です。
私ねぇ、大嫌いだったんですよ~~~
「あなたにしあわせが訪れますように」って願ってる人たちが。
このクソ偽善者がぁぁぁ!!!
って思ってたんですよねwww
なんで、そう思ったかって言うと、その人たちの言動行動が超絶自己中に見えたからです。
(あくまでも「見えた」だけ)
でも!
最近、タイトルの通り、「あなたがしあわせでありますように」って祈ることにしたのです。
ははは!
真逆!
朝三暮四!
私、最低!
じゃあ、なんで祈ることにしたかって言うと…
ダライ・ラマがそうしてるから。
私、ダライ・ラマ好きなんですよ。
かわいらしいおじいちゃんでね。
ま、何も言わずにこの記事を観てくださいw
何、このかわいい笑顔!
仏教界の世界的トップですよ?
その人がですよ、「午後の紅茶が好きすぎて、買ったらすぐその場でごくごく飲んじゃう」ってw
そして、この笑顔w
大好きです。ダライ・ラマ。
最近、ダライ・ラマの本を再読したんですけど、そこに書いてあったのですよ。
あ、ちなみにこの本です。
ダライ・ラマ・テンジンギャッツオ著
ビクター・チャン著
2006 春秋社
この本にね~~~こんなことが書いてあったのよ。
ダライ・ラマは生涯を通して、人々に幸せをもたらすことに全力を捧げて来た。
法王はこうした生き方を「賢明な利己主義」と呼ぶ。
他の人々を助けることができれば、その恩恵を得るのは自分であると確信しているから。
(P.156より抜粋)
「賢明な利己主義」
この言葉がえらく気に入ってね。
で、やることにした。
(ダライ・ラマみたいな人でありたい、ってのも理由として大きいかもしれん)
そして、ダライ・ラマはことあるごとに、この言葉を言うらしい。
ということで、私も他人のしあわせを願うことにしてみたわけです。
で、やってみた結果わかったことは…
わたしは、人のしあわせのために祈るのがいやだったんじゃなくて、
その人たちが「利己的」であることを隠してるように見えた
(ちなみに、嫌な人本人に確認してみたら本人には「自分のため」っていう自覚があった)
から、いやだったんだ、っていうこと。
しあわせを祈る行為自体がいやだったわけじゃないんだな、と。
で、なぜ「ひとのため」って言うのが、いやだったかって言う話なんだけど…。
ま、これはおかんですわ。
おかん。
いつもの、おかんw
安定のおかんw
これはあなたのためなのよ
これですわ。
いや~~~長年信じてたんですけど、この言葉。
私、意外と賢い(疑り深いともいう)ので、あるとき気づいちゃったんですよねぇ。
いや、それお前(おかん自身)のためやんけw
って。
例えば、貯金しなさい!っていうセリフね。
これ、うちの親は「なんかあったときにあんたが困るから」っていう意味で言ってくれてるんですけどね…
これ、ほんとは「なんかあったときにあんたが困ると、私が困る(悲しい、苦しい、実際に金出さないといかんのがいや)から」なんですよw
つまり、私は
私のためとか言ってる話、全部お前のためやんけ!
お前の都合で、私をコントロールするな~~~!
いやぁぁぁぁ!!!
人のためとか言ってるやつ嫌い!!嫌い!!
いやぁぁぁぁ!!!
って思ったんですね。
つまり、コントロールされてたのがいやだった、と。
ということで、人のしあわせを願っている人がいやだったわけではなく、過去に似たような言葉でコントロールされていたのがいやだった、って話。過去の記憶が呼び覚まされて、いや!って思ってただけっていう。
だから、他人のしあわせを祈ってる人たちを嫌いになるのは、なんつーか、もったいないかもしれないな、と思った次第です。
(わかりにくいだろうが…説明が難しい。それこそ空の概念を理解するとよろしいんだが…w)
っていう話。
だから、今日も祈るぜ。
全世界に向けて、なんなら宇宙に向けて。
もちろん、自分も世界に含まれるということを忘れずに。
(すぐ忘れる)
すべての人々がしあわせでありますように。
おわり。

