発達障がいの元手相鑑定士BBAかおるちゃん。です。
ぶっ壊れて修理に出していたパソコンが大場工房から返ってきましたw
大場工房ってなんだって、えぇ、お父さんですw
(私の旧姓は大場です)
金曜日にこっちから送って、土曜日に新潟に着いて、その日の夜には修理終わって、
日曜日にはこっちに返送されてきました。
神速w
ありがたや。
うちの父、67歳なんですけどね。
私のパソコンのセットアップは全部やってくれていますw
しかもメモリ増設とかもしてくれています。
去年かな…三世代w
同じ系統の遺伝子いうことがわかる写真。
先日、実家に帰ったときには「薫見てくれ!」と言って、パソコンを開き出して、どっかの病院で使う診断書を簡単に書けるシステム(なんていえばいいんだ?)を見せてくれました。
ま、エクセルで作られてたんですけどね、驚いたのは、マクロ使ってたことw
確か、父はマクロ使えなかったはず…
ってことは、67歳にして、マクロを自ら勉強して組み込んだということです。
驚異的です。
私、ゴルフもやるんですけど、スイングは父に教えてもらいました。
自分で言うのもなんですが、かなりキレイなスイングだと思います。
アメブロ、動画貼れないんで、お見せできないのが残念ですw
(あ~~~最近ゴルフ練習してないなぁ~~~)
小さい頃は、お父さんのギターに合わせて、わたしがピアノを弾いて歌うってのが、休日の楽しみでした。
おかげさまで、小椋佳とか森山良子とか歌えますw
父は、多分HSPで、かなり繊細な人だと思います。
私が小さいころは、バリバリの営業マンで、毎日帰りは夜中でした。
医者(偏屈)相手の営業で、相当苦労しただろうなぁと思います。
かなり稼ぐ人だったので、私はお金で苦労したことがありません。
父は、正義感が相当強くて、曲がったことができない(これはじいちゃん譲りだw)ので、会社組織の矛盾が許せなくて、上司と喧嘩して会社を辞めてしまったこともありました。
これは、おじいちゃん。
ほぼ、しゃべらない人だったw
でも、クッソかっこいいんだよ♡
とてもユーモアのある人で、とても優しくて、なんでもできて、ハンサムな父です。
そして、私のことを世界で一番理解してくれている人です。
ずっと、私を理解するっていうやり方で、私を守ってくれてました。
あ~~なんかずっと守ってもらってきたんだなぁ(今も)って思うと、泣ける。
人って、当たり前にあるものには気づきにくいようにできてるのかもしれないですね。
で、一番当たり前にあるものは何かっていうと、
愛
だと、私は思うんですね。
でも、ぶっちゃけ、私、愛って言葉はあんまり好きじゃないです。
好きじゃないっていうよりも、理解できない、ってのが正確な感じっすね。
どうしてもDNAレベルで体感に落ちないんですよ、「愛」っていう概念が。
(「神」の方が落ちる)
なんでもかんでも「愛」で終わらせてる人があんまり好きじゃないっていうか。
この世は愛だ、とか言うやつ、すげぇ嫌いなんですけどね。
(ヲイw)
これ、超言いたいんですけど、そもそも、日本に「愛」っていう概念、ないと思うんですよ、私。
輸入品の造語だと思います。
(たしかどっかにそういう論文があったはず…)
仏教的には「愛」は「執着」っていう意味に使われることが多く、イメージがあんまりよろしくないと思うんですね。
日本語は、仏教の影響をかなり受けてる言語だと思いますから、昔の人が日常的に「愛」っていう言葉を使ってたとはどうしても思えない。
「愛」って言葉は明治時代に、LOVEの訳語として考え出されたものなんだと思うんですね。
(いや、知らんけどw調べてないけどw)
全然話は逸れますが、「社会」も同時期に創られた造語だってご存知ですか?
かの有名な福沢諭吉さんが作ったんですね。
ちなみに、彼によると「社会」の反対語は「世間」だそうですw
(興味のある方は『翻訳語成立事情』柳父章(著)、岩波新書を読まれることをオススメします)
じゃあ、なんでお前は「愛」とか言い出したんだ?って言うとですね…
それ以外に当てはまる言葉が見当たらないから。
そうです、ただの語彙不足ですw
多分、私が言わんとしてる「愛」は昔の日本人は「神」と呼んでいたと思います。
って今、思いついた。
そうか、「愛」は「神」なんだ。
あ~~~~~そうか、そういうことか~~~~~~。
だとしたら、辻褄が合う。
世界は「神」でできている。
神とは何かというと、自分です。
それは、ここに書いきました。
(面白いから読んで~!)
で、ようやく今日の話。
世界は愛でできている。
っていうことなんですが…。
これ、物事の1つの観方だと思ってください。
こうしろとかそういう話じゃなくて。
そういう観方できない私ってダメだわ~とかでもなくて。
こういうのもあるよ、っていうw
こうやって観ると、世界は奇跡だし、世界は美しいし、世界は優しいし、世界は温かいし、世界は柔らかいし、感動にあふれた世界だよっていう、ただの1つの観点です。
例えば、目の前にある、パソコン。
これ、愛のカタマリです。
(昔、Kinki Kidsが好きでしたw)
持ち運びやすいように軽量化されてる。
キーボード、押しやすいサイズ感に調整されてる。
どこにでも持ち運べるようにバッテリーが長持ち。
バッテリーは長持ちするのに、軽い。
ディスプレイも目が疲れないモードとかある。
私のパソコンには、父の手が入っている。
枚挙に暇はありませんが、このパソコンはたくさんの人の「使う人が使いやすくなるように」っていう愛でできています。
この世にある、人の手が創り出したものは、全部そうです。
誰かの「世の中が便利になればいいな」「世の中が安全であればいいな」「みんなが喜んでくれればいいな」っていう「愛」で、できています。
山や、海にだって、人間の意識が入っています。
私たちが普段目にする山は、ほぼ100%誰かの手が入っています。
よく見てください。
絶対手入れされてます。
特に都会は。
田舎の山の中だって手入れされてんだからw
その意識で世界を見回すと、私は即座に感動して泣けます。
感動しすぎて泣ける。
頭おかしいなぁと思うけど、マジで感動するんだよ。
それくらい、普段の私は、不安の中で生きてるんだなぁとそのたび自覚するw
世界はさ、私たちが思ってるより、ずっと優しいし美しいのかもしれない。
たくさんの愛に守られてるから、安心していいのかもしれない。
愛は、神だよ。
おわり。

