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寺院の寺紋のはじまり

開祖の家紋からつくられた寺紋
寺院の紋章である寺紋は、神社の神紋にならう形でつくられました。紋の種類は神紋に比べて極端に少なく、同ーの宗派が同じ寺紋を用いることが一般的です。
寺紋の多くは、その宗派を開いた人物にちなんでつくられています。鎌倉時代に日蓮宗を聞いた日蓮は、井伊家の出身であることから、井筒(井桁)に橘という寺紋を用いています。
井伊家は、戦国時代には徳川家の家臣となって活躍し、このときも井筒(井桁)に橘の家紋です。江戸時代には彦根(滋賀県)藩主となり、幕閣の中核を担いますが、のちに家紋は丸に橘となっています。
時宗の寺院は折敷に三文字紋です。これは開祖・一遍が、この図案を家紋とする伊予(愛媛)河野家出身であることが由来とされています。河野家の氏神が大山祇神社(大三島神社)であり、この神社の神紋も折敷に三文字(実際は少しデザインが異なる)になっています。

教義をもとにつくられる寺紋も
真言宗の寺院の多くは、2つの輸を合わせた輪違紋を寺紋としています。輪違紋は、真言宗の教義にある胎蔵界と金剛界を意味する図案とされています。
密教系の寺院では、仏具の輪宝をかたどった輪宝紋を用いることが多く、不動明王など五大明王を祀る寺院の寺紋となっています。
そのほか、宗派を問わず、卍を寺紋に用いる寺院も多く、仏教徒が卍を家紋に用いることもあります。
輪宝は真理をもって世界を治める理想の王の七宝の一つ。戦車の車輪が由来ともいわれ、現在のインドの国旗にも描かれています。
(引用:「家紋の世界」イースト・プレス発行)



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熊野信仰の総本山・熊野神社

神話のカラスが神紋に
和歌山県の熊野三山の神紋には、三つ足烏紋という3本足のカラスが描かれています。これは、「神武天皇が大和を平定するため、熊
野に上陸した際、巨大なヤタガラス(八咫烏)が現れて、大和まで導いた」という『古事記』や『日本書紀』の記述に由来します。
ヤタガラスの「ヤタ」は、大きいという意味で、神紋のカラスの足が3本あるのは、通常のカラスとは違う神聖なカラスであることを示しているとされています。カラスは熊野神社の神の使いであるとされ、今でも熊野信仰の信者はカラスを神聖なものとして扱っています。

「ヤタガラス」と呼ばれる火縄銃
熊野神社の信仰は、中世になると山伏(山の中を歩いて修行する修験者) によって全国に広められました。ヤタガラスは、熊野神社の神職を務めた鈴木家や、熊野信仰を全国に伝えた穂積家の一部が家紋として用いたほか、熊野神社を信仰した人々も家紋としています。
そのほか、戦国時代に大量の鉄砲を製造し、傭兵集団として活躍した雑賀衆の指導者・鈴木家もヤタガラスを守り神としており、旗などに描いていました。鈴木は地名から雑賀とも呼ばれます。
雑賀衆は鈴木孫一(雑賀孫市)のもとで、10年もの間、石山本願寺に味方して織田信長と戦い、織田軍を苦しめました。雑賀衆が製造した鉄砲は「ヤタガラス」と呼ばれていたといいます。
その後、雑賀衆は秀吉との対立などを経て、各地に散らばり、歴史から姿を消しており、現在でも謎の集団といわれています。

雑賀孫市が加勢した石山本願寺の定紋もヤタガラスです。3本足カラスの神話は中国や高句麗、ギリシアなど、世界的に広がっています。

(引用:「家紋の世界」イースト・プレス発行)



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武家の守護神・諏訪神社

梶と鎌の2つの神紋
諏訪大社は全国にある諏訪神社の本社で、長野県の諏訪湖を挟んで南北に、上社と下社の2社があります。諏訪神社には、梶紋と鎌紋という2つの神紋があります。梶はクワ科の落葉樹で、紙の原料にも用いられる植物です。古くから神聖な植物とされ、梶の皮の繊維でつくった布が神事に用いられるほか、葉自体もや神事でお供えものを感る食器の代わりに使われていました。また、七夕になると、貴族たちが梶の葉に願い事を書いたともいわれています。なかでも、諏訪大社の梶紋は、3本の梶の木を描いたもので根つき三本の梶紋と呼ばれています。また、諏訪神社には、鎌をかたどった神紋を用いているところもあります。鎌は古来、農耕の神様とされ、魔除けの力があるとして、神様への俸げものに用いられていました。

武士に信仰された諏訪神社
諏訪大社は、平安時代の武人・坂上田村麻呂が蝦夷を平定する際、出陣の前に参拝していたことから、「日本第一大軍神」として武家の守護神とされ、軍神の紋には梶が用いられました。源頼朝も諏訪神社を信仰していたといわれています。諏訪大社の分社である諏訪神社は、全国に1万社以上あり、主に武士の聞で信仰が広まりました。全国の諏訪神社の多くが梶や鎌の神紋を用い、諏訪信仰の武士の間に梶や鎌の家紋が広まりました。。
(引用:「家紋の世界」イースト・プレス発行)



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源氏物語(二帖「帚木」第二章 女性体験談 第四段)

 [第四段 式部丞の体験談(畏れ多い女の物語)]

 「式部のところには、変わった話があろう。少しずつ、話して聞かせよ」と催促される。
 「下の下のわたくしめごとき者には、何の、お聞きあそばす話がありましょう」
 と言うけれど、頭中将の君が、真面目に「早く早く」とご催促なさるので、何をお話し申そうかと思案したが、
 「まだ文章生でございました時、畏れ多い女性の例を拝見しました。先程、左馬頭が申されましたように、公事をも相談し、私生活の面での心がけも考え廻らすこと深く、漢学の才能はなまじっかの博士が恥ずかしくなる程で、万事口出すことは何もございませんでした。
 それは、ある博士のもとで学問などを致そうと思って、通っておりましたころに、主人の博士には娘が多くいるとお聞き致しまして、ちょっとした折に言い寄りましたところ、父親が聞きつけて、盃を持って出て来て、『わたしが両つの途を歌うのを聴け』と謡いかけてきましたが、少しも結婚してもよいと思って通っていませんで、あの父親の気持ちに気兼ねして、そうは言うもののかかずらっておりましたところ、とても情け深く世話をし、閨房の語らいにも、身に学問がつき、朝廷に仕えるのに役立つ学問的なことを教えてくれて、とても見事に手紙文にも仮名文字というものを書き交ぜず、本格的に漢文で表現しますので、ついつい別れることができずに、その女を先生として、下手な漢詩文を作ることなどを習いましたので、今でもその恩は忘れませんが、慕わしい妻として頼りにするには、無学のわたしは、どことなく劣った振る舞いなど見られましょうから、恥ずかしく思われました。ましてあなた様方の御ためには、しっかりして手ぬかりのない奥方様は、何の必要がおありあそばしましょうか。つまらない、残念だ、と一方では思いながらも、ただ自分の気に入り、宿縁もあるようでございますので、男という者は、他愛のないもののようでございます」
 と申し上げるので、続きを言わせようとして、「それにしてもまあ、何と興味ある女だろうか」と、おだてなさるのを、そうとは知りながらも、鼻のあたりをおかしなかっこうさせて語り続ける。
 「そうして、ずいぶん長く行きませんでしたが、何かのついでに立ち寄ってみましたところ、いつものくつろいだ部屋にはおりませんで、不愉快な物を隔てて逢のでございます。嫉妬しているのかと、ばかばかしくもあり、また、別れるのにちょうど良い機会だと存じましたが、この畏れ多い女という者は、軽々しい嫉妬をするはずもなく、男女の仲を心得ていて恨み言を言いませんでした。
 声もせかせかと言うことには、
 『数月来、風邪が重いのに堪え兼ねて、極熱の薬草を服して、大変に臭いので、面会は御遠慮申し上げます。直接にでなくても、しかるべき雑用などは承りましょう』
 と、いかにも殊勝にもっともらしく言います。返事には何と言えようか。ただ、『承知しました』とだけ言って、立ち去ります時に、物足りなく思ったのでしょうか、
 『この臭いが消えた時にお立ち寄り下さい』と声高に言うのを、聞き捨てるのも気の毒ですが、しばしの間でもためらっている場合でもありませんので、言うとおり、その臭いまでが、ぷんぷんと漂って来るのも堪りませんので、きょろきょろと逃げ時をうかがって、
 『蜘蛛の動きでわたしの来ることがわかっているはずの夕暮に
  蒜が臭っている昼間が過ぎるまでまで待てと言うのは訳がわかりません
 どのような口実ですか』
 と、言い終わらず逃げ出しましたところ、追いかけて、
 『逢うことが一夜も置かずに逢っている夫婦仲ならば
  蒜の臭っている昼間逢ったからとてどうして恥ずかしいことがありましょうか』
 さすがに返歌は素早うございました」
 と、落ち着いて申し上げるので、公達は興醒めに思って、「嘘だ」と言ってお笑いになる。
 「どこにそのような女がいようか。おとなしく鬼と向かい合っていたほうがましだ。気持ちが悪い話よ」
 と爪弾きして、「何とも評しようがない」と、藤式部丞を軽蔑し非難して、
 「もう少しましな話を申せ」とお責めになるが、
 「これ以上珍しい話がございましょうか」と言って、澄ましている。
 「すべて男も女も未熟者は、少し知っている方面のことをすっかり見せようと思っているのが、困ったものです。
 三史五経といった学問的な方面を、本格的に理解するというのは、好感の持てないことですが、どうして女だからといって、世の中の公私の事々につけて、まったく知りませんできませんと言っていられましょうか。本格的に勉強しなくても、少しでも才能のあるような人は、耳から目から入って来ることが、自然に多いはずです。
 そのようなことから、漢字をさらさらと走り書きして、お互いに書かないはずの女どうしの手紙文にも、半分以上書き交ぜているのは、ああ何と厭味な、この人が女らしかったらいいのになあと思われます。気持ちの上ではそんなにも思わないでしょうが、自然とごつごつした声に読まれ読まれして、わざとらしく感じられます。上流の中にも多く見られることです。
 和歌を詠むことを鼻にかけている人が、そのまま和歌のとりことなって、趣のある古歌を初句から取り込み取り込みして、相応しからぬ折々に、それを詠みかけて来ますのは、不愉快なことです。返歌しないと人情がないし、出来ないような人は体裁が悪いでしょう。
 しかるべき節会などで、五月の節会に急いで参内する朝に、落ち着いて分別などしていられない時に、素晴らしい根にかこつけてきたり、重陽の節会の宴会のために、何はともあれ難しい漢詩の趣向を思いめぐらしていて暇のない折に、菊の露にかこつけたような、相応しからぬことに付き合わせ、そういう場合ではなくとも自然と、なるほどと後から考えればおもしろくもしみじみともあるはずのものが、その場合には相応しくなく、目にも止まらないのを、察しもせずに詠んで寄こすのは、かえって気がきかないように思われます。
 万事につけて、どうしてそうするのか、そうしなくとも、と思われる折々に、時々、分別できない程度の思慮では、気取ったり風流めかしたりしないほうが無難でしょう。
 総じて、心の中では知っているようなことでも、知らない顔をして、言いたいことも、一つ二つは言わないでおくのが良いというものでしょう」
 と言うにつけても、源氏の君は、お一方の御様子を、胸の中に思い続けていらっしゃる。「この結論に足りないことまた出過ぎたところもない方でいらっしゃるなあ」と、比類ないことにつけても、ますます胸がいっぱいになる。
 どういう結論に達するというでもなく、最後は聞き苦しい話に落ちて、夜をお明かしになった。(「源氏物語の世界(渋谷栄一著)」より)
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源氏物語の【0の巻】と呼ぶにふさわしい本。きっと参考になりますよ。



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原作に忠実。という訳ではないですが、大筋をつかむにはよいかも…

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武士の守り神・八幡宮の巴紋

武運を願い八幡神社を信仰
八幡神社(八幡社・八幡宮・若宮神社とも)は、応神天皇、神功皇后、比売大神を祀る神社です。総本社の宇佐神宮(宇佐八幡宮)はもとは土地の氏神でした。それが、のちに八幡神が仏教保護の神とされ、全国の寺が守護神として祀るようになったのです。
三大八幡宮のーつとされる鶴岡八幡宮は、1063年に河内源氏2代・頼義が、氏神である京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜に勧請したのが
はじまりです。その後、源頼朝が宮を現在の場所に移し、幕府の守り神として鶴岡八幡宮を創建しました。八幡信仰が大きく発展したのは、武将が崇拝するようになってからです。

鶴岡八幡宮の巴の紋
鶴岡八幡宮が創建された時代には、巴形の文様が流行していました。巴形は、古代の祭具である勾玉をかたどったものだという説のほ
かに、鞆という武具の形に似ているために文様が広まったという説もあります。鞆とは、鎌倉時代の武士が弓を射るときに左手につけていた革製の道具で、形が巴形に似ていたため、弓の上達を願う武士が巴形を好んだのです。
平安時代末期から鎌倉時代初期にかけてつくられた八幡神社は、この巴の文様を装飾に用いることが多く、のちに巴形が神紋とされました。さらに、八幡神社を信仰する武士の家紋としても用いられるようになりました。巴形は日本だけでなくアジア地域にみられる文様で、韓国の国旗にも描かれています。
(引用:「家紋の世界」イースト・プレス発行)



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