1300年を旅してきた その7
ここは、埼玉県日高市にある真言宗
智山派高麗山聖天院(しょうでんいん)。
寺号は、勝楽寺。
今月初めの3回目の訪問。
約1300年前の、高麗(こま)=高句麗
と縁の深い寺院だ。
1300年前といえば、
まだ真言密教の始祖である
空海は、生まれていない。
なのに、なぜ1300年前に渡来した
高麗(こま)=高句麗人に縁の深い
真言密教寺院になったのか?
他の方のサイトによると、
「もともと聖天院は高句麗伝来の
仏教霊場で、若光の三男・聖雲
が、751(天平勝宝3)年に亡くな
った師僧の高麗僧・勝楽の冥福を
祈るため、勝楽が故国から携えて
きた歓喜天(かんぎてん、聖天)を
安置して開基した寺という。
往時には法相宗でしたが、鎌倉時代
に真言宗に変わっています。
江戸時代の寛永年間に火災で
丘陵寄りの現在地に移転。」
日高市のHPによると、
「本堂造成時に出現した石灰岩の
大塊。
釈尊の前世譚「雪山童子」に
ちなみ名付く。
7月には岩肌をはうノウゼンカズラの
花が美しい。」
つづく。
1300年を旅してきた その6
ここは、埼玉県日高市。
真言宗智山派
高麗山 聖天院(しょうでんいん)
江戸後期に完成した山門の
守護を司る風神と雷神。
凄い迫力です。
さて、ここに高麗若光王の
陵(みささぎ)が置かれて
いるが、
今日は、高麗=高句麗という国
について解説しよう。
世界史の窓というHP
の概略によれば、
「3~7世紀、ツングース系の民族が満州
から北朝鮮にかけて建国した国家。
4世紀末~5世紀の広開土王・長寿王の
時代に最盛期となった。
7世紀には隋の煬帝・唐の太宗の
遠征軍を撃退したが、668年に
唐・新羅連合軍に攻撃され滅亡した。
その後継国家として渤海と高麗がある。」
このあたりの歴史攻防は、
韓流歴史ドラマに詳しい
から、
主婦や若い独身女性でも
知っている方が多いかも
しれない(笑)。
つづく。
1300年を旅してきた その5
ここは、埼玉県日高市にある
真言宗 聖天院。
なぜここに高句麗若光王陵が
あるのか?
羊は、朝鮮の地では
墓守なのだとか。
716(霊亀2)年に駿河・甲斐・相模・
上総(かみつかさ)・下総(しもつふさ)
・常陸・下野(しものつけ)の7国に居住
していた高麗(こま)人1799人を移し、
武蔵国高麗郡(現・埼玉県日高市や
飯能市を中心に東西30km、南北10km
に渡る村々)が建郡された。
その高麗人たち、そして彼らを統率し、
高麗郡全体を治めたとされるのが
高麗王若光(こまのこしきじゃっこう)
(?〜748)だという。
墓石の上に5石の石を積み上げた
多宝塔。
そもそも、なぜ日本に高句麗=高麗王の
王陵が存在するのか?
日本酒
「高麗王(こまおう)」
地元の蔵元・長澤酒造の
日本酒です。
韓国産焼酎「チャミスル」。
以下、高麗神社のHPから。
天智天皇5年(666)年、連合した唐と
新羅は隣国の強国、高句麗の征討を
開始しました。
高句麗は危機的状況の中で外交使節団
を大和朝廷へと派遣します。
『日本書紀』には「二位玄武若光」の名が
記されており、若光が使節団の一員として
日本へと渡来した事が分かります。
668年、建国から約700年間東アジアに
強盛を誇った高句麗は滅亡し、若光は
二度と故国の土を踏むことはありませ
んでした。
その後、大和朝廷に官人として仕える
若光の名が文献に表れるのが『続日本
書紀』大宝3年(703)年3月「従五位下の
高麗の若光に王の姓を賜う」です。
姓(かばね)とは、それぞれの家柄を
定めるために大和朝廷が授与する
称号で、王(こきし)の姓は外国の王族
の出身者に与えられていたものでした。
つづく。
1300年を旅してきた その4
いよいよ高麗(こま)=高句麗の
心臓部にやって来ました。
12月の初旬だったのに、
紅葉が綺麗でした。
ここは、埼玉県日高市です。
約1300年前に高麗(こま)=高句麗
の人々が移り住んだ地域です。
真言宗智山派
高麗山 聖天院(しょうでんいん)
以下、HPより。
「高麗山聖天院勝楽寺は、遠く奈良時代
(西暦751年)に創建された真言宗智山派
の古刹です。
帰化人により開拓された古い歴史と
自然に恵まれた高麗郷にあって、とり
わけ当山は深い緑に包まれた山の
高台に位置し、広大な境内からの眺望
はすばらしく近隣随一であります。
本尊不動明王(胎内仏弘法大師御作)・
高麗王若光守護仏聖天尊(出世開運、
良縁成就)の霊験はまことあらたかで、
また武蔵野観音霊場札所としても名を
馳せ、老若男女の御参詣日々に多く、
山水を存分にとり入れた庭園は四季
折々の風情に移ろい、霊域としてまこ
とにふさわしいものがあります。
かねてより宮様方をはじめ、文人・
各界知名文化人、児童学生等あら
ゆる方々の御参詣見学をうけ、当山
を訪れた方々は深い感銘と貴重な
人生の糧を得られることと存じます。」
空海。
後日、皆さんが嫌になるほど
空海についての記事をUP致し
ます(笑)。
この聖天院は、びっくりするほどの
巨刹です。
今回で3回目の訪問です。
つづく。










































































