バザラスからのアジアン紀行 -32ページ目

1300年を旅してきた その2

ここは、埼玉県飯能市と

日高市の境界域。

 

標高200m足らずの峠道。

 

この辺り、江戸の頃までは

武蔵国高麗(こま)郡だった。

 

その高麗郡の中心部に

向かって歩いている。

 

高麗(こま)は、朝鮮の高句麗

の別称。

 

高句麗(紀元前1世紀頃~668年)

は、現在の北朝鮮から中国

東北部にかけてを統治していた。

 

俺は、高句麗=高麗の古都に

行ったことがある。

 

もう20数年前のことだ。

 

現在は、中国吉林省集安市

になっている。

 

中国と北朝鮮との国境線を

流れる鴨緑江沿いの町だ。

 

その集安市に保存されている

高句麗時代の古墳群を見学し

たが、そこには日本があった。

 

そして、ここ埼玉県日高市の

一角に高句麗=高麗(こま)

がある。

 

古来、日本には中国や朝鮮半島から

多くの渡来人が定住してきています。

 

当時、中国やその影響下に

あった朝鮮半島は、先進国。

 

先住する日本人と先進国から

やって来た渡来人の協働に

よって、日本独自の文化文明

を築き上げます。

 

もはや、人種的に純粋な日本人など

いないでしょう。

 

天皇家にとってもそれは同じです。

 

つづく。

1300年を旅してきた その1

ムーミン生誕80周年。

 

って、ムーミンに会いに来た

訳ではない。

 

飯能駅を下車して、

 

宮沢湖方面に歩くと、

 

30分ほどで、里山に到着する。

 

寺巡りに来た訳でも無い。

 

実は、ここ飯能市の一部と、

 

隣接する日高市は、

 

1896年(明治29年)まで高麗(こま)郡

という行政区域だった。

 

高麗(こま)郡が設置されたのは、

なんと!716年(霊亀2年)。

 

今から約1300年も前のことだ。

 

高麗(こま)とは、朝鮮半島北部の

高句麗(紀元前1世紀頃~668年)

の別称。

 

なぜ朝鮮半島の古代王朝名

がこの地に冠されていたのか。

 

その謎をこの旅で

解いていく。

 

一歩一歩、1300年前に

遡って行く。

 

この山道を抜けると、

1300年前の世界に

辿り着く。

 

つづく。

お江戸をほっさるく(ぶらぶら散歩する:宮崎弁)

久しぶりに東京タワーを見た。

 

ここは、赤羽橋。

 

俺が生まれた年に竣工され

たんだよね。

 

イタリア大使館。

 

小川町の路地裏。

 

だんだんと取り壊されていく

昭和の建物。

 

昭和は日本の元号だが、元号とは

特定の天皇が在位している間に使

われる日本独自の年号。

 

しかし一方で、キリスト歴(西暦)も

日本人は親しく活用している。

 

器用な国民性だが、めんどくさい(苦笑)。

 

成増にある珍しいウイグル料理店。

 

ウイグルと言う国は無い。

 

現代では、テュルク系遊牧民族を

表わす。

 

中国の新疆ウイグル自治区や

カザフスタン・ウズベキスタン・

キルギスなど中央アジアに居住

しているムスリム。

 

何故か、焼きうどんや肉まん、

チャーハンもある(笑)。

 

宗教祭が商戦となった

クリスマス(苦笑)。

 

1875(明治8)年3月創業の

島津製作所。

 

社章は、"丸に十の字"の薩摩

島津家の家紋なんだね。

 

神保町にあるビル壁の

壁画。

 

何の広告か分からん(笑)。

 

Asuraという飲食店。

 

「阿修羅」、略して「修羅」なら

大いに興味のあるところだが、

「阿酒羅」らしい(笑)。

 

「言の葉」

 

日本人だけでなく

人類の在り様を解く鍵

があると思っている。

 

2026 CALENDAR

毎週火曜日と木曜日に行っている、


バイト先の高校で、

 

グラフィックアート課の先生が、

 

来年のカレンダーを持って来て

下さった。

 

「グラフィックアート課の学生達が

 作ったんです。

 

良かったら使って下さい」と。

 

えっ!

 

学生達の自作カレンダー!?

 

凄い完成度。

 

販売出来るんじゃない!(笑)

 

先日、日本の高校生達が海外へ

修学旅行に出掛けて、現地の

商店で万引きした連中とは

レベチだな(苦笑)。

 

漢字どころか、ひらがなも

満足に書けない新卒社員

がいるそうだが、

 

ITネイティヴ達は、文字も

ロクに書けなくなり、

 

AIの普及で、自分で思考することも

無くなりそうだ。

 

それに比べて、この高校の

学生達は、

 

自分の思考と身体とを用いて、

 

すばらしい作品を創出し続けている。

 

どうも有難うございました!

流れ

穹窿(きゅうりゅう)の

美しい季節。

 

一瞬たりとも同じ景色を

見せることの無い自然。

 

雲は流れ、陽は傾きながら、

 

雲とその間の空を茜の濃淡

でグラデーションに染め上げ

ていく。

 

宇宙は流れている。

 

地球も流れている。

 

命も流れている。
 

時間は区切るものではない。
 

1日が24時間で1年が365日

であると仮に人が決めただけ。
 

この世に、始源無く、終焉も無し
 

太始も無ければ太終も無い。
 

その間の闇が恐ろしくて、

 

人は、仮の決め事で

世を照らそうとする。

 

仮事ならば、それは幻想と同じ。
 

人々は幻想の中に生きている。