アジア各国のお酒と食べものや面白い話、流行、時事問題などのホットな情報から奥深い歴史の話など、皆様と共にアジアな関係を築いていきます![]()
![]()
こちらもご覧下さい![]()
上野でショック その1
階段を昇りきって、真下の視界に
見知らぬ裸体の花を持った老人を
捉えてびっくっり!
なあんだ、パフォーマー
だったのか(笑)。
ここは、上野公園。
ある目的があって、平日の
昼間にやって来た。
博士王仁碑
王仁博士は、4世紀末大韓民国全羅
南道霊岩で誕生されたと伝えられて
いる。
「古事記」「日本書記」などによると応神天皇
の招請により論語と千字文を携え渡来、皇太
子の師匠となられ忠信孝悌(こうていちゅうしん)
を教えられたという。
博士は孔子と比肩され、日本の飛鳥文化を
花咲かせた学者として崇められている。
大和から飛鳥の時代、
多くの学者、僧侶等が
百済から日本に渡来し、
日本の国造りの要人
となっている。
この展覧会終了4日前の平日。
平日だから混んでないだろう
と思い、やって来たのがここ
上野公園にやって来た目的。
慶応4年(1868)の上野戦争によって
荒れ果て、明治新政府が病院建設を
決めていた上野の山を、近代的な公園
にすべきと提言した長崎医学校教官で
オランダ人医師ボードウィンの胸像。
Public park(公園)の概念に乏しかった
明治政府には出来なかった功績だね。
江戸時代から明治維新まで、
歴史の舞台となって来た
上野の山。
寛永8年(1631)、堀直寄によって
大仏が寄進されましたが、度々の
地震や火災で倒壊。
現在は、大仏のお顔のみが保存され、
大仏再建の願を込めて、お身体があっ
た場所にパゴダが建てられたそうです。
さて、目的地の上野国立博物館
に向かいます。
「空海と真言の名宝」展、
最終日4日前、しかも平日の昼間。
まあそんなに混んでないだろうと
高を括っていたら・・・
甘かった(涙)。
チケット売り場には長蛇の列。
30分ほど並んで漸くチケットが
買える位置へ。
すると係員が
「会場に入るまで約一時間ほど
お待ち頂きます。」
それを聞いて、心が折れた(苦笑)。
待つのも嫌だが、激混みならゆっくり
鑑賞もできないだろう。
後ろ髪を引かれる思いで博物館を
後にしたのでした。
つづく。
出家
出家とは?
勿論、家出の反対では
無い(苦笑)。
一般的には、仏教の開祖である
ゴータマ・シッダルタが29歳の時に
王族としての地位や財産や妻を
捨て修行に出たことを嚆矢とする。
広義としては、脱俗、落飾、
つまりは、娑婆を捨てて
仏(聖)門に入ること。
極論すれは、俗人としての命を
捨て、仏に命を預けること。
日本では、「家」は独特の意味を持つ。
ある意味「家」は、我々を取り囲む
世界を表す。
単なる住居としての「家」
ではない。
例えば、先祖代々継承されてきた
家族は、「〇〇家」。
芸事では、「家元」、得意なものは
「お家芸」。
特徴ある集団となれば、「武家」
「公家」など。
専門職なら、「作家」「書家」・・・。
そして、我々を統治する政治共同体は、
「国家」、また現在の国民的象徴は、
「天皇家」。
このように、我々日本人は、入れ子の如く
家に囲まれている。
だったら、日本人には「出家」は
無理じゃん(笑)。
まあそれは、言葉の綾というもの。
人新世とも呼ばれる現代では、
日本人を捨てること、更には
人間であることを止めることも
出家のひとつと言えるだろうな
(苦笑)。









































































