バザラスからのアジアン紀行 -5ページ目

密なる華に生きる空海 その9

俺は、20代後半の頃に

空海を追いかけていた。

 

関連書籍を読み、高野山を訪れ、

 

高野山から大峰山を経由し、

 

大台ヶ原まで野宿しながら

歩きと通した。

 

空海が中国で密教の奥義を

伝授された西安(かつての長安)

の青龍寺も訪れた。

 

しかし、当時の俺の空海像は、

その表面をなぞっただけだった。

 

あれから40数年、

 

日本の仏教史や仏教教理を

学んでいくと、

 

最終的には空海と言う日本仏教界

最高峰の存在に行きつくのだ。

 

このシリーズは、これまで8回に

亘って連載して来たが、それらは

イントロダクション。

 

これから少しずつ空海と空海の

創始した真言密教の内実に

迫りたいと思う。

 

それにしても、日本仏教界最高峰に

位置していた空海が、

 

亡き後1200年近くも経つのに、

 

現在なお多くの人々がお遍路となり、

 

空海所縁の大師寺を拝し、

 

尊崇の念を抱き続けているのに、

 

空海その人と真言密教の内実について

詳しく知る人が殆どいないという理由に

ついてもメスをいれていきたい。

 

つづく。

神保町をほっさるく(ぶらぶら散歩する:宮崎弁)

投げて打って大活躍の大谷選手。

シリーズを重ねるごとに、人気は

鰻登りです。

 

ここは神保町。

 

神保町は、本の街。

 

特に古本屋街として

有名です。

 

近年、古本屋街を訪れる

インバウンド外国人の

姿も増えています。

 

古本屋街の規模の大小が、

その国民の教養度を測る

物差しになります。

 

現在、書籍の販売数は

この30年間で半減。

 

と言うことは、日本人の教養度

も半減(苦笑)。

 

なぜか、こけしも売っています(笑)。

 

先月88歳で亡くなられた

つげ義春氏。

 

シュールなつげ漫画だが、

なぜか心の底にこびり付く

様な印象を訴えてくる。

 

希少な能楽専門店も

神保町には残っている。

 

俺も時々お世話になっている。

 

若い頃に通っていた四谷の

「ひつじや」の支店か?

 

大正13年(1926年)竣工の

東方学会ビル本館。

 

当初は、中学校として建てられたが、

戦後、1947(昭和22)年に外務省所管

の東方学界として発足。

 

日本の東方文化の研究発達、東方諸国の

文化の進展、国際文化交流を目的とした

団体だそうです。

最近のアジア飯

もう2か月前ほどの

臨時バイトの夕食。

 

CoCo壱番屋。

 

創業者の宗次徳次氏は俺の

尊敬する偉大な経営者なのだが、

店に入るのは生涯で2度目(苦笑)。

 

そして、火曜日と木曜日の

バイトがある日は、JR水道橋

駅すぐそばここ

「ワイン処Oasi」でランチ。

 

2月迄、ランチセットの

ドリンクにワイン赤白が

選べていました。

 

3月からワインとリンゴジュースが

無くなり、黒豆茶だけになりました。

 

料理は美味しく、

 

ワインだけでなく、具沢山の大椀

味噌汁も大の好みでした。

 

でした、と過去形で書いたのは、

 

3月末で、火曜日と木曜日のバイトが

終了したのです。

 

2年8ヵ月間のバイトでした。

 

3月に入っての黒豆茶。

 

次のバイトが決まりました。

 

水道橋からそう遠くない

本郷三丁目が職場です。

 

午前中だけのバイトですので、

 

またここでランチ出来ます。

 

これは2月にチョイスした

最後の赤ワイン。

ばけばけ公園 その2

ここは、新宿区大久保にある

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)

記念公園。

 

先月まで放映されていたNHK朝ドラ

「ばけばけ」の主人公のひとり。

 

日本は、住んでいる日本人ではなく、

 

海外からやって来た外国人に

日本の本質を見抜かれる

ケースが多いようです。

 

まあ、日本に限らずどこの国でも

同じ様なケースが多々あるようです。

 

ニワウメ?

 

天に伸びる淡いけど上品な

花のあり様が、

 

八雲の人柄を偲んでいるように

思われました。

 

今から16年前、俺はこの近くの

地域センターで、

 

能の謡稽古を開始しました。

 

その頃は、度々この公園を

訪れていました。

 

今回とっても久しぶりに

遊びに来ました。

ばけばけ公園 その1

ここは、新宿区大久保。

 

小泉八雲旧居跡。

 

以下、新宿観光のサイトより。

 

「小泉八雲は本名をラフカディオ・ハーンと

 いい、1850年にギリシャのレフカダ島で

 生まれたアイルランド人です。

 

明治23年に来日して松江(島根県)で

教員として務め、小泉節子と結婚。

 

同29年に日本に帰化しました。

 

同年、東京帝国大学(東京大学)で英語・

英文学を講ずることなって上京。

 

この地に、約5年間住みました。

 

 樹木の多い自証院一帯の風景を

好んだ八雲は、あたりの開発が進

んで住宅が多くなると、西大久保に

転居しました。

 

新宿区指定史跡に指定されており、

記念碑は、東京八雲同人会により

八雲の生誕100年を記念して建て

られました。 

 

碑面に刻まれた英文の筆跡は、

イギリスの詩人エドモンド・ブラン

デン、日本文は市河三喜博士の

ものです。」

 

その旧居跡の目の前に

小泉八雲記念公園が

ある。

 

他の方のブログより、

案内板の内容。

 

「明治時代の文人小泉八雲(ラフカディオ・

 ハーン) はギリシャ・レフカダ町 に生まれ、

 現在の新宿区大久保1-1でこの世を去り

 ました。

 

新宿区とレフカダ町は、この縁をもとに相互

に交流を重ね、理解と友情を深め平成元年

10月友好都市となりました。

 

 新宿区は、この度、小泉八雲が没し

たこの地に小泉八雲記念公園をつく

りました。

 

この公園の設計に当たっては、コンス

タンティノス・ウァシス駐日ギリシャ大使

並びにスヒロス・マルゲリス・レフカダ町長

から詳細な助言をいただき、ギリシャ風の

公園として整施しました。

 

ギリシャの雰囲気をだすため、古代の柱

や集会所(アコラ)をイメージした広場、

中世風の建物、近代のイメージとして白

い壁などを設けました。 

 

この公園から、日本を世界に紹介した小泉

八雲を偲ぶ場所となり今後、新宿区とレフカ

ダ町の友好がより一層深まることを願います。 

 

平成5年4月 新宿区長 小野田隆 」

 

おっ!にゃんこ。

 

2匹いたにゃん。

 

小泉 八雲(ラフカディオ・ハーン)

 

つづく。