日本橋~神保町をほっさるく(ぶらぶら散歩する:宮崎弁)その2
江戸は末期の天保元年(1830年)、
11代将軍徳川家斉が国を治めて
いた頃に開業した「いせ源」。
ここは、神田須田町。
東京都選定の歴史的建造物に
指定されるような老舗(しにせ)
の商店が数多く営業しています。
この一角に入ると、一気に過去
にタイムスリップした感覚になり
ます。
鳥すき焼き「ぼたん」。
明治30年(1897年)創業。
冒頭の「いせ源」さんは、
都内唯一のあんこう料理
専門店です。
江戸・明治・大正・昭和初期
の風情を味わえます。
「かんだやぶそば」。
2013年(平成25年)、火災が発生し、
一部焼失した為に、旧店舗を取り壊し
翌年リニューアルオープン。
とある企業のガラス壁。
外部からは見えないが、
ガラス窓に携帯のカメラレンズを
くっ付けると、出てきた!!
ここは、ネットで調べても
何の情報も出て来なかった。
個人宅なんでしょうね。
正式名称は「日本ハリストス正教会
教団東京復活大聖堂」。
明治24(1891)年にこの大聖堂を建築
したロシア正教会の大主教ニコライ・
カサートキン(Nikolai Kasatkin)の名
にちなんで、明治時代から「ニコライ堂」
と呼ばれている。
神保町のうなぎ屋さん
「今荘」。
1933(昭和 8)年竣工です。
日本橋~神保町をほっさるく(ぶらぶら散歩する:宮崎弁)その1
ここは、日本橋三越本店地下。
地下鉄駅コンコースに面した
小さなショーウィンドー。
日本の店玄関の
象徴は、暖簾。
「中国の仏教禅書「勅修百丈清規」
(ちょくしゅひゃくじょうしんぎ)が
鎌倉末期にわが国に渡来、禅寺
では簾の事を涼簾、寒期には簾
に布を張って暖簾と呼んでいました。
その中の暖簾(ノウレン)が変化して
(ノレン)の名称が生まれたと言われ
ます。」
オーダーのれんドットコムより。
日本橋室町三井タワー1階の
パブリックスペース。
フランス・ニース生まれのアーティスト、
グザヴィエ・ヴェイヤン氏によるもので、
東京オリンピックの開催を記念して制作
されたものだそうです。
5体の色は青、黄、黒、緑、赤で、
オリンピックの旗に準じているそ
うです。
メトロポリタン東京のど真ん中
でも、こんなクラシックな店が
残っております。
穴子料理店。
リアカー完備(笑)。
インバウンド・ツーリスト。
好きだよね。
ちゃんと国際運転免許
持ってんのか?(笑)。
つづく。
最近のアジア飯
チキンカレー。
ここは、水道橋アパホテル1Fの
マレー・カンポン・コピティアム。
行儀が悪いので、カレールーを
ドバっとかけます(笑)。
味噌汁は、俺だけのサービス。
温泉卵もね。
マレーシア人の友人がやって
いる、マレーシアン・カフェでの
ランチです。
毎週火曜日と木曜日にやっていた
水道橋でのバイト先から徒歩
5分。
いつもランチしている「ワイン処Oasi」
が休みの日には、ここでランチ。
この日は、マレーシアの国民食
ナシレマ。
アイスコーヒーは、サービス。
臨時バイトで夜食。
とんかつのチェーン店で、
カツカレー。
ランチ本命の「ワイン処Oasi」。
もう3月末で水道橋のバイトが
終了したので、これは2月の
画像。
ワインが選べるランチセットは、
2月末で終了しています。




































































