第7回アルアル書道作品展 その8
「第7回アルアル書道作品展」 の
アラビア書道ブース。
アラビアのア、モンゴルのル、
ペルシアのア、ハングルのル
でアルアル書道 合同展示会
が、昨年末の12月16日(火)~
21日(日)迄開催された。
以下、アラビア書道協会のHP、
アラビア書道の歴史より。
「アラビア書道は、クルアーン(コーラン)
と深い関わりを持っています。
クルアーンはアラビア語で書かれ、
西暦650年ごろに編纂されました。
しかし、当時、アラビア文字は地域
によって多様で、書き方も明確に
統一されていませんでした。
さらに、文字に打つ点の数や位置さえ
も一貫していませんでした。
しかし、アッラーの啓示であるクルアーン
を読み間違えないために、アラビア文字
には点の打ち方や数が規定され、母音
表記のための符号も追加されました。
これにより、アラビア語の正書法が徐々に
確立されていったのです。
アラビア書道の発展には、イスラム教
が偶像崇拝を禁じているという要素も
一因として挙げられます。
クルアーンの書写はアラビア語において
重要な役割を果たし、優れた書家が
輩出されました。
アラビア書道が最も繁栄した時代は
オスマン・トルコ時代(1299年〜1922年)
でした。
書家たちはイスタンブールを中心に
活動し、現代まで伝えられる主要な
書体の基礎を築きました。
イスラム教の普及とともに、アラビア書道
の書体も地域や時代ごとに様々な形が現
れるようになりました。
活版印刷技術の登場は、アラビア書道や
書道家の立場に大きな変化をもたらしま
した。
クルアン(コーラン)の写本は手書き
でしか認められませんでしたが、1727年
にイスタンブールでリトグラフ印刷術が導
入されることで印刷が可能になりました。
1924年にエジプトのカイロでクルアン
の活字印刷が許可されるようになると、
イスラム教徒の手に入りやすくなり、
書道家へのクルアーン写本への依頼
が漸減しました。
書道家たちは、新聞や雑誌の見出し、広告
のロゴの作成などでしばらく活躍しましたが、
1970年代になりコンピュータの普及とともに、
これらの仕事もなくなりました。
アラビア書道はクルアーンの写本としての役割
から純粋な芸術の領域へと移行して行きました。」
つづく。
第7回アルアル書道作品展 その7
「第7回アルアル書道作品展」
アラビアのア、モンゴルのル、
ペルシアのア、ハングルのル
でアルアル書道 合同展示会
が、昨年末の12月16日(火)~
21日(日)迄開催された。
古代、朝鮮半島には日本と同じように
公用の文字は無かった。
そして、日本と同じように中国の漢字が
公用文字となった。
勿論、朝鮮半島も日本も、
漢字は、王侯貴族の占有
文字だった。
日本は、漢字を分解して平仮名
を作り、時代が下ると庶民も
文字を扱えるようになっていく。
朝鮮半島では、1443年に李氏朝鮮
第4代国王の世宗が、訓民正音の名
で公布したのがハングル文字だ。
訓民正音とは、「民を訓(おし)える
正しい音」。
つまり、民草(たみくさ)も文字が
使えるようにとの善策だったが、
ハングル使用者への弾圧という
時代を乗り越えて、
1910年(明治43年)に始まる
日韓併合時代からハングルと
漢字の混用による朝鮮語の
使用が教育に取り入れられ
一般化した。
今では、音楽やドラマ・映画等の
韓流ブームによって、ハングルに
親しむ日本女性が増えている。
庶民と無関係なところで外交
摩擦を繰り返す政治の世界
に翻弄される事無く、庶民同士
は文化交流を通じて、仲良くし
ていきたいものだ。
さて、本展示会最大ブースの
アラビア書道展です。
日本人にとって、一番縁の薄い
アラビア。
そのアラビアで生まれた書道に
ついて、明日から記事にして
いきます。
つづく。
第7回アルアル書道作品展 その6
「第7回アルアル書道作品展」
アラビアのア、モンゴルのル、
ペルシアのア、ハングルのル
でアルアル書道 合同展示会
が、昨年末の12月16日(火)~
21日(日)迄開催された。
モンゴルと言えば、馬。
俺は、子供の頃から馬が大好き。
夢の中でも馬に乗って
空を駆けていました(笑)。
俺が生まれ育った所は、
宮崎の青島。
馬とは全く縁が無かった。
牛はいた(笑)。
徒歩で30分位の子供の国には、
駱駝がいた(笑)。
大人になって、中国の内モンゴルや
モンゴル国では、憧れだった馬に
乗って、草原を駆け回った。
嬉しくて夢中で長時間乗ったので、
尻の皮が剥けた(笑)。
次は、お隣ハングルのブースです。
ハングルは、表意文字の漢字と違って
表音文字。
表音文字でも、ハングルは素性文字(そせいもじ)
の特徴を持つ。
つづく。
第7回アルアル書道作品展 その5
「第7回アルアル書道作品展」 の
モンゴル書道ブース。
アラビアのア、モンゴルのル、
ペルシアのア、ハングルのル
でアルアル書道 合同展示会
が、昨年末の12月16日(火)~
21日(日)迄開催された。
モンゴル文字は、13世紀頃に
ウイグル文字から派生した
文字です。
専ら縦書きされ、行は左から右へ綴られる
(左縦書き)。
私は、モンゴル文字は読めませんが、
ここは、日本の書道に合わせて、
右縦書きのような気がします。
でも落款が右下にあるから、
左縦書きかな。
モンゴルには、20年ほど前に
一度だけ行ったことがあります。
良く見ても、右縦書きか
左縦書きか分かりませ
ん。
実は、モンゴルにはもう一つの
文字があります。
モンゴルは、1924年から1992年まで
ソビエト連邦の影響下に組み込まれ
たモンゴル人民共和国でした。
モンゴル人民共和国ではソビエトで使用
されていたキリル文字による表記が一
般化。
しかし、1992年に民主化されてモンゴル国
となってからは、伝統的モンゴル文字も復権。
言葉と文字は、それぞれの国の
歴史を表す象徴です。
つづく。































































