ガランチャ、ヴァン・ホーン ネゼ=セガン指揮METオーケストラ バルトーク《青ひげ公の城》 | ベイのコンサート日記

ベイのコンサート日記

音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。


(6月25日・サントリーホール)

13年ぶりのMETオーケストラの来日。前回2011年6月は東日本大震災と福島の原発事故の直後。来日公演のほんどが中止となる中、METは日本公演を敢行した。あの時はメト総裁ピーター・ゲルブが演奏前にスピーチに登場、危機的な状況の中、コンサート実現に努力したルイージとオーケストラ、歌手を讃えたことは印象的だった。

思い出のコンサート5 メトロポリタン歌劇場管弦楽団特別コンサート (2011年6月14日) | ベイのコンサート日記 (ameblo.jp)

 

13年ぶりに聴くMETオーケストラは素晴らしかった。16型のフル編成での来日でもあり、気合が入っている。

「輝かしい金管、芯のしっかりとした木管、華やかで艶やかなヴァイオリン、ニスが飛び散るようなチェロ、木目の肌触りのヴィオラ、重戦車のようなコントラバス、床を響かせる打楽器。その音は圧倒的で、アメリカン・パワーそのものだ。メンバーにはコンマスをはじめアジア系奏者も多い」という前回の印象は今回も同じだが、ドビュッシーでは陰影の深いしっとりとした響きもあり、このオーケストラの底知れない能力を実感した。

 

ワーグナー:歌劇『さまよえるオランダ人』序曲は、明るく輝かしい。ヨーロッパのオーケストラや日本のオーケストラの暗く重い響きとは異なる。金管のパワーは桁違い。

 

ドビュッシー:歌劇『ペレアスとメリザンド』組曲(ラインスドルフ編)は、序奏や間奏などオーケストラ部分を巧みにつないだもの。

第1幕「森」、第2幕第1場「庭園の泉」、第3幕第2場「城の地下窟」、第4幕第2場「城の1室」、第5幕「城の寝室」の5曲からなる。

 

ここでのMETオーケストラの繊細で陰影の深い、幻想的な音に驚愕した。第1幕「森」でのヴィオラのミステリアスな響き、オーボエ、クラリネット、イングリッシュ・ホルンの端正で陰りのある音、フルートの涼やかで上品な音、第2ヴァイオリンの奥深い響き。

 

第2幕第1場「庭園の泉」の後半のハープとフルートが印象的。ハープは得も言われぬ色彩と華がある。

 

第3幕第2場「城の地下窟」では、ゴローに連れられ入った城の暗い地下窟から地上に出て解放されるペレアスの晴れ晴れとした気持ちや明るい光線が、金管の華麗な響きと木管のきらめくような音で思いきり表現された。

 

第4幕第2場「城の1室」は、病身の王アルケルがメリザンドの境遇を哀れむところへ、ペレアスとメリザンドの仲に激怒したゴローが登場し、メリザンドの髪を引っ張り、不義をなじる場面。そののちに置かれた間奏曲が、悲劇的に演奏された。

 

第5幕「城の寝室」はベッドに横たわるメリザンドを医者やアルケル、ゴローが見守る場面の冒頭とメリザンドが息絶えた後の音楽。繊細でしっとり。ピッツィカートにも悲しみが宿る。

 

METオーケストラの演奏は、陰影があると同時に暗すぎることはなく、メルヘンのように幻想的で美しく、心洗われた。ネゼ=セガンも演奏の出来に感激したようで、楽員を一人一人讃え続けた。

 

後半は、ユディット役のエリーナ・ガランチャ(メゾソプラノ)と青ひげ公役のクリスチャン・ヴァン・ホーン(バスバリトン)によるバルトーク:歌劇『青ひげ公の城』(演奏会形式・日本語字幕付)。

 

前口上は録音だろうか。スピーカーを通して字幕と共に読み上げられた。オーケストラの演奏と共に、下手からヴァン・ホーンが、上手からガランチャが登場する。

 

作品は、調性的ではなく、アリアのようなメロディもほとんどない。二人の緊張感のある対話で進められていく。ガランチャの歌を聴くという側面が少ないため、もったいない気もする。ヴァン・ホーンはいかにも青ひげ公にふさわしい容姿と豊かな低音。

 

オーケストラはオスティナート的な演奏が多いが、METオーケストラは色彩感が豊か。歌手との一体感は申し分ない。緊迫する場面は迫真的で、特にティンパニが凄い。

 

ユディットが第5の扉を開ける場面では、バンダの金管(トランペット4人がLCブロック前部、トロンボーン4人がLBブロック前部)が強烈に演奏、ステージ上の全管弦楽とともに、広大な青ひげ公の領地が果てしなく広がる光景が、輝くような色彩とともに壮大に演奏された。

 

第6の扉の涙の湖の場面での木管やハープの上下降する音型が独特。

 

ガランチャとヴァン・ホーンの歌唱は後半のドラマの進展と緊張に伴い、迫真性と没入感を増していく。聴き手を引き込む力の強さをまざまざと感じた。

二人の息がぴったりと合い、対話がいかにも自然に進行する。

 

第7の扉を開けるよう青ひげに強く迫るガランチャの歌唱と緊迫するオーケストラの響きは今日の白眉だった。

 

これだけの『青ひげ公の城』はなかなか聴けないのではないだろうか。

 

明日6月27日(木)19時からサントリーホールで、もう一度公演がある。

 

 

MET オーケストラ(管弦楽)

ヤニック・ネゼ=セガン(指揮)

ソリスト

エリーナ・ガランチャ(メゾソプラノ)

クリスチャン・ヴァン・ホーン(バスバリトン)

演奏曲目

【プログラムA】6月25日

ワーグナー:歌劇『さまよえるオランダ人』序曲

Wagner: "Der fliegende Holländer" Overture

ドビュッシー:歌劇『ペレアスとメリザンド』組曲(ラインスドルフ編)

Debussy: “Pelléas et Mélisande“ Suite (arr. Leinsdorf)

バルトーク:歌劇『青ひげ公の城』(演奏会形式・日本語字幕付)

(メゾソプラノ:エリーナ・ガランチャ、バスバリトン:クリスチャン・ヴァン・ホーン)

Bartók: “Bluebeard's Castle” (Concert Performance, with Japanese subtitles)

(Elīna Garanča, mezzo-soprano / Christian Van Horn, bass-baritone)

 

 

写真©Naoko Nagasawa