未来から来る演奏家を聴く会 第288回 中島英寿(なかじま ひでかず)(ピアノ) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

(4月30日・トーキョーコンサーツラボ)

昨年11月26日日経ホールでのリサイタルを仕事の都合で聴き逃した中島英寿(なかじま ひでかず)のリサイタルをようやく聴くことができた。

 

「音楽の友」2024年2月号の“特集 コンサート・ベストテン&ベストアーティスト2023”では「期待の若手」に推薦した。昨年1月9日東京音楽コンクールの優勝者コンサートで聴いたグリーグ「ピアノ協奏曲」のみずみずしい演奏に惹きこまれたことが理由だ。

私一人ではなく、國土潤一氏が同誌の“特別企画 忘れがたいこの1曲!2023”で、中島のグリーグ「ピアノ協奏曲」を選出されており、わが意を得たりと思った。

 

今日のリサイタルは、1997年1月に発足した「未来から来る演奏家を聴く会」という未来に立派な演奏家として成長すると思われる優秀な若い音楽家に機会を提供するもので、演奏家はノルマ販売などの負担なく、好きな曲、得意な曲を演奏できる。

この会からは一流の音楽家が多数羽ばたいており、日下紗矢子(読響特別客演コンサートマスター)、田野倉雅秋(日本フィルソロ・コンサートマスター)、長尾洋史(ピアノ)、山下牧子(ソプラノ)、上野由恵(フルート)、伊東裕(チェロ)などがリサイタルを行った。

 

中島英寿は過去2回(2013年、2016年)登場しており今日は3回目。“幻想的で美しく儚い世界”をテーマに選曲した。

 

トーキョーコンサーツラボは東西線早稲田駅から徒歩6分、日本キリスト教会館AVACOビル1階。椅子の数は80席くらいだろうか。ほぼ埋まっていた。

音はややデッドで、ピアニストにとってはごまかしがきかない音響だ。

 

スカルラッティ、ベートーヴェン、リスト、ショパンというバロックからロマン派の王道の作品で中島英寿の演奏を聴いた感想は、

一つに、全体の構成がきっちりとしている。二つに、ダイナミックの幅が大きい。三つに高音が美しい。四つに素直さ、誠実さ。五つに何か人を惹きつける深いものが根っこにあることの五点。一から三までは、コンサート・ピアニストとして必須だが、四つ目は中島の美点であり、五つ目は中島英寿にしかないものだ。

 

何か深いものとは、具体的には「ピュアなもの」「けがれのなさ」「心に訴えるもの」あるいは「包み込むもの」「高いところから見るもの」とも言えるだろう。

 

それは最後に弾いたショパン :バラード 第4番 ヘ短調 Op.52の、作品が持つ行方の知れない方向性の中から浮かびあがってくる「道しるべ」のようなものとも言えるかもしれない。

 

また、アンコールに弾いたグリーグ「春に寄す」の純粋な音世界からも中島の深いものが濃厚に浮かび上がってきた。

 

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 Op.109は、第3楽章の各変奏が中島の美点を様々に表していた。第1変奏の抒情、第2変奏の美しい音、第3変奏の緩急とダイナミックの巧みさ、第4変奏の幻想性、第5変奏の堂々とした演奏、第6変奏の8分音符、16分音符、32分音符の細やかな動きを高い視点から俯瞰するように描いていくヴィルトゥオーゾ性。

 

ショパン :マズルカ Op.63は高音の美しさに惹かれた。

 

ほかにスカルラッティ:ソナタ ホ長調 K.380はその端正さと、やはり高音の美しさが良かった。

リスト : 巡礼の年 第2年への追加 「ヴェネツィアとナポリ」 より タランテッラは、山場への持って行きかた、設計が巧みで、中島のヴィルトゥオーゾ性が良く出ていた。

 

中島の演奏は外連味がなく誠実で、スター街道を走るピアニストとは異なる方向性を持っている。これからも自分の信じる道を歩んでいってほしい。

 

プログラム:

スカルラッティ:ソナタ ホ長調 K.380

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ 第30番 ホ長調 Op.109

リスト : 巡礼の年 第2年への追加 「ヴェネツィアとナポリ」 より タランテッラ

~休憩~

ショパン :マズルカ Op.63

ショパン : ポロネーズ 第7番 変イ長調 Op.61 「幻想」

ショパン :バラード 第4番 ヘ短調 Op.52

 

中島英寿(なかじまひでかず)プロフィール

愛知県出身。2022年に行われた第20回東京音楽コンクールピアノ部門にて第1位併せて聴衆賞受賞。

名古屋市立菊里高等学校音楽科卒業後、桐朋学園大学音楽学部特待生を経て同大学ソリスト・ディプロマコース在学中。

これまでに飯塚麻希、小川公未、佐野翠、田崎悦子、若林顕の各氏に、室内楽を藤井一興氏に師事。マスタークラスにてニコラス・リンマー、ボト・レヘル、ジョルジュ・ナードル、ブロニスワヴァ・カヴァラ、フィリップ・ジュジアーノ、ケヴィン・ケナー、シプリアン・カツァリス各氏の指導を受ける。

第67回全日本学生音楽コンクール名古屋大会高校の部第2位。2015年第20回コンセール・マロニエ21ピアノ部門第2位。2016年第7回桐朋ピアノコンペティション第1位。 東京フィルハーモニー交響楽団、日本フィルハーモニー交響楽団、パシフィックフィルハーモニア東京と共演。「文化庁/日本演奏連盟主催 新進演奏家プロジェクト・リサイタルシリーズ」、「世田谷美術館プロムナード・コンサート」、「若き獅子 中島英寿 ピアノ・リサイタル(2023.11日経ホール)」や「ChildAid Asia」にて東京及びシンガポール、マレーシア公演に出演、国内外でのリサイタルや室内楽にも積極的に取り組んでいる。レパートリーはバロックから近現代まで幅広い。

「音楽の友」2024年2月号の“特集 コンサート・ベストテン&ベストアーティスト2023”では「期待の若手」に、“特別企画 忘れがたいこの1曲!2023”では、「第20回東京音楽コンクール優勝者演奏会」“グリーグ作曲「ピアノ協奏曲」”の演奏が選出された。