ムーティ指揮ヴェルディ「歌劇《アイーダ》」東京春祭(4月17日・東京文化会館 大ホール) | ベイのコンサート日記

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音楽評論家、長谷川京介のブログです。クラシックのコンサートやオペラなどの感想をつづっています。

リッカルド・ムーティの神業のような指揮のもと、歌手、合唱、オーケストラが完全に一体となる破格の超名演。

ムーティの意思が出演者全員に完璧に行き渡っており、まるでセッション録音の現場に立ち会うようだ。ホールはほぼ満席。幕が終わるまで拍手はできない雰囲気でムーティは演奏を途切れることなく進めて行く。第1幕のラダメスのアリア「清きアイーダ」をルチアーノ・ガンチが歌い終わった後も拍手を無視して先へ進めた。第2幕の凱旋の場面も凱旋の行進が終わった後の拍手を制するようにバレエに入っていった。

マエストロの意図は各幕の最後のクライマックスへ全てを集約していくことにあるようだった。

 

第1幕第2場最後のランフィスら神官とラダメス、御子たちの静と動の対比が鮮やかな大合唱のクライマックスは凄みがあった。

 

第2幕の最後は特に素晴らしく、エジプト王がラダメスに戦勝の褒美に王女アムネリスと、いずれ王位を譲ると宣言、勝ち誇るアムネリス、絶望するラダメスとアイーダ、復讐を誓うアモナズロがそれぞれの思いを歌う重唱、民衆や捕虜たちの合唱、管弦楽、バンダのアイーダ・トランペットも加わる壮大なクライマックスは聴衆を熱狂の坩堝に叩き込んだ。

ちなみに、凱旋の行進の場でのアイーダ・トランペットは下手、上手それぞれ4人。音も良く揃っていた。

 

第4幕最後は静謐の凄さ。

生きながら墓に入れられたラダメスとひそかに忍んでいたアイーダが『天国が開く…』と繊細を極めた二重唱を歌い終わり、アムネリスが『平安に』が祈りのように歌われ後奏がひっそりと消えていく。満員の聴衆もムーティのタクトが完全に下りるまで静寂を保った。

 

歌手陣の中ではアムネリスユリア・マトーチュキナ(メゾ・ソプラノ)が飛びぬけていた。特に第4幕第1場でラダメスを必死に説得する場面や生きながら墓に入れるという残酷な刑を与えた神官たちへの呪詛の歌唱が圧巻。ここでのマトーチュキナの歌唱は今日の白眉中の白眉。このオペラのタイトルは「アイーダ」ではなく、「アムネリス」とすべきではとさえ思った。芯のある艶やかな声と激しい感情表現は聴衆を虜にした。終演後のブラヴァの凄かったこと。

 

祭司長ランフィスヴィットリオ・デ・カンポ(バス)も重厚で強大な声で圧倒した。ラダメスを裁く審問の場での『ラダメース!』と呼びかける声の威圧感は凄みがあった。

 

ラダメスルチアーノ・ガンチ(テノール)も抒情味のある美声と、勇者らしい堂々とした押し出しの両面をしっかりと聴かせてくれた。

 

アイーダマリア・ホセ・シーリ(ソプラノ)は当初他の歌手陣と較べて押し出しが弱かったが、幕が進むに従い声量も増し、第3幕の冒頭のアリア『おおわが故郷』は情感が籠り素晴らしかった。ここでの金子亜未オーボエの素晴らしさも特筆すべきで、ヴィブラートを抑えた気品があり、歌手に合わせた演奏は歌に満ちていた。カーテンコールでムーティが席まで出向いて握手を求めた姿が印象的。

 

アイーダの父、エチオピア国王アモナズロセルバン・ヴァシレ(バリトン)も力が入っていた。

 

日本の歌手では国王片山将司(バス)が健闘。第2幕が良かった。伝令の石井基幾(テノール)もがんばった。巫女中畑有美子(ソプラノ)は、ヴィブラートが多く、清らかさが足りなかったのが残念。

 

合唱東京オペラシンガーズは大迫力。新国立劇場合唱団と較べると、多少整っていなかったかもしれないが、反響板前で大人数が歌うパワフルな合唱は聴き手を圧倒した。

 

日本の若手演奏家によって構成された東京春祭オーケストラは、例年ものすごい演奏を聴かせるが、今年もムーティの指揮に見事に応えていた。

コンサートマスターはN響コンサートマスターの郷古廉セカンド・ヴァイオリン首席横溝耕一(N響次席奏者)、ヴィオラ中恵菜(新日フィル首席奏者)、チェロ中木健二(ソリスト)、コントラバス赤池光治(藝大フィルハーモニア管首席奏者)。

 

前奏曲のヴァイオリンの音の揃い方、均質性は素晴らしい。金管も目が覚めるようで、特にチンバッソ次田心平(読響)が気合が入っていた。

ティンパニ清水太(東響首席奏者)もムーティと息が合い今年もまた迫力満点の打音を聴かせた。

 

ムーティの指揮は、畳み込むような盛り上げ方、切れ味の鋭さ、血沸き肉躍るヴェルディのオーケストレーションの凄みを細部まで掘り下げた指揮で、マクベスに続く驚異的な演奏を東京春祭オーケストラから引き出していた。

 

この先、今日のような凄みのある《アイーダ》を聴く機会はあるのだろうか。

ムーティは1941年7月28日生まれ、82歳。老いを全く感じさせない外見同様、指揮ぶりも若さに溢れる。歌手、オーケストラ、合唱を完璧に手中に収め、ひたすらヴェルディの音楽の真髄を伝える使徒として、今後も東京春祭に登場してくれることを期待し、祈りたい。

 

カーテンコールの最後にムーティが登場したときは、1階が総立ち。これほどの一斉のスタンディングオベーションは東京春祭史上初ではないだろうか。

 

退場する東京オペラシンガーズへの拍手も終わり、誰もいなくなった舞台への拍手が続き、主要歌手陣が再度登場し、袖に引き上げた後も残った聴衆の拍手は止まず、ついにムーティ一人が登場。ステージに駆け寄った聴衆と握手を交わしていた。

 

今日の公演はNHKのカメラが入っており、いずれ放送されると思う。

東京春祭の中でも記念碑的な公演のひとつとなったムーティのアイーダが録画されたことはうれしい。永久保存版にしたい。