昨日のムーティ《アイーダ》の超名演に続き、今夜はヴァイグレ読響の《エレクトラ》に心底圧倒された。
歌手陣全員とオーケストラがここまで高水準のオペラ公演が実現したことは奇跡的だ。
エレクトラのレーナ・パンクラトヴァ(ソプラノ)が凄かった。4月7日の《ニーベルングの指環》ガラコンサートでも立派だったが、今日はその遥か上を行った。おそらく《エレクトラ》に賭けていたのではないだろうか。豊かな声量があり、どんな強声もなめらかで余裕がある。非業の死を遂げた父アガメムノンの復讐の完遂(かんすい)のみに生きるエレクトラの悲劇的なキャラクターも十二分に表現されていた。
エレクトラの妹で健全な生活を望むクリソテミスのアリソン・オークス(ソプラノ)が、ダークホースのように光り輝いた。驚くべきはパンクラトヴァを凌駕せんばかりのスケールの大きな歌唱力。第一声から聴き手を釘付けにする迫力があった。
主役と準主役二人の凄さに加え、圧倒的な存在感と風格、舞台の雰囲気を一変させるような美しいドイツ語の発音で公演を更なる高みに持ち上げたのは、2人の弟オレスト役で復讐を成し遂げるルネ・パーぺ(バス)。太く柔らかく重厚な声で、格の違う歌唱を聴かせた。
ドイツ語の発音がこのオペラに必須だと気づかせてくれたもう一人は、エレクトラの敵役で父アガメムノンを殺したエギスト役のシュテファン・リューガマー(テノール)。短い出番だが、響きが良く明解なドイツ語のイントネーションの歌唱に魅了された。
パンクラトヴァ(ロシア生まれ)とオークス(イギリス生まれ)がもしネイティブであったならは望み過ぎだし、現実的にドイツの歌手陣のみで上演することは不可能だが、もしそうだったらと夢想するほど、パーペとリューガマーのドイツ語が素晴らしかった。
アガメムノンの殺害にエギストと共謀した母クリテムネストラ役の藤村実穂子(メゾ・ソプラノ)のドイツ語は定評があり、この夜も折り目正しい発音だった。ただ強烈な歌唱で勝負する役柄ではないこともあり、少し引いた印象があった。
日本の歌手陣、新国立劇場合唱団は好演。
本当は最初に書くべきだが、ヴァイグレ指揮読響が歌手陣と並ぶ、いやそれ以上の存在と言ってもよいほど、驚異的な演奏を展開した。
ヴァイグレはコンサートではあまり見たことのないほど身体を大きく揺り動かし、読響から大波がうねるような巨大な音響を引き出した。オペラを熟知した指揮者らしく、また歌手陣の強力さもあり、どれほど巨大な音響も歌手の声を消すようなことはなく、バランスが保たれた。
明晰で少しクールな音色は、表現主義的な(強弱の極端な変化、和音の衝突、無調性など)《エレクトラ》というオペラによく合っていた。
読響のコンサートマスターは長原幸太、トップサイドに林悠介が並ぶ。アンサンブルの強固な点はずば抜けており、リハーサルがいかに念入りだったかを示していた。
エレクトラが歓喜の踊りに酔いしれる場面では、ステージの照明が明るく照らされ、ホルン他が強奏するアガメムノンの動機とエレクトラの死を表す強烈な二つの和音で暗転となった。
細かな点では、殺害されるクリテムネストラとエギストの断末魔の悲鳴と、召使たちの騒乱は舞台裏の声がPAを使い流されたが、これは賛否があるかもしれない。
ブラヴォ、ブラヴァは凄まじい。カーテンコールは長く、オーケストラが引き揚げたあともヴァイグレと主役陣への拍手が続いた。
これほどの演奏にもかかわらず、《トリスタンとイゾルデ》《アイーダ》という大型公演が続いたためか、今日は空席が目立った。
4月21日(日曜日)15時からも公演がある。オーケストラ、歌手陣は更に練り上げられた演奏を展開することだろう。これだけの公演を聴きのがすのはもったいないと思う。
公演データ
曲目
R.シュトラウス:歌劇《エレクトラ》op.58(全1幕) [
上演時間:約1時間45分
指揮:セバスティアン・ヴァイグレ
エレクトラ(ソプラノ):エレーナ・パンクラトヴァ
クリテムネストラ(メゾ・ソプラノ):藤村実穂子
クリソテミス(ソプラノ):アリソン・オークス
エギスト(テノール):シュテファン・リューガマー
オレスト(バス):ルネ・パーペ
第1の侍女(メゾ・ソプラノ):中島郁子
第2の侍女(メゾ・ソプラノ):小泉詠子
第3の侍女(メゾ・ソプラノ):清水華澄
第4の侍女/裾持ちの侍女(ソプラノ):竹多倫子
第5の侍女/側仕えの侍女(ソプラノ):木下美穂子
侍女の頭(ソプラノ):北原瑠美
オレストの養育者/年老いた従者(バス・バリトン):加藤宏隆
若い従者(テノール):糸賀修平
召使:新国立劇場合唱団
前川依子、岩本麻里
小酒部晶子、野田千恵子
立川かずさ、村山 舞
管弦楽:読売日本交響楽団
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:冨平恭平